本来の実力
「あのさ、セシル」
「うん」
「俺は、確かに同意したよ」
「うん」
「正直、ベルファトラスに行く予定もないから、戦うとしたら近日中なのはまあ予測できていた」
「そうだね」
「でもさ、今からというのはどうなのかと思うぞ」
――というわけで、俺とセシルは早速対峙していた。
場所は村はずれ。リミナの明かりに照らされたここは、土が踏み固められなにがしかの訓練場のようにも見える。
左手には森、右には村へと続く道。右斜め前方には傭兵達の溜まるテントがあり、ここからでも笑い声と思しき音が聞こえてくる。
「まあまあ、こういうのはさっさとやっておいた方がいいよ」
「戦いたいだけだよな?」
確認すると、セシルはやはり笑みを浮かべる。
「それもあるけど……これはレンのためだと思ってやっていることだよ」
「新たな言い訳だな」
「そう?」
飄々とするセシルに、俺は深いため息をつく。なんというか、なし崩し的にここまで来たのだが、いざ向かい合ってみるとやはり後悔する。
「言っておくけど、今回はあくまで技量を見るだけだ。本気の戦闘じゃない」
そう言って、セシルは右手に握る物を俺へと放り投げた。
キャッチすると、それが一振りの剣であることがわかる。事前に彼はどこからかこの剣を拝借してきた。さらに彼は既に戦闘準備万端で、両腰にある双剣を勢いよく抜き、
「さあ、やろうか」
野性的な眼差しを込め、こちらに告げた。
「……わかったよ」
俺はしぶしぶ同意し、静かに剣を抜く。同時に腰に差していた折れた剣と抜き放った鞘を地面に置き、一呼吸置いた後静かに構えた。
「リミナさん、立ち会いをやってよ」
「わかりました」
セシルは俺の奥にいるリミナに提案。彼女は足音を鳴らしながら俺とセシルの中間地点で審判をやるように立ち、
「用意はよろしいですか?」
リミナは問う。俺とセシルは同時に頷くと、
「では――始め!」
彼女から号令が下され、セシルが一気に迫った。
瞬きをするような僅かな時間だったが、気付けば間合いを詰めていた。その速さに俺は驚きつつ、放たれた右の斬撃を剣で薙ぎ払う。
「ふっ!」
そこへセシルの連撃。今度は左腕の剣が突きを放つ。俺は剣を引き戻しつつ、左へ体を動かし剣をかわす。
俺はそこから立ち位置を戻し反撃しようと思った――のは一瞬で、またもセシルの攻撃。俺は一歩後退しつつ、執拗に迫ろうとする双剣を全て捌く。
――現状、どうにか対応できてはいる。けれど洞窟の中で見せたあの剣速には程遠いため、あくまで慣らし運転だと悟る。対する俺は奥歯を噛み締めながら片方の剣を防ぎ、なおかつもう一方の剣が体に届かないよう注意を払う。
「ふっ!」
すると今度は双剣をクロスさせ上段から振り下ろしてきた。俺は魔力を腕に集めつつ、その攻撃を正面から受けきった。
「やるじゃないか」
セシルと真正面から視線を合わせる。感心しきった様子だったが、こんなもので終わるとは思えない――
「正直、並みの勇者なら今までの攻防で終わっていたんだけどね」
「……どうも」
多少なりとも評価をしてもらっているようだ。けれどこちらは笑い飛ばす余裕もなく、さらにアクセルを踏むであろうセシルに畏怖を抱く――
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
宣言。途端に背筋に悪寒が走った。
俺は即座にセシルを押し返す。加えて距離を取ろうとしたのだが、彼はすぐさま体勢を立て直し、
その右腕が、動いた。
「――っ!」
来る。そういう直感が頭の中に響く。俺はすかさず剣を構え、五感に神経を集中させ待ち受ける。
しかし同時に、このままでは一刀の下に斬り伏せられると判断――根拠などなかったが、勇者レンの体がそう警告をしていた。
ならば――いちかばちか、攻撃から逃れるために魔力を開放した。そこで俺は、自分がブレスレットを外したままであることに気付く。
魔力は一気に膨れ上がり、その中でセシルの剣戟が俺へと迫る。瞬間、時間が圧縮され俺の目の前の景色がスローモーションになり始める。
魔力により、感覚が鋭敏化している。その力により俺は、セシルの斬撃をしかと捉えた。
左から右への一閃――断定した瞬間、剣を振った。暴走気味の剣戟は攻撃をいとも容易く弾き、セシルは弾き飛ばされ左腕の剣を振ることすらできず、大きく後退した。
「っ……うっ……!」
さらには、呻くような声。見ると、体勢を立て直したセシルが左腕の剣を地面に放り、右肘辺りを押さえていた。
「いたたた……」
「だ、大丈夫か?」
思わず駆け寄ろうとするが、セシルは左手を離し俺に手のひらを向け制した。
「想定外の動きにより、少し筋肉を痛めただけだ。大したことない」
「そ、そうか」
俺は足が止まり、どうすればいいのか逡巡。対するセシルは再び右腕を押さえると、
「ほら、できただろ?」
問い質す。そこで、俺は気付く。
確かに指摘通り、俺はセシルの剣を見切っていた。
「レンはなんというか……僕と同じようなタイプだったから、きっとそれなりに殺気を向けられれば対応できると思ったんだ」
「同じようなタイプ?」
「つまり、訓練ではなく実戦で経験を積むことにより、一気に成長していくということ」
セシルは言うと、地面に落とした剣を拾い、鞘に収めた。
「これは推測だけど、君はモンスターとの戦いで経験を思い出し、強くなっているんじゃないかな?」
――言われ、俺は今までの戦いを振り返る。屋敷で襲撃者と戦った時、咄嗟に足に力を入れ移動速度を上げる等の事例もあるので、彼の言うことはあながち間違っていない気がする。
「だからさ、僕と多少なりとも剣を合わせれば、動きくらいは追えると思っていたよ」
「そ、そうなのか……」
「けれど」
と、セシルは俺に諭すように告げる。
「さっきので、そちらも疲弊しているみたいだね」
「……え?」
言われ――初めて額から玉のような汗が出ていることに気付いた。
おまけに、握っていた剣は弾いた衝撃か、それとも魔力を一気に加えたためか半身から先が喪失していた。
加え、全身に倦怠感が生まれている――洞窟に潜っていたため疲労していたのもあるが、先ほどの攻防で一気に力を開放したことも、理由に挙げられるだろう。
「さっきのは、無駄な魔力を大量に放出したみたいだからね。当然と言えば当然だよ」
セシルが解説を行う。俺はそれに頷きつつ、ゆっくりと深呼吸をした。
「……課題は、山積みだな」
「けど、やろうと思えば僕とも戦えるのは、実証されただろ?」
「ああ、確かに」
答えると、セシルはニッコリと笑みを浮かべた。
「自信はついた? じゃあ闘技大会で待っているから」
「……戦わないって」
俺は最後に零し……ふと、
「セシル。なんだかその発言がオチみたいになってるぞ」
「オチ? オチって何?」
聞き返された。俺はなんだか徒労感を抱きつつ「何でもない」と答えた後、
「ありがとう、セシル」
礼を告げた。
「ポテンシャルに気付けたのは、セシルのおかげだ」
「礼は闘技大会の決勝戦で返してくれ」
「断る」
セシルが笑う。対する俺は苦笑した。
彼にとって礼とは、全力の俺と戦うことらしい。なんというか、改めて彼が闘士だということを実感する俺であった。