勇者としての自我
「えっと、これ良かったのか?」
村はずれからの帰り道。傭兵達の集まる場所へ向かう途中に、俺は質問する。
手にはセシルから借り、鞘に収められた折れた剣。
「拝借してきたって、この村にあるはずないし、傭兵達の誰かのだろ?」
「ああ、別にいいよ」
セシルはにべもなくそう返答し、俺から剣をかっさらう。
「これ、ファーガスのだからね。僕が後で言っておくよ」
「へ?」
「少しくらいは、反則した罰を与えてやってもいいと思うんだよ」
……無茶苦茶な気もするが、セシルがいいと言っている以上、言及はやめにした。
「で、レン。決着は、闘技大会ということで」
そして相も変わらず告げる彼に、俺は深いため息をつく。
「はあ……ま、万が一身辺が落ち着いたら、観光ぐらいは行くよ」
「期待しているよ」
言って、セシルは歩幅を大きくし俺と距離を取る。
「それじゃ」
そうして彼は、駆け足でテントへと向かって行った。
俺はそこでふいに立ち止まり、セシルが進む姿や、傭兵達が騒ぐ光景を遠目で観察し始める。
「……どうしましたか?」
後方にいたリミナが隣までやってきて問う。俺は「何でもない」と答えつつ、移動を再開した。
なんというか、明日にはこの騒ぎが終わると思うと、少しばかり感傷的になった。けどまあ、根なし草である以上一期一会なのが普通で、セシルのようになんだか再開の予感をさせる人間の方が例外と言えるのかもしれない。
「なあ、リミナ」
そういう感情があったためかどうかわからないが――俺は再度立ち止まり、彼女に声を掛けていた。
「いずれ、ベルファトラスには行こうか」
「勇者様がお望みになられるなら」
「望んでいるかどうか……断言はできないな。正直、戦うとなると不安しかないし」
苦笑した俺に対し、リミナは笑みを浮かべる。
「経験は体に眠っているのですから、いずれあの方々よりも強くなれますよ」
「……そうだといいな」
口にして、ふと洞窟内での出来事を思い出す。
そういえばリミナはセシルと行動していて、色々と口車に乗せられていた感じがした。いい機会なので、尋ねておこう。
「リミナ、洞窟内でセシルと合流したんだよな?」
「え? あ、はい。そうです」
「その時、何か吹き込まれたな?」
訊いた瞬間、リミナの体が大きく震える。あ、やっぱり。
「何て言われた?」
「え、えっと……」
あさっての方向に目をやりながら、リミナは答える。
「セシルさんからは……彼は勇者としての自覚がなさすぎる。もっと自信を付けてやる必要もある。それには何より、先頭に立ち功績を重ね、名誉や栄達を得ることが重要だと」
「……別にいらないんだけど」
「いえ、勇者様は自覚がなさすぎます」
と、リミナは首を左右に振る。
「確かにご記憶を失くされて、自信が喪失しているのはわかります。しかし、勇者様はその体にしっかりと経験が眠っておいでです。それに、洞窟の試練でもわかったかと思いますが、現時点でも他の方々と一線を画する力をお持ちです。その辺りを自覚すれば、勇者としての風格が――」
「いや、そういうのはいいから……」
強弁するリミナにちょっと引く俺。というか彼女は、目立とうとしない勇者レンの行動を忘れたのだろうか。
「ほら、記憶を失くす前だってそういう態度はとっていなかっただろうし」
「そうかもしれませんが、自信は持っても良いと思うんです」
現状の俺を不服そうに語るリミナ。俺は態度に小さく息をつき、彼女と目を合わせる。
――その時、何か直感のようなものが働いた。俺に眼差しをやるリミナを見て、意味もわからず小さく呻く。
「……勇者様?」
態度を察したか、彼女が問う。俺は一瞬だけ沈黙してから「ごめん」と謝った。
「何でもないよ」
答え、歩き出す。隣のリミナは釈然としない顔を示したが、こちらに話を振ることはなかった。
その道中、先ほどの直感について考える。やり取りで気付いた――というより、見つめあってリミナが何を見ているのか悟ったと言った方が正しかった。
当然なのだが、彼女は俺を勇者レンとして見ている。それはセシル他この世界にいる人々全てに当てはまることなのだが……少なくとも今の俺が持つ人格とは、大きく違うものを見ているのは間違いない。
この世界に来て一ヶ月以上経過し、勇者レンの謎や明確な目的地。そして俺としての目標などが生まれ始め、今違和感が生まれてしまった。一番大きいのは俺自身が目標を立てたこと。セシルに指摘され改めて気付いたが、強くなりたいと願うことが、今の俺にとって最上の目標だ。
けれどどれだけ強くなっても彼らは勇者レンとしか見てくれない……当たり前のことだが、報われないような気がしてしまった。
考えると、なんだか理不尽のようにも思える――いや、こんな世界に来ること自体が理不尽なので、何を今更という感じではあるのだが……ようやくこの世界に慣れ始め俺も考える余裕が出てきた結果、勇者レンではなく俺として色々と評価されたいと思った。
ま、体は勇者レンそのものなので、仕方ないと言えばそうかもしれない……けど、色々と心に残るのは事実。
「……勇者様?」
そんな風に考えていた時、リミナが呼び掛けた。首を向けると不安を抱く彼女。深刻な顔をしてしまったようだ。
「あ、ごめん」
「……思いつめなくてもよろしいのでは」
アドバイスする彼女。確かにその通りだが、これも記憶の無い勇者レンに対する言葉だろうと、邪な考えが浮かんでしまう。
「勇者様?」
さらに問われる。俺は少し慌てて首を振った。
「ごめん、色々と情報が出てきたから、考え事」
「そうですか……ただ英雄アレスについての明確な情報は手に入ったわけですし、考えるのはその後でもよろしいかもしれませんよ」
「そうだな」
俺は頷き、思考をシャットアウトした。今は、勇者レンとしての目標を遂行――それに集中することにする。ひとまず違和感は棚上げだ。
「……そういえば」
直後、俺は別の疑問が頭に浮かぶ。思えば、英雄に関連することを詳しく聞いていなかった。
「リミナ、英雄について少しばかり教えてくれないかな?」
「英雄?」
「俺は記憶を失っているから、今回のことがあるまで英雄ザンウィスという人物のことは知らなかった。他にも、英雄はいるんだろ?」
「あ、そうですね。説明するべきですね」
リミナは思い出したかのように、俺へと応じる。
「英雄は全部で四人です。その内の二人は、勇者様もご存じの通り」
「英雄アレスと、ザンウィスだな」
「はい。そしてもう二人がリデスと、シュウという名前です。英雄リデスが戦士。シュウは魔法使いとなります」
「戦士と、魔法使い……ザンウィスも魔法使いだろ? 二人いることになるのか?」
「英雄ザンウィスはどちらかというと神官に近い性質を持った方で、英雄シュウは攻撃魔法一辺倒という感じです」
「そうなのか……で、その二人は今どうしているんだ?」
「英雄リデスは諸国を放浪しており、英雄シュウはとある国で研究をしています」
「今も活動中ということか」
「はい……ちなみに英雄シュウのいる場所は通り道となりますね」
そう語るリミナは――ちょっとばかり俺の顔を窺うような雰囲気。
「……英雄の件で思い出したのですが……その……」
「会いに行きたいとか?」
先読みして尋ねると、リミナの体が大きく跳ねた。
「あ、いえ。あくまで個人的な希望で――」
「通り道なら、それもいいと思うよ」
俺は承諾。途端にリミナは嬉しそうに笑み、
「ありがとうございます」
と言い、小さく頭を下げた。
どうやら、彼女にとっては会いたい人物らしい。まあ、多少の寄り道はしてもいいだろう。何より、俺も英雄について興味もある。
「じゃ、決まりで」
最後に俺がそう締めくくった時――傭兵達が騒ぐテント近くに到達した。