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戦いの後で

「何よ、あの化物みたいな奴は……」


 深淵のような沈黙を破ったのは、後方にいるリリンの言葉だった。

 振り返ると、そこには呆然と佇む彼女と、隣にはフレッドとリミナの姿。


 ――正直な話、リリンやフレッドがここに来れるとは思っていなかったのだが……あ、リリンがこっちの視線に気付いた。


「何? ここにいたら悪い?」

「いや、別に」


 首を振りつつ、俺はセシルとグレンに目を向ける。二人も彼女の声によって硬直を脱し、傷の止血をやり始めていた。


「あ、傷薬を出すわよ」


 リリンはすかさずストレージカードを取り出し、荷物を引き出す。出てきたのは背嚢で、彼女はそこから液体の入った小瓶を一つ取り出し、セシルへ放った。


「ほら」

「ああ、すみません」


 セシルはキャッチすると礼を告げ、中身を傷口へ無造作に振りかけ始めた。


「あ、使います?」

「結構だ」


 セシルはグレンに話を振ったが、彼は拒否し小さく口の中で何事か唱える。

 やがて、魔力が傷口に集まり始める。治癒魔法が使えるらしい。


「勇者様」


 そこへ、俺の下にリミナが近寄ってきて声を掛けた。


「大丈夫でしたか?」

「ああ、何とかね」


 俺は苦笑しつつ返答する。けれどリミナは心配顔。


「お怪我は?」

「掌底を一発もらったけど、痛みも治まったし、大丈夫。そっちは?」

「平気です」


 リミナは不安げな顔をしたまま返答。俺は再度「大丈夫」と告げ、顔をリリンやフレッドへと向けた。


「二人も、とりあえず怪我はないみたいだな」

「ま、あの程度の奴にやられてては、闘士の名が廃るわよ」

「お前さんはリタイアすると思ったんだが」


 フレッドの言。するとリリンは反撃と言わんばかりに彼へと告げた。


「こっちのセリフよ。よくあんなの倒せたわね」

「……お前ら、単なる傭兵だからって舐めすぎじゃないか?」


 こちらに視線を送りつつフレッドが言う。どうやら俺がリリンと同じような感想を抱いていると理解したらしい。


「ま、いいさ……で、さっきのアイツは誰だ?」

「アークシェイドですよ」


 フレッドの問いに、瓶を空にしたセシルが答える。


「彼が番人というわけではないでしょうし、ここにいたモンスターは彼に倒されたと見ていい。で、その証拠に」


 セシルは直線方向の地面を一瞥する。そこには青と金の六角形の金属プレート。


「ペアが一つしかないということは、先に進めるのは一人だけ……ここが、ゴールのようですね」

「あの扉の奥に、勇者の証があるってことか」


 フレッドが言うと、セシルはコクリと頷いた。


「大変不本意な形ですが、ここにいる面々で誰が入るかを決めなければなりません」

「そうね……正直、戦うのは嫌よ」


 本音が漏れるリリン。そして彼女は付け加えるように、


「一応訊くけど、負傷したってことはさっきの奴、強かったの?」

「はい」


 質問に、セシルは腕を組みつつ答えた。


「反応速度だけ見れば、私と互角か、一歩上といったところでしょう」

「……反応できるってことは、あんた私の矢を掴めるの?」

「やろうと思えば。ただ、横に避けた方が楽なのでしませんよ。それで、さらにグレンさんの剣戟を平然と耐える防御力と――」


 次に、セシルは俺が握る剣を見据える。


「レンさんの剣を両断する攻撃力……しかも、彼は本気を出していた様子は無い」


 告げた時、リミナがあっと声を上げた。今、俺の剣が両断されていることに気付いたようだ。


「レンさんは、戦ってみてどうでした?」

「正直、勝てる気が全くしなかった」

「そうですか……上には上がいるということでしょうか」


 悔しそうに、セシルは奥場を噛み締める。


「もっと、精進しなければなりませんね」

「まったくだな」


 同調するように、グレンが続く。


「まさか一撃を受けて、一切通用しないとは……」

「私もあれは予想外でしたよ」


 話を合わせるセシルは、嘆息し改めて俺に問い掛けた。


「で、あの人は? 会話からお知り合いだと予想しますが」

「……悪いが、それは話せない」


 首を左右に振りつつ答える。これを話すには記憶がない点も触れる必要があるので、そうとしか返せない。

 色々言われるかと思ったが――セシルは「わかりました」と答え、追及せず別のことを口にした。


「で、どうします? あの鍵については」

「……そうだな」


 彼の言葉に、俺は思考する。

 一番乗りしたことを主張しても良いのだが、果たして納得するだろうか……とりあえず他の面々の顔を確認すると、なんだか全員が俺の言葉を待っている様子。


「……何で俺待ち?」

「いえ、一番乗りなので」


 セシルが言う。グレンも同調の気配を見せ、さらに意を介したリリンやフレッドも俺を見る。ついでにリミナは言わずもがな。


「えっと……」


 注目を浴び、俺はややたじろぐ。そこでセシルが眼力を弱くして、


「争奪戦である以上、先ほどの人がいなければ、レンさんがモンスターと戦っていたはずです。そして、おそらく勝っていたはず。で、そうとなれば証を手に入れる権利は、そちらにあるべきでしょう」


 ――てっきりこのままバトルロワイヤルでもするのかと思っていた俺は、心の底から安堵した。


 そして横にいるグレンは多少悔しそうだったが、セシルの言葉に何度も頷いている。ここから横取りするのは勇者の風上にもおけない、とでも考えているのかもしれない。


「……それじゃあ」


 俺は半ばセシルの言葉に流されるように、口を開き――

 ふいに、俺の目の前で黒い影が通り過ぎた。


「え?」


 呟いた直後、セシルやグレンが反応。それを捕えようとしたが、影はどうにか二人を越え、その先にある金属プレートへと向かう。


「あ!」


 次にリミナの声。これにより俺は我に返り、影が人間であることを察した。

 つまりこの状況は――後方から現れた人物に、証を横取りされようとしている。


「ちょっと!」


 さらにリリンが声を発する。けれど影は速度を変えないまま金属プレートを拾い上げ、そこでようやく俺は、影が黒装束を身にまとった黒髪の人物であると把握した。


「ファーガス!」


 続いてリリンの声。あれ、その名前って確か――


 考える間に当該の人物はプレートを使って扉を開錠。そのまま奥へと姿を消した。

 一歩遅れて、セシルとグレンが扉に迫る。そしてセシルがドアノブに手を掛けたのだが、


「鍵はあるのに開きませんね。中に人がいると開かない仕組みなのでしょう」

「……そのようだな。相手が出てくるのを待つしかないようだ」


 グレンはどこか疲れた声で返答した。


「で、今の人物は誰だ?」


 さらに彼は名を呼んだリリンへ視線を送る。


「……私やセシルと同じ、闘士よ」


 答えた彼女の言葉に、グレンは「ああ、そうか」と応じた。


「こちらの様子を後方から見ていて、隙が生じた時に横取りしたというわけだな」

「彼、速さだけなら私に匹敵しますからね」


 これはセシルの言。一連の会話を聞くと、俺は小さく苦笑した。


「なんだかな……という気持ちだな」

「こんな終わりでいいのかよ」


 フレッドが不満げに言う。俺は「仕方ないさ」と返しつつ、


「ひとまず、ドアが開いたら中に入ろう」


 そう皆に告げ、折れた剣へ視線を移す。


「とりあえず、カードを使って回収するか」


 言いながら俺は懐からストレージカードを取り出し、ザックを中から取り出す。そして折れた剣を鞘にしまいつつ、分離した刃へと歩み始めた。

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