覇者の説得
「記憶喪失とは、驚いたな」
傭兵達の集まる場所へ帰る途中、横を歩くセシルは俺に告げた。
グレンが帰った後、結論も出たのでお茶を適当に飲みつつ軽く雑談し、ひとまず戻ることにした。で、歩き出してすぐに彼の発言。
「僕と対戦したくないのもそれが理由?」
「……いや、記憶があったとしても受ける気は無かったと思うよ」
「そんなご無体な」
どうしてそうしたセリフが出てくるのだろうか。
「ほら、レンだって記憶を失くしたとはいえ、強者と出会って血が騒がないの?」
「いや、まったく。俺、闘士じゃないから」
「そこは闘士とか勇者ではなく、男としてどうかという話だよ。突っかかってくる人間がいたら、普通叩き伏せようとするのが男じゃないかな」
「そういう定義は、同意しかねる」
「むー……」
セシルは子供っぽい唸り声を上げ、俺を見据える。
「強情だよね、レンは」
「強情っていうのかな、これ……」
頭をかきつつ呟く俺。もしかして、別れるまでこんな調子なのだろうか。
「ああ、もういい。俺は戦う気ないからこの話は終了」
「えー……」
「終了! いいよな?」
「……わかったよ」
心底不服そうにセシルは答える。で、俺は話を変えるべくアンが語っていたことを口にした。
「で、アンさんが言っていた話だけど……」
「英雄アレスの娘のこと? それとも行かなければならないフィベウス王国のこと?」
「両方」
「国については、行ってみないとわからないのが実情だよ。けどまあ、勇者を探している以上、何かしら問題はあるとは思う」
そう語るセシルは、顎に手をやりつつさらに続ける。
「ただ、今回のように悠長に探していることから、そんなに急ぐ必要はないと思うけど」
「……そうだな」
同意しつつ、後方を歩くリミナに目をやった。
「で、リミナ。アンさんの言っていた国だけど……」
「はい。勇者様、ミファスという名を、憶えていますか?」
「ミファス……ああ、記憶を失くして最初にやった仕事で出会った、ドラゴンの一族か」
「はい。端的に言いますと、あの方々の一族が治めている国です」
「とすると、あのドラゴン達にも会うかもしれないのか」
「ですね」
個人的にはそうした形で行くとは思わなかった……いや、運命などというものがあるとしたら、何かしら繋がっているのかもしれない。
そんな風に考えつつ、今度はセシルに尋ねる。
「で、セシルは行かないということでいいのか?」
「そうだね。資格は有しているけど、厄介事に関わるのはよそうかなと思う」
本音が出た。俺が目を向けると、セシルは苦笑した。
「今回のようにすぐ終わることならまだしも、話を聞く分には時間が掛かるかもしれないからね。僕は覇者として、今年の闘技大会にも出ないといけないし、厄介事は避けた方がいい」
「……なるほど」
時間を掛けるようなことはできないというのが、彼の本意らしい。
ならばグレンの場合はどうだろうか――彼は認可された勇者である以上、レキイス王国から外に出るようなことは滅多にないだろう。なら、遠くの国へ赴くのは国側が難色を示す……かもしれない。本人がいないので、正解かどうかはわからないけど。
そうなると、行けるのは消去法で俺しか残っていない。
「俺の場合は、英雄アレスを探すことが目的だから行かざるを得ないな」
「それは、記憶があった時の話?」
「そうだ」
「じゃあ、今の目的は?」
「は?」
聞き返す。セシルはやれやれと肩をすくめ、
「今のレンが何をしたいのか、だよ。記憶を失くす前のことも重要だろうけど、現在の君だって何かしら目的を持っているんだろ?」
問われ、俺は勇者レンではなく自分が何をしたいのか――考えると、強くなりたいという以前の宣言を思い出した。
これもまた、勇者レンの記憶に絡む件ではあるのだが……あの時の決意は俺の本心も大いに含んでいた。だからいの一番に言える目的はそれになるのだが――
目の前の相手に話すのは、いくらなんでもまずい気がする。だから濁して返答することにした。
「ああ、まあね」
「それは、勇者レンの記憶を探すことに関係している?」
対するセシルは僅かに目を細め問う。
「え? ああ、多少は」
「そうか。じゃあ――」
と、彼は一拍置いて、
「洞窟で出会った人物と、何か関係が?」
――その質問は、ある意味核心部分に触れたものだった。
途端に、声が詰まる。セシルは俺の態度で理解したのか「わかった」と呟き、夜空を見上げた。
「彼は、記憶を失くす前の君の知り合い、もしくは友人という間柄だろ? しかし彼は現在アークシェイドに所属している。今のレンは結構責任感あるみたいだし、彼を止めたいと考えている。でも、今の自分では敵わない……で、強くなろうとしている。そんなところ?」
ズバズバ言い当てられ、二の句が継げられない。セシルはそれを無言の肯定と受け取ったか、どこか呆れるように息をついた。
「そんなに難しい想像じゃないよ」
「そう、か……」
俺はなおも空を見上げているセシルの横顔を窺う。何か思案している様子であったが――あ、こちらに顔を向けた。
「で、強さを求めるには是非ともベルファトラスに」
「戦いたいだけだろ、お前」
言葉にセシルは満面の笑みで応じる。図星らしい。
「……あのさ、過大評価されても困るんだけど」
いい加減このやり取りも疲れたので、俺は思い切って口を開いた。
「というと?」
「確かに大きいモンスターを倒せるくらいの技量はあるよ。けど、正直に言わせてもらうと、セシルが戦っているところを見て腕の動きとか見えなかった。だから、もし戦うとしても、セシルが俺を瞬殺して終わりじゃないかと思う」
「そうかな?」
彼は小首を傾げる。いや、そうだろうとなおも言いそうになって、
「僕の目からは、とてもそうは思えなかった」
「いや、でも……」
「リミナさんはどう思う?」
セシルは唐突に話の矛先を変えた。
「洞窟で僕のことを多少なりとも観察していてはず……どういう印象を受けた?」
「そもそも私は、お二人の剣を目で捉えるのはできませんし」
「じゃあ、魔力とかは?」
「そうですね……勇者様の場合は保有している魔力が大きいので、パワーで一気に押す感じです。セシルさんの場合は、洗練した魔力を凝縮して剣に当てるイメージです。けれど戦う場合は……甲乙つけられませんね」
「ほら」
「いや、ほらって……」
そう言われても俺は戸惑うしかない。
「そもそも俺自身がセシルの剣を追えないって言っているんだから――」
「なら、試してみようじゃないか」
と、セシルは唐突に提案する。おい、話が変な方向にいってないか?
「横で見るのと、対峙して戦うのは大きく違うよ」
「いや、そうかもしれないけど」
「洞窟で出会ったあの人は、僕と同じくらいの反応速度だった。もし彼に勝とうとするなら、僕が良い試金石になるんじゃないかな?」
――確かに言っていることは間違っていないのだが、丸めこまれているような気もして納得がいかない。さらに言えば、目つきがちょっとずつ好戦的になっている。やっぱりこの人、戦いたいだけだろ。
俺はなおも反論しようとして……ふと、リミナから視線を感じた。見ると、なんだか悲しそうな彼女の瞳。
そんなに自分を卑下しないでください――そう語っている。
「……はあ、わかったよ」
俺は彼女の表情に負け、承諾した。好意的に解釈すれば、俺が強くなるために協力してくれるのだ。多少なりとも良いことだと思う――
「じゃあ、よろしく」
そう思ったのは一瞬だった。ニッコリ笑ったセシルはきっちり殺意を出し、俺は頷かなきゃよかったと後悔した。