依頼達成と新天地
見た目は、二十歳を超えたくらいの女性。女の子と同じような茶色の衣服に、赤髪と黒い瞳。顔立ちから、間違いなく女の子の母親だと認識できる。
「人が来るのは珍しいですね。どういったご用件で?」
丁寧な口調で女性が言う。リミナは頷き、彼女へ話し始める。
「アーガスト王国からの依頼により参りました。あなた方に、ご連絡したいことがあると」
「連絡……?」
聞き返す女性に、リミナは説明を行う。休火山であった山が活発化し、いずれ噴火するかもしれないと。
「噴火が起これば、大規模な地殻変動も生じるでしょう。この場所も崩れてしまうかもしれません。なので、あなた方には避難をお願いしたいのです」
「そういうことですか……」
女性はやや沈鬱な面持ちとなって、傍らに立つ女の子の頭を撫でた。
「故郷を離れたくないという思いからここに留まっていましたが……潮時のようですね」
その言葉に、今度は俺が口を開く。
「あの、なぜあなたはこの場所に留まっているんですか?」
「夫がこの地を愛していた、というのが理由です。亡き夫は人の依頼に関わらずこの山の保護に努めていたのです」
「亡くなった後も、あなたが代わってやっていたと?」
「はい」
頷く女性。どうやら結構重い話のようだ。
「ですが、噴火の件……夫が存命していれば悲しんだかもしれませんが、この場に留まり運命を共にするなどと言えば、怒るでしょうね」
「では……」
「この地を離れることにしましょう。幸い住んでいた一族とは親交もあります。そちらに身を移すことにしましょう」
女性は言うと、女の子に何事か囁いた。
「わかった」
その子は頷くと、一人で家の中に入って行った。
「準備を致します……あなた方は、どうなされますか?」
彼女の問いに、リミナが答える。
「お待ちします。避難するのを見届けるのが仕事ですから」
「わかりました……では、狭いですが家の中でおくつろぎください」
女性は言うと家を手で示した。
中は広間同様灰色の壁面だったのだが、所々柄物の絨毯や緑に色塗りされたテーブルなどがあり、色のついたものも多かった。
俺達が通されたのは、村で間借りしていた家と同じくらいの広さを持つリビング。奥にはキッチンがあるらしく、壁には鍋なんかが吊るされていた。
「自己紹介がまだでしたね」
リビングへ案内した女性は、胸に手を当て俺達に告げる。
「私はマーシャと申します。娘の名はエルネ。共にミファスの家系に連なる者です」
「……ミファス?」
俺は首をリミナに向ける。彼女は小さく頷くと、やや緊張しながら答えた。
「ドラゴンにも家系や血筋があって、ミファスというのは王家の縁族に当たる方々です」
結構、すごい血筋なのか。俺はマーシャと名乗った女性に視線を送ると、彼女は微笑を浮かべた。
「私はあまり王家と繋がりはありませんでしたから、自覚はあまりないのですが……」
言うと、マーシャは話を変える。
「準備をしますので、少々お待ちください」
「わかりました」
俺が答えると、マーシャはこの場を離れ自室へ向かった。
残された俺とリミナはリビングにある椅子に座る。リミナがふうと息をつくのを見て、こちらがまず口を開いた。
「これで、ひとまず仕事は終了?」
「はい。後は二人を見送るだけです」
「送るまではしないと」
「遠いでしょうし……ここを離れる確認までが仕事なので」
――見た目はともかくドラゴンなので、俺達が付き従う必要もないのだろう。
ともかくこれで、異世界に飛ばされた俺にとって初めての仕事が終了……なのだが、最後の最後で拍子抜けする展開だったため、なんだか釈然としない。
「勇者様?」
そんな様子に気付いたかリミナが問う。俺はかぶりを振って「何でもない」と答えると、
「帰りはどうするの?」
「帰り、ですか?」
「元来た道を戻るのか?」
「いえ、転移魔法があるので街まですぐに行けますよ。報告もしなければなりませんし」
――彼女の説明によると、街には転移装置があり、そこにある魔方陣と魔力によって繋がりを持てば、いつでも街付近へ戻れるらしい。
「繋がりというのは、具体的にどういうことをするんだ?」
「転移魔法使用者が特殊な魔力を体に付着させます。特性として付着させる魔力は一つだけ。つまり、転移できるのは繋がりを持った一ヶ所だけとなります」
「そうなのか。で、どこに帰るんだ?」
「アーガスト王国首都、ラジェインです」
首都――今度の舞台は、都会らしい。
「帰れば依頼のご報告を行って……後は勇者様次第ですね」
「そうか。普段はどうしていた?」
「数日休息を挟んで別の仕事をこなしていました」
俺は腕組みをして考える。同じように行動してもいいのだが――
「もしかすると、ラジェインまで行けば記憶がお戻りになるかもしれません」
リミナが言う。俺は「そうだな」と答えつつも、それはないと心の中で断言する。
「とりあえず、報告を済ませてからだな」
俺は呟いてから、リミナに質問した。
「で、報告するというのは誰に?」
「国王です」
速攻で返答が来た――って、え? 国王?
「ここにいたドラゴン達に魔王軍の侵攻を防いでもらった……そう国王はおっしゃっていました」
「え、あの。ちょっと待ってくれ。依頼主って、国王なのか?」
「はい。国からの依頼と言っていませんでしたか?」
確かにそんな感じの話だったが……ん、ちょっと待て。ということは報告に行くのはお城?
「なので、謁見することになるかと」
「そ、そうなのか」
俺はうろたえつつ答えた。な、なるほど。俺はこれから王様に会うのか。内心驚きつつ、頭を整理しようとする。
「お待たせいたしました」
そこに、マーシャの声が。首を向けるとリュックを抱えたマーシャとエルネがいた。
「これで退避する準備はできました……が、その前に一つ。お二人にお礼を」
「お礼なんて……」
俺は言ったのだが、マーシャは首を左右に振った。
「させてください……とはいえ、大したおもてなしもできませんが……お二人とも、昼食はまだですか?」
彼女の問いに、俺達は首を左右に振る。マーシャはならばと、口を開いた。
「時刻も丁度お昼となりますから、お食事でも作らせてください。それに、食材全てを持っていくこともできませんし、もったいないですから」
「なるほど、それなら……」
言いつつリミナの顔を窺った。彼女が頷くのを見て、俺はマーシャへ告げた。
「では、お願いしていいでしょうか」
「わかりました。少々お待ちください……エルネ、一緒に」
「はい」
エルネも頷き、二人はリュックを置いて台所に向かった。
――それから数時間後、俺とリミナはドラゴンの親子と共に外へと出た。
「ご連絡ありがとうございました」
丁寧にマーシャは頭を下げる。俺は「お気をつけて」と告げ、見送ることにする。
どうも山越えするらしく、親子の進路は山に向いていた。確認を取った所マーシャから「平気です」とのことだった。ドラゴンである以上苦にならないのだろう。
「それでは」
マーシャは再度頭を下げた後、エルネと共に山を歩き始めた。俺とリミナは黙ってそれを見送り――
「行きましょうか」
やがて、リミナが声を発した。
「ああ、そうだな……で、俺は何をすればいい?」
「大丈夫です。私に任せてください」
にっこりと答えるリミナ。俺は何度目かわからない申し訳なさを感じつつも「頼む」と言った。
「では、参ります」
彼女は言うと、右手に握る杖を空にかざす。そして何事か小さく呟き――突如足元に魔方陣が出現した。
さらにそれらが発光し、まばゆい光に包まれる。俺は反射的に目を瞑った。
転移がいよいよ始まる。俺にとって新たな場所へと赴く魔法。
どういう展開になるのか――期待と不安が入り混じった感情の中、全身が浮遊感に包まれていった――