洞窟からの帰還
その後、ひとまず気を取り直して魔法陣を使って帰ることとなった。疑問に思う点はいくらでも出てくるが、ここで話していても仕方ないという結論になったためだ。
他の面々が転移していく中、最後に俺とリミナが残る。二人きりとなった時、横にいるリミナが俺の方へと向き直り、
「勇者様、その鞘どうするんですか?」
「ん、そうだな……まあ、アンさんに事情を聞いて考えることにするよ」
「そうですか……で、懐かしいというのは……」
「俺も感覚的なことだからいまいちわからないけど、この鞘に眠る魔力をそう思ったんだから、記憶を失う前英雄アレスと関係があったんだろうな」
「かも、しれませんね」
推測を述べるとリミナは小さく頷き、さらに話す。
「そして、ラキという人物についてですが」
「ああ。戦ってみてわかったのは、まだまだ修行不足だということ。それと――」
俺はラキから言われた一連のことを話してみた。すると眉根を寄せ、
「勇者様はラキという人物に恨みを抱いていた……ですか」
「ああ。それが英雄アレスを探すことと、関係あるかどうかわからないけど」
俺は肩をすくめつつ返答した。
「ま、今回色々な発見があった。この鞘を別にしても、結構な収穫だったんじゃないかな」
「そう、ですか」
なんだか言葉を濁すリミナ。ん、何かあるのか?
「どうした?」
「ああ、いえ。その、今回お役に立てなくて申し訳なかったなと」
「気にする必要無いぞ? そういう内容だったんだから」
不満を言うなら、こうした試練の内容を作った英雄ザンウィスに言うべき――というのは、さすがに八つ当たりすぎるか。
「それじゃあ、帰ろうか」
「はい」
返事を聞いて、俺が先に歩き出す。そして地面に描かれた魔法陣に乗ると、それが発光し光が伸び――
気がつくと、目の前に洞窟の入口が見えた。
「お、帰ってきたな」
周囲を見回すと、背後には洞窟の暗闇。そちらに人の姿はないが、洞窟の出口から声が聞こえてくる。
俺はそこで少し待っていると、横にある地面から光が生まれた。それが円形となって上に伸び、消えるとリミナがいた。
「着いたようですね」
彼女が言う。俺は「ああ」と答え、そのままゆっくりと歩き出した。
入口からの声は近付くにつれ、喚声であるとわかる。もしかして先に到着したセシル達が揉めているのだろうか……考えながら洞窟を抜けると、昼過ぎくらいの太陽の光と、
「お疲れさまでした」
横からの声が出迎えてくれた。
振り向くと、入った時と変わらない体勢のアンがいた。俺は彼女に小さく会釈をすると、
「……それは」
彼女は俺の持つ鞘に注目し、小さく声を発する。
「あ、はい。見つけたんですが、どうすれば――」
こっちが言った時、正面からどっと喚声が生まれた。
視線を移すと、黒装束に身を包んだ剣士――ファーガスという名の闘士へ、セシルやリリンが突っかかっている。周りにはリタイアしたと思しき傭兵達がはしゃぎ、はやし立てている様子が窺える。
「最初英雄扱いだったのですが、横取りしたと証言され、色々と大変なことになっているようです」
アンが告げる。俺はなるほどと応じ、自業自得だと思いつつ彼女へ話を戻す。
「えっと、それで……」
「その辺りのことは、後でじっくりお話ししましょう……あ、鞘についてですが、そのままだと目立ちますね。布か何かで――」
「あ、こっちで処置しておきますから」
俺は答え、ストレージカードを取り出した。そしてザックを放出し、今度は鞘をカードにしまう。
「これでよし」
「それなら大丈夫ですね」
アンは納得の表情を浮かべると、騒いでいる傭兵達へ体を向けた。
「皆さん!」
そして大声を上げると、全員が会話をやめ彼女を注視する。
「これにて争奪戦、終了致します! つきましては、昨日の場所へ移動をお願いします!」
呼び掛けると、彼女は傭兵達の奥を手で示した。見ると、村人の一人が傭兵達を手招いている。案内役らしい――
「え?」
それはわかったのだが、俺は思わず声を発した。傭兵達がいるため注目していなかったのだが、洞窟前の開けた空間にはテントがいくつも張られ、白いローブを着た魔法使いと思われる人物が、せわしくなく動いていた。
「救護班でしょうね」
俺の視線に気付いたか、リミナが横から告げる。
「ほら、やられそうになったら強制的に転移させられていましたが、負傷している方もいますし」
「あ、そっか」
納得した時、傭兵達が動き始めた。村人の先導に従い、森へと入っていく。
そんな中、俺は彼らの様子をなんとなく観察し――こちらに近づいてくる人が目に入る。
「一応、説明しておきましたから」
「どうも」
セシルだった。温和な面持ちを見せつつ、俺へと話す。
「私達だけではさすがに傭兵達を説得できなかったかもしれませんが、フレッドさんやリリンによってどうにか」
「……ちなみに、どう説明したんですか?」
「鞘のことは話したくありませんよね? なので、勝負はつかなかったとだけ言いました」
「……ありがとうございます」
どうやら、上手く誤魔化してくれたようだ。
「ま、さすがにあれだけの傭兵がいる以上、面倒事は避けたいでしょうし」
「確かに、そうですね」
「それにほら、レンさんにも色々あるでしょうし、深くは追求しませんよ」
――なぜか急に、物分かりがよくなっている。俺はちょっとばかり違和感を覚えつつも、
「はい、お願いします」
そう依頼した。
セシルは「では、これで」と去っていく。俺はなんだか首を傾げたくなる心境だったが、訊くのも藪蛇になるかと思い口を閉ざしていた。しかし、
「あの、勇者様」
リミナからコメントがやってきた。
「いいんですか? 誤解を解かずに」
「誤解?」
聞き返す。誤解って何だ?
「もしかして、わかってないんですか?」
問われる。頷くと、リミナは多少慌てた様子で話し始めた。
「つ、つまりですよ。勇者様は鞘を見つけ出す前、懐かしいと仰っていましたよね?」
「ああ」
「私は勇者様の事情を知っているので、大丈夫ですが……その言葉を、他の方がどう思うかを勘案すると――」
言われ、俺も今さらながら気付いた。
というか気付いてしかるべきだった。そうだ、懐かしいとかのたまった以上あの場にいた面々は、俺が英雄アレスと深く関係していると考えるはず。しかも俺は、勇者をやっている。
その先の想像は、すぐ察しがついた。
「セ、セシルさん!」
俺はすぐさま森へ入ろうとするセシルへ呼び掛ける。治療のためかせわしなく動く魔法使いの男性を横目に、口を開く。
「あ、あのですね……さっき宝箱を見つけた時の件は――」
「そう言って頂かなくても結構ですよ」
セシルは俺に、にっこりと微笑みかけた。
「隠しておく事情があるんですよね? だから勇者のことも話さなかった」
「え、あ……」
「他の方々に釘を刺す必要はあるかもしれませんが、私は話しません。大丈夫です」
間違いない。様子から、俺がアレスの息子か何かと誤解されてる――!
「いや、だから――」
「大丈夫ですから。あ、私の『お話』については、いずれじっくりやりましょう。それでは」
セシルはどこか快活に告げると、傭兵達の後を追い始めた。
俺はそれを呆然と見送る。追いすがってもよかったのかもしれないが、なんというか説得は無理な予感がして、気力が失せた。
「……勇者様」
リミナが近寄り声を掛けてくる。俺は彼女を見返し、どうしようか相談しようとしたが、
「大変そうですね」
と、アンが後方からやってきて俺達に声を上げた。
「お忙しい中申し訳ありませんが、私もお話したいことがあるので、後ほどお時間を取ることはできませんか?」
「時間?」
意気消沈とした状態で聞き返す。すると彼女は頷き、
「英雄、アレスについてです」
その言葉に、俺はすぐさま顔を引き締めた。
「試練を乗り越え、その鞘を手にできた方にお伝えするのが、この争奪戦の目的なので」
「目的……ですか」
答えながら、俺はこの争奪戦の意味も知っておくべきではないかと感じる。
「事情は、お聞かせいただけるんですね?」
「ええ」
「……わかりました。後ほど」
「はい」
返事をしたアンは、治療に回る魔法使い達へと足を向けた。
残された俺とリミナは無言となる。結構問題が生じてしまったが……一つだけ確かなことがあった。
この一件が勇者レンの目的――英雄アレスを探すということの大きな手掛かりとなるのは、間違いなかった。