勇者の証
やがて扉が開いたのは、時間にして三分くらいした後。突然広間にガチャリと音がして、俺達の注目を集めた。
「……出てくる、気配は無いですね」
セシルが扉を見ながら呟く。ファーガスのことを言っているのだろう。
彼は先頭に立ち扉に近寄ると、ゆっくりと開ける。俺を含めた他の面々がその中を確認し、
「いないようね」
リリンが口を開いた。言葉通り、中に人はいない。
「入ろう」
俺が指示すると、全員がこちらに視線をやり――やがて、動き始めた。
言葉に従い、セシルが扉を持ったまま他の面々が室内へと入っていく。最後に俺が入った時扉が閉められ、またもガチャリと音がした。
「奥に転移の魔法陣があるな」
グレンが言う。確かに一番奥にそれらしい場所があった。
「そして、これが目的の宝、だったはずなのだが」
続けざまに告げられた彼の言葉により、俺は部屋を見回した。
天井は高いが、広さとしては学校の教室くらいの、やや奥行きのある部屋。そして中央には、両手を広げてもまだ余るほどの大きさを持った宝箱が一つ、蓋が開いたまま鎮座している。
宝箱はやや土を盛り上げ固められた土台の上に存在し、本来ならここに訪れた人物を歓喜させるはずなのだが――
「うーん、見事に何もないな」
フレッドが歩み寄り、宝箱を覗きながら言う。合わせて俺やセシルが中を確認すると、空っぽだった。
「これ、どんな物が入っていたんだろう?」
俺が疑問を投げかけると、答えはセシルから返ってきた。
「宝箱通り巨大な物が入っているようなこともなかったでしょう。ファーガスがいないことから、一人でも持ち運べる物のようなので、武器の類かもしれませんね」
「転移で脱出したら見れるわよ」
後方からリリンの刺々しい声。俺は「そうだな」と答え苦笑しつつ、じっと宝箱を眺め――
「……ん?」
ふと、違和感を覚えた。
じっと底を眺める。見た目的に何があるというわけではない。しかし、
「どうした?」
横にいたフレッドが問い掛ける。俺はそれに応じられず、ひたすら宝箱の底を眺め続ける。
気配――この宝箱に何かがある。そういう直感が、俺の頭に響き始める。
もしかすると、勇者レンとしての体の記憶が語っているのかもしれない……考えていると、今度はセシルが唸り声を上げた。
「うーん……何か、変じゃないですか?」
どうやら彼も、何かしら気付いた様子。
そこへ、後方で静観していたグレンが近寄ってくる。フレッドが横に移動し、彼が宝箱の確認を始め、
「……ああ、何か変だな」
セシルと同様に発言する。
彼らに対し、俺はその違和感を言葉に表そうとしばし黙考し――
「宝箱から魔力が感じられるけど、それ以外にも別の魔力が存在する……そんな感じだよな?」
俺が質問すると二人は、同時に頷いた。
やがてリミナやリリンも近寄ってくる。けれどわからないのか首を傾げ、フレッドもまた腕を組み顔をしかめている。どうやら他の三人は、判別できない様子。
「先ほど無言になりましたが、何を感じたんですか?」
そこへ、セシルの言葉。俺は彼に首を向けつつ、当てはまる単語を探し、
「なんというか、懐かしい感じがする」
そう答えた。
口に出してみると、その表現で正解だと確信する。子供の頃嗅いでいた匂いや、断片的な記憶。あとは幼少時誰かから言われた胸に残る言葉――そういった心の片隅にいつまでも残っているものが、俺の中に広がっている。
体が感じる以上、ここには勇者レンが過去関わった何かがある。けれど、宝箱から直接感じられる魔力とは違う。
「懐かしい、ですか」
セシルが俺の言葉を反芻する。そして再度宝箱を見やり、口元に手を当て何事か考え始める。
「ふむ、私やグレンさんも感じている以上、ここには何かがあるのでしょう。けれど、宝箱を調べ上げてそれが出るかどうか」
「でも、何かあるのだとしたら調べないと」
リリンが言う。俺は内心同意しつつ、さらに宝箱を眺め、
「待った……もしかすると」
ふいに、感じていた魔力がどこから来るのか、おぼろげに掴んだ。
「どうしました?」
セシルの問いに、俺は今一度宝箱を注視し、
「これ、ひっくり返そう」
そう皆に言った。
全員の目が、俺へと注ぐ。疑問を抱いている様子なので、俺は、
「宝箱じゃなくて、この土台に何かあるんだと思う」
宝箱の下にある、盛り上がった土台をつま先で蹴りながら言った。
「ああ、なるほど」
セシルも納得いったのか、宝箱の淵に手を掛ける。
「それじゃあ、押して倒してしまいましょうか」
「ああ」
俺はザックを下に落とし宝箱に触れる。ついでにグレンが無言で協力し、宝箱に手をやった。
「それじゃあ行きますよ。せえの――」
セシルの声と共に、俺達は思いっきり宝箱を押した。勢いよく宝箱は上体を揺らし、土台から浮いて奥へと倒れた。
そして、その下には――
「あった」
俺が先んじて声を発した。
土台には、長い筒状の物が包帯のような布でグルグル巻きにされ、埋め込まれるように設置されていた。
「ビンゴですね」
セシルはようやく腑に落ちた様子で言う。横にいるグレンの顔を窺うと、これが正体だと言わんばかりに頷いていた。
「じゃあ、えっと……」
「最初に気付いたのはレンさんですから、あなたが手に取って下さい」
セシルが言う。俺は「わかった」と答え、ゆっくりと筒状のそれを手に取る。
握った瞬間、多少ながら重みがあった。そして形状を見ると、剣の鞘だとわかる。
「鞘、みたいだな」
推測した言葉をフレッドが言う。俺はさらに布を手に取り、軽くそれを解いた。
それにより、鞘の根本が露出する。それを見て――
「え……?」
最初リミナが呻いた。視線をやると、信じられないような面持ちで鞘を見ている。
次にグレンが態度を変化させているのに気付く。こちらは無言で鞘を凝視。そこで俺は、改めて握る物の観察に入った。
色合いは緑色。そして鞘が気持ち悪いくらい透けており、鞘を通しても倒れた宝箱が見える。魔力から考えて魔石で作られた物だろうと推測しつつ、剣が入る部分を確認。刀身は、俺の持つ剣よりもやや細身と言った感じ。
「魔石のようね」
リリンが言う。視線をやるとリミナとグレン以外は特に目立った反応をしていない。
「そこの二人は、何かに気付いたようですが」
セシルが二人へ話を振る。すると、
「――英雄は、緑石の鞘と太陽のごとき剣を握り、魔王へ立ち向かっていった」
リミナが、何やら意味深な言葉を告げた。
「……は?」
次に応じたのはフレッド。さらにリリンも察したようで、口元に手を当て鞘へ注目を始める。
「……なるほど」
そしてセシルもまた納得する。一人取り残される俺、だったのだが――
先ほどのリミナの言葉で、ある程度理解した。彼女が発したのは、おそらく魔王と戦った英雄の伝承か何か。そしてその英雄とは、
「英雄アレスの所持していた、剣の鞘、か」
呟くと、俺を含めた全員に奇妙な沈黙が生じ始めた――