闘士の彼女
傭兵達はなおも馬鹿騒ぎをしており、先に入り込んだセシルも笑いつつ、酒を飲んでいた。
「私達は、どうしましょうか」
リミナが問う。俺は彼女に首を向け、
「どう、とは?」
「明日に備えて休むか、それとも夜通し付き合うか」
「……うーん」
腕を組んで考える。先ほどの感傷的な気持ちを踏まえれば、参加して語り合うのは良いかもしれないが……明日から旅を始めることを考えれば、無理をしたくないのも事実。
「そうだな……リミナはどう考えている?」
「あ、私は――」
言い掛けた所で、こちらに近づく人影が一つ。火の明かりによって逆光になり見えにくかったが、
「ああ、レン」
リリンだった。酒瓶を片手にこちらに歩んでくる。
「丁度よかった。相手がいなかったのよ」
と、彼女が言った直後俺は半歩下がった。また昨日のような光景があるのかと身構え――
「今日は記憶が飛ぶほど飲んでないわよ」
リリンは俺に告げた。
「後で聞いてみれば、色々やらかしていたみたいだしね。ま、そのくらい飲んでも明日に響かないから私自身は一向に構わないけど……迷惑掛けるのも悪いし」
「……本当、ですね?」
リミナが警戒を込め問う。リリンはその反応に苦笑し、
「ま、いざとなったら突き飛ばしてくれていいから」
と言って俺達を手招きした。
俺とリミナは一度視線を交わし――ひとまず、彼女の後についていくことにする。
「あ、それとセシルから事情は聞いたわよ」
移動途中、リリンが声を掛けてくる。
「どこからか戻ってきて、いきなり私の所に来たものだから驚いたけど」
早速、彼は話を伝えてくれたようだ。闘技大会云々で色々あるが、こういう点においては非常にありがたい――
「けど、その場に色んな人がいたから、娘さんの件については噂が広まってしまうかも」
「……おい」
やりすぎじゃないのか? 大丈夫なのか?
「ま、その辺はあなたが気にすることじゃないかもしれないけど」
「いや、俺は英雄アレスと縁があるし、その娘さんとも知り合いの可能性高い。個人的には気になるんだけど……」
「ま、いいんじゃない?」
肩をすくめてリリンは言う。
「言ってしまったものは、どうしようもないし」
「……確かに俺達が議論したところで、何の意味も無いな」
娘さん本人がいいかどうか訊かないといけないと思うが――まあ、ここでグチグチ言っても仕方ない。出会う機会があったら、謝ろう。
そうした会話をこなしつつ、俺達はリリンの案内の下空いているスペースへと座った。場所は騒いでいる中央から少し離れ、なおかつ女性陣が固まる場所に近い。
そして座る位置は、俺とリリンがを挟みこむような形。
「で、二人はこれからどうするの?」
リリンが酒を飲みながら尋ねる。その辺りは詳しく話さなかったらしい。
「えっと、セシルからは娘さんの件だけ聞いたのか?」
「ん? ええ、そうよ。あの鞘を見つけた人間に対し、アンという人が話してくれたとは言っていたけど」
「その中で、とある国に行くことになった」
「そう」
そっけなく呟くリリン。関心がないのかと一瞬思ったが、こちらに逐一視線を送っている。訊きたい欲求を抑えているようだ。
けど、この点については秘密ということなので……俺も伝えるのを控える。
「詳しく話すことはできないよ、悪い」
「いえ、いいわよ」
リリンは首を振り、小さく息をついた。
「ところで、ベルファトラスには来たりするの?」
「観光には、行こうかと思っているよ。落ち着いたらの話だけど」
「そう。ま、良かったら闘技大会に参加してみれば。あなたなら決勝に上がれると思うし」
「……遠慮しておくよ」
俺は首を左右に振りつつ、彼女をじっと観察した。
出会った当初の硬質な声音はいくぶん薄れ、友人と話をしている印象を受ける。今まではもしかすると、セシル同様対外的な接し方だったのかもしれない。
「私としては、手土産の一つもなく帰るのが癪だわ」
リリンはふいに呟く。酒瓶をあおりつつ、中央で騒ぐ傭兵達へ目を移す。
「私はなんとなく、英雄に会えるかなと期待していたのだけれど」
「……英雄?」
別の単語が出てきて聞き返す。すると、
「英雄リデスがここに来るかなと思って」
先ほどリミナから聞いた戦士の英雄の名前だ。
「来るって、会いたかったのか?」
「そりゃあ、まあね。英雄ザンウィスが関わる件だから、立ち会いくらいやっているかなと期待したんだけどね」
リリンは当てが外れたことに少し残念の様子。
――リミナから詳しく聞いていないが、戦士ということで傭兵や闘士などからカリスマ扱いされているのかもしれない。先ほどリミナが英雄シュウに会いたいと思っていたように、何かしらの影響力はあるのだろう。
「で、結局会えず、なおかつセシルが待っていたと」
「そうなのよ」
冗談混じりに言う俺に、リリンは大きく肩を落とした。
「出鼻をくじかれたのよね。ま、レンやグレンという勇者がいた以上、セシルがいなくとも一番乗りするのは難しかったように思えるけど」
「でもファーガスという人に奪われたぞ」
「後先考えないのよね、彼も。私やセシルが戻ってきたらどうなるかわかっていたはずなのに……と、そうだ」
リリンはふいに、何かを思い出したかのように話を変える。
「ファーガスが迷惑を掛けたことをお詫びして、貸しているストレージカード、あげるわ」
「え、カードを?」
俺は驚きつつ、自分の懐にあるストレージカードを服の上から手で確認する。
現在借り受けているのは二枚。片方は英雄アレスの持っていた剣の鞘。もう一方には俺が使っていた剣の半身から先端部分が入っている。
「ええ。遠慮なく受け取って」
リリンはさらに言う。俺としては首を振ろうとしたのだが……彼女の視線を見て、やがて小さく頷いた。
「わかった……二枚ともいいのか?」
「いいわよ。是非使って……と、そういえばレン。折れた剣はどうするの?」
さらに話を変えてくる。俺はしばし考え――近くで騒ぐ傭兵達に目を向けながら、口を開いた。
「直すか替えるかは、今後の検討課題かな。とはいえ急場をしのぐため、何かしら購入しないといけないわけだけど」
「もしよかったら、良い店を紹介するわよ」
「え、本当?」
「ええ。あ、でも旅の方向によっては行かないかもしれないけど」
「どこにある?」
「ここから少し西に行ったところにある、ファザンクという街」
「あ、それなら大丈夫です」
リリンの言葉にリミナが声を上げた。
「通り道ですから」
「そう、なら明日店の名前と場所を書いたメモを渡すわ」
「ありがとう、リリン」
礼を告げると彼女は「どういたしまして」と答え、
「前金はいただいているし、このくらいはするわよ」
「前金?」
むしろこちらがもらってばかりなのだが……と、リリンは唐突に人差し指で自身の唇をトントンと叩いた。
「レンと接していて、少し思い出したし」
「……ああ、そういうこと」
俺は苦笑し――あ、リミナが思い出したようで険悪な顔になった。
「その辺のことも、色々言っておかないといけないわけですが……」
「じゃあ、私はこれで」
リリンは彼女を無視するように立ち上がり、足早に去って行った。
「……まったく」
リミナの声。俺は顔を戻し、一応フォローは入れておく。
「酒の席だったわけだし」
「わかっています」
やや不服そうに、彼女は返答した。
それを聞いた後、俺はなおも続く宴を眺める。この調子なら夜通し続きそうだ。
俺はどうしようか思案し――やがて、夜は更けていった。