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圧倒的な――

 セシルは俺が握る半身になった剣に気付いたらしく、どことなく警戒した様子だった。


「……状況を鑑みるに、ここに来た他の人達を潰す気のようですね」

「いえいえ、僕はあくまで、彼と戦いたかったから剣を交えたまで」


 ラキは笑みを浮かべる。セシルは逆に顔をしかめ、ゆっくりと双剣を抜いた。


「やる気みたいだね?」

「ええ」

「こちらは、戦いたくないんだけど」


 ラキが返答した時――ふいに、セシルの目がラキの剣に移る。


「……あなたは」


 そうして呟き、俺もまたそちらを注視すると――


「ん? ああ、これ?」


 ラキは俺とセシルに剣を掲げて見せた。

 戦っている時気付かなかったが、彼の持つ剣の鍔の部分に、アークシェイドを現す刻印がされていた。セシルは印の意味に気付いたようで、はあと息をつき、


「……あなたのような人間が、こんな所に何の用ですか?」

「ま、色々あるんだよ」


 返答するラキ。すると、セシルの目が静かに細められた。


「そう警戒しないで」


 ラキはどこまでも笑みを伴い語る。俺と戦った気配はここに至りなりを潜めているが――表情から、セシルは何かしら思うところがあるのかもしれない。


「ふむ、できればこれで失礼したいのだけれど……」


 ラキは構えを崩しなおも言うのだが、セシルは右の剣の切っ先を彼へと向けた。


「こちらとしては、別に正義感など持ち合わせていないので、あなたがアークシェイドであるという点は、正直どうでもいい」

「……はあ」

「ですが、一つ確かなことが」

「何?」


 ラキは陽気に返す。その瞳には、セシルが何を言うのかわかっている色があった。


「少なくともあなたを野放しにしておくのは――害意があるように思えます」


 言葉の瞬間、ラキの体がゆらりと揺れる。

 そしてセシルが俺の横をすり抜け、彼へ猛然と迫った。


 双方が速さを重視した剣術――セシルの剣が放たれ、ラキの右腕がそれを防御するように動くのだけは、どうにか知覚できた。

 続いて聞こえたのは広間に響き渡る乾いた金属音。それが二度、三度と聞こえ、やがてセシルが一歩後退する。


「終わり?」


 余裕の表情を見せるラキ。対するセシルは、


「……これは」


 小さく言葉を零した。

 一瞬の攻防で何かを悟ったらしい――その程度の推測以外は何もできず、俺は立ちつくしたまま両者の戦いを見守るしかない。


「もうこの辺りで、やめにしない?」


 ラキが問う。その表情は何かを確信した雰囲気を帯びている。


「今のやり取りで、僕の力量とタネはわかっただろ? 覇者という称号を持っていることから、プライドはあるかもしれないけど……」


 と、ラキはやれやれといった様子で肩をすくめた。


「勝てないと、わかっただろ?」


 問い掛け。セシルは無言で剣を構え直す。


「まだやるの? 無駄だと思うけど」

「……それはあんたの決めることじゃない。僕の決めることだ」


 セシルの口調が変化する。合わせて、彼の体に魔力が淡く生まれた。


「ずいぶんと、正義感溢れる闘士さんだね」

「素性と今のあんたを見れば、誰だって叩くべきだと思うさ」

「確かに、な」


 次の声は、後方からやってきた。振り向くと、そこにはグレンの姿。


「倒して次の難関へ意気揚々と参じてみれば、今度はアークシェイドか」


 グレンは眼光鋭くラキを見据えながら、ゆっくりと剣を抜く。


「英雄ザンウィスも予定外だっただろうな。まさかこんな人間が来るとは」

「一人ぐらい、こういう役回りの人間がいても面白いんじゃない?」

「迷惑なだけだ」


 一刀両断するグレンに対し、ラキは声を上げて笑い始めた。


「ははは――そうかもね。ま、僕が勇者の証を取ったりしたら、それこそ国に目を付けられてもおかしくないし、やらないから安心してよ……証自体に興味も無いしね。あ、鍵はあっちに落ちているから、勝手に拾えばいいよ」


 ラキは空いている左手で後方を指差しながら、グレンに問う。


「で、どうする? 僕はやること果たせたし、帰ろうかと思うんだけど」

「……そうか、なら」


 直後、グレンの握る剣の魔力が濃くなった。


「一撃くらい、もらっていけ」


 瞬間、グレンは駆けた。対するラキは待ち構えるつもりなのか、足を止めたままなぜか自然体となった。

 そこへ、セシルもまた動く。体にまとった魔力をそのままに、グレンと並走し、ラキへと間合いを詰める。


 二人による同時攻撃――俺が驚嘆する間に、二人はラキに衝突した。

 刹那、大気を震わせる程の強い魔力が周辺に満ち、ラキは――


「……受けたけど、これでいいのかな?」


 刃をその身に受けながら立ち、平然と返した。


 この事態に、俺は瞠目してしまう――グレンの剣はラキの体を縦に入り、刀身の先端は間違いなく首に触れているが、出血どころかかすり傷一つ生じていない。

 そしてセシルの剣戟は両方とも刺突で、右手の剣が胸を、左手の剣が腹部を突いていたのだが――ローブすら貫通していない。


「な……」


 グレンが声を発する。一切通用しないとは思っていなかったのだろう。


「ま、そういうことさ」


 そんな彼にラキはあっさりと返すと――剣を薙いだ。

 ほぼ同時にグレンとセシルは後方に跳んで回避に移る。しかし、よけきることができなかったのか、グレンは胸当てと右足に一閃。セシルは左腕と腹部が浅く斬られ、鮮血が舞った。


「ぐっ……!」

「っ……!」


 グレンの呻きとセシルの短い声。二人は倒れる事態にならなかったが大きく後退し……ラキに剣を向け直した。


「人を斬るつもりはなかったけど、お二人は無傷だとどこまでも追いすがるだろうからね」


 ラキは言いながら剣を軽く振り、刃についた血を落とす。


「ま、今日はこの辺にしておきなよ。怪我までして状況悪化した以上、僕に勝てる見込はなくなっただろ? こっちは退くつもりだし、手打ちといこうじゃないか――」


 語った時、ラキはふいに視線を俺達の奥へとやった。直後、俺の横を光が駆け抜け、ラキの眼前へと近づき、


「ほっ」


 僅かな掛け声と共に、ラキはその光を左手でキャッチした。


「ん、矢かな? これ」


 収束した光に視線を送りながら、それを握りつぶす。

 おそらくだが、リリンの矢。見えてはいないが、今驚愕しているに違いない。


「試練を乗り越えた人がぞくぞくとやってきているね。やっぱり潮時だ」


 ラキはさっぱり言うと、矢を受け止めた左手を軽く振る。途端に魔力が彼の足元に集まり、それが魔法陣を形成する。


「じゃあ、今日はこの辺で」


 この場にいる面々に別れのあいさつを告げ……最後に、ラキは俺に視線を送った。


「レン。先ほどの話、考えておいて。次会った時、回答を聞くよ――」


 そして魔法により彼の姿が消え、次に訪れたのは泥沼のような深い静寂。

 前にいるセシルとグレンは動かない。その中で出血しているセシルの腕から、血が一滴地面に落ちる。


 俺もまた、動けない。ラキが立っていた地面を見つめ、ただ静かに両断された剣を握り締め続けた。

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