第3話 カジノ
走る走る。
地下街の闇を振り払うように走る。
そうだ、俺はこんな夢のないものを見に来たんじゃない…。俺はもっと─────
果物、惣菜、肉料理など食を扱う市場を駆け抜けていくと、十字路が見えてくる。そこを左に曲がったところが、俺の本来の目的地であり、俺の夢の場所。
左折した先は、さっきより横幅が大きくなった広い通りになっており、そこはいつも通り野次の飛ばされる声や煙草の煙、そして金属同士がこすれるジャラジャラという音が溢れかえっていた。
「今度は赤だな!」
「畜生!また負けた!」
「もうベットするやつはいねぇか?」
────そう、ここは所謂カジノ。一攫千金を狙う落ちぶれた人間が巣くっているのだ。
でも俺は、そんなむやみやたらと無い金を賭けて幸運を掴むつもりはない。そんな何万分の一の確率にかけるよりもっと有効な幸せへの道筋を知っている。
「あいつ…、また勝ち越しじゃねえか…!
いくら運がついてるってんだ!」
ふと、騒がしい中で一際大きな歓声が上がったのが聞こえた。そちらに目をやると観客かプレイヤーか、人がごった返しているのが窺われる。その人混みに圧倒されるように、今にも倒れそうな、ところどころ白いペンキが剥がれた看板。その上に刻まれる“poker”の文字。
───やっぱり、“神”だ!
俺が一目散に駆け出して人混みの合間を縫うようにして入り込むと、地べたに座って、カードを挟んで対面している二人の男が目に飛び込んできた。一人は何度かみたことあるが、名前まではよく知らない。屈強そうな大柄な男であったが、その浅黒い顔は以前には見たことがないほど青ざめていた。その男は音もなく立ちあがり、そのまま悄然と去っていった。
そうしてもう一人に目を移すと、その男はいつ見てもこの薄汚い地下街に不釣り合いな出で立ちをしている。ブロンドの繊細そうな髪は毎日オイルに浸している女優の髪のようであるし、瞳の青さには吸い込まれそうなほどだ。頬は傷跡が一つもないすべすべとした色白のであり、その男は男というよりむしろ女のような魅惑をもって、この地下街に君臨していた。
「やっぱり、ロゼだ…」
ロゼ、とは普通は女の名前のように聞こえるが、それがぴたりと似合ってしまうのが彼の美しさを象徴していると思う。俺がぽつりと彼の名をこぼすと、ジャラジャラと先ほど稼いだ金貨を弄ぶ指先が止まり、ゆっくりと彼の顔がこちらに向けられた。