第2話 地下街
宙づりになったハムの塊。格子状の木箱の中の色とりどりのスパイス。ぎっしりと並んだ酒の入った瓶。
通りの左右には、本格的な作りの店から、路上に布を敷いているものまであり、それらを構える人々が連なっている。
すん、と鼻をひくつかせると、脂っこいような甘辛いタレのような香ばしい匂いに涎が垂れそうになる。そのまま二、三歩歩くと、今度は海老や貝などをふんだんに使った海の料理が、地下街の空気に香りを乗せて俺の空腹を刺激する。この世の旨いもの全てを凝縮したような、そんな魅力的な香りがこの地下街には漂っているのだ。
「おぅ、てめぇアレだろ!
よくあそこの孤児院から抜け出してくるガキだろぉ?」
胸一杯にその空気を吸い込んでいると、しゃがれた声が後ろから投げかけられる。振り向いてみると、孤児院の階段の、ちょうど左のところに酔っ払って座り込んでいるおっさんが目に入った。立て膝をついて壁に背を預けている彼は、左手にいかにも度の強そうなウォッカを手に持っている。
「おっさん、ガキじゃねえから。もう15だし。」
ガキ扱いされるのは嫌いだ。
まるで親がいなけりゃ何もできないみたいだし、そもそも親に何かを教えてもらった記憶もないんだから、1人で生きていくしかない。
孤児院があるとは言うけれど、あんなところ冷めた飯に寝にくいベッド、親に捨てられた子供が外で悪巧みしないように、必要最低限のことを提供して軟禁しているようなものだ。ついでに成人したらあれだけ危険だと教えていた地下街に放り出す。この国では、18才で成人することになっているけれど、それまでに教えられたことは唯一礼拝堂で話される神の情け深さだけなんだから、到底普通の生活なんてできない。
つまりはそう────
「あと三年だなぁ、だとしたら。
お前は俺みたいなアル中の飲んだくれにはなるなよ。」
このおっさんみたいになるだけだ。
彼は俺に情けないほど悲しそうな目を向けて、その目をゆっくりと閉じる。口元には自虐的な笑みを浮かべてずるずると身体を沈ませていった。
ものの数分のうちに眠りこけた彼を見て、俺は耐えられなくなって目をそらす。そして罪滅ぼしの言葉をこぼした。
「…俺が成人したら、たまにはあんたの分の飯奢ってやるよ。」
その言葉がより惨めにさせるとは知らずに、俺はその場から逃げるようにして去った。