別れの時
結局、俺は適当な時間で宴の参加を切り上げ、就寝することにした。ちなみに傭兵達からは不満は出なかった……というより、余すところなく騒いでいたため俺を見咎めるような理性ある人はいなかったのかもしれない。
昨日と同じように端のテントに潜り込み、眠った。そして翌日何事もなく起床し、準備を始める。
やはり使っていたテントには誰も来なかった。外を窺うと、たき火のあった場所で大の字になっている傭兵も見受けられるので、騒いだ結果その場で寝た人間も数多くいるようだ。
で、当然イベントのようなものもなく――いい加減この考えも面倒になってきたので、そろそろやめにしよう。
準備を済ませ、折れてはいるが剣を差し、ザックを左手に握りテントを出る。時刻は明け方で、周囲は静寂に包まれている。未だ地面で寝ている人を見るとちょっと早いかと思ったのだが、リリンやセシルが動いている姿が目に入った。
「……あ、レン」
最初に気付いたのはリリン。彼女は俺へ近づくと服のポケットからメモを取り出し、
「はい、昨日言っていた店」
「あ、どうも……渡すために起きていたのか?」
「レンが早々に寝ていたのを見て、朝方出てくんだろうと想像はしていたから」
「悪いな」
「いえいえ」
リリンは答えつつ、セシルへと視線を移す。
「あっちも似たようなものね。話がしたいらしいけど……」
「わかった」
俺はセシルの立つ場所へ足を動かす。彼は中央付近にあるテント近くで腕を組んで佇んでおり、俺が近寄ると顔を向けた。
「おはよう、レン」
「おはよう……眠ったのか?」
「もちろんだよ」
言ったが、彼は小さく欠伸をする。睡眠時間はあまり多くなさそうだ。
「そうか……で、話って何だ?」
「一つ、思い出したことがあってさ。フィベウス王国について」
彼は神妙な顔つきで俺へと話し始める。
「僕は闘技大会の覇者ということで、要人とも話す機会があるんだけどさ……その中でフィベウス王国がここ数年バタバタしていると誰かが言っていたのを思い出した」
「バタバタ?」
「政争的な混乱なのか、それとも他に要因があるのか……ついでに言えば本件と関係あるのかどうかもわからないけど、そういうのがあるってことだけは憶えておいた方がいいよ」
「わかった。ありがとう」
どうやら問題はあるらしい。俺は記憶に留めつつ、セシルへ礼を告げた。
「ありがとう、セシル」
「いや、いいよ。決勝戦で戦えるかもしれない勇者候補がいなくなるのは忍びないから」
「だから……戦わないって」
最後までそれなのか、あんたは。
そんなやり取りをしている時、後方から足音。振り返るとしかめっ面をして準備を整えたリミナの姿があった。
「おはよう、リミナ」
「おはようございます……いたたた」
左手でザックと杖を握り、右手で頭を押さえる彼女。二日酔いらしい。
「大丈夫か?」
「大丈夫です……うう……」
ちょっと頭がぐらついた時、左手から杖が離れ地面に落ちる。俺はそれを拾い、ひとまずリミナに告げた。
「俺が持っているよ」
「すいません……いたた……」
「リリンに飲まされたね?」
セシルが問う。リミナは即座に頷いた。
「勇者様がご就寝された直後くらいから……」
「何か、あったのか?」
「いや、どれだけ飲めるかと思って」
リミナの後方からリリンの声。どうやら面白半分に飲ませたらしい。
「リリン、一応俺達は旅の目的があるんだから、無理強いは……」
「なんか挑発したら飲み始めて」
「……リミナ」
「すいません……」
頭を抱えつつ、リミナ。何があったのかは……とりあえず、訊かないでおこう。
「なんか不安だけど……休んでから出発するか?」
「いえ、大丈夫です」
リミナは答える。態度からはそう見えないのだが……彼女は頭を押さえつつも意志の強い瞳を見せた。
「本当に大丈夫ですから」
「……わかった。行こう」
「はい」
「確かに、今の内に出た方がよいかもね。起き出すと、色々言われるかもしれないし」
セシルが付け加える。確かにそうだと俺は頷く。
そうして彼らを一瞥し、ふと闘士二人の行き先が気になった。
「二人は、これからどうするんだ?」
「僕は二度寝してからベルファトラスに帰るよ」
「私は周辺をちょっと観光してから帰るつもりだけど」
「そっか」
ま、傭兵達を含め大体そんなものか。俺やリミナのように目的地がある方が少ないのかもしれない。
「それじゃあ、また会える日まで」
俺は頭を抱えるリミナと共に歩き始める。そして言葉に応じたのはセシル。
「うん。闘技大会の決勝戦で」
「……もうコメントしないからな?」
俺が言うとセシルは笑い、小さく手を振った。それに振り返しつつ、俺達はその場を後にした。
頭を抱えるリミナの方針に従い、ひとまず街道に出ることにする。なので、村の入口へ歩を進めることになったのだが――
「アンさんがいるな」
村の入口には、待ち構えていたかのようにアンが立っていた。
「おはようございます」
近づくと、アンは先んじて口を開く。俺は挨拶を返した後、彼女へ尋ねた。
「あの、待っていたんですか?」
「はい。元々送り出す予定だったのです」
見送り役ということか。俺は彼女の行動に感嘆しつつ、頭を下げた。
「すいません、お世話になりました」
「いえ……旅の無事を、祈っております」
アンもまた頭を下げる。俺はそんな彼女に「お元気で」と言い、リミナと共に村を出た。
街道を進み始める中、一度だけ立ち止まり村へ振り返る。アンが入口中央に立ち、目を向けた俺に再度頭を下げていた。
それに軽く会釈して応じ、再び歩き出す。横で唸るリミナを励ましつつ、ゆっくりと進み――やがて村が小さくなりアンの姿が見えなくなると、なんとなくここで出会った人達を思い出した。
フレッドには、挨拶しておくべきだっただろうか……でも、傭兵達が起き出してこちらに話を向けられると、出発するのがかなり後になるかもしれなかったし、仕方ない。
そして、闘士のリリンやセシル――特にセシルの方は変な関わり方をしてしまった。ベルファトラスに赴く時は、注意が必要だろう。
「どうしましたか?」
横で歩くリミナがふいに問い掛ける。彼女は相変わらず顔をしかめていたが、歩調についてはいつも通り。
「いや、闘士の二人とは今後会うかもしれないと思って」
そう言葉を漏らした。すると、
「確かに、セシルさんなんかは本当に大会の決勝戦とかで会うかもしれませんね」
「……いや、出場予定はないからな?」
「でも勇者様のことですから、ベルファトラスに赴いたら出ることになるかもしれませんよ?」
「どういう理由で?」
「それは……わかりませんが」
個人的にはありそうなので、できれば言わないでもらいたい……フラグが立ちそうだ。
「……まあ、未来はどうなるかわからないし、ひとまずは当面の目的を果たそう」
言いつつ、俺はリリンから受け取ったメモをリミナに渡す。
「地理はわからないから、頼むよ」
「はい」
メモを受けとり承諾するリミナは、前を向いて少しばかり歩調を速めた。俺も合わせて速度を上げる。
前に見える街道はどこまでも続いている。それが俺の目的の果てしなさを表しているような気がして、密かに気合を入れ直した。