『彼』の剣
「そちらも、今回はやる気のようだね?」
どこまでも笑みを浮かべながら、ラキは問う。けれど俺は、何一つ答えられなかった。
遺跡で遭遇したあの感覚が、俺の中に蘇る。やはり自分は目の前の人物に勝てないのだと、半ば本能的に悟る。
さらに王子の護衛で遭遇したエンスを思い出す。彼から記憶喪失に関して聞いていれば何かしら反応があってもおかしくないが、それもない。どうやら彼は約束を守っているらしい。
「ただ僕としては、英雄ザンウィスの意志に従い、ここで誰かを殺すつもりはないよ。だからさ、殺し合いはなしにしよう」
そこへ唐突な提案。俺としては望んだ展開だが――
「レンにしても、まだ決着は先だと考えているだろう?」
ラキはさらに問うが、俺は無言。
「……ま、そうした態度を取るのは当然だろうし、これ以上は語らないようにしようか」
ラキは剣を軽く振る。それは魔力を何一つ伴わない動作であったが、俺を警戒させるには十分な動き。
距離はまだあるので、注意を払っていれば対応はできる。けれど、正面からやりあって、果たしてどこまで戦えるのだろうか――
「それじゃあ……」
そしてラキは、俺に視線を送りながら言う。
「始めようか」
言葉を発し、ラキが動いた。俺は待ち構え相手の動向を注視しようとして――
次の瞬間、彼が目の前にいた。
「――っ!?」
小さく呻きながら、俺は放たれた剣を弾く。途端に腕全体が痺れ、後退を余儀なくされる。
「今のを、防いだか」
どこか感心するような声音でラキは言った。対する俺は、心の動揺を必死に抑えながら、距離を取る。
強い――動きが一切追えなかった。先ほどセシルが見せた剣戟と同じような感想だが、今回は動きの過程すらわからない。
勇者レンの反応速度をもってしても対応できない速度――戦慄さえしながら、じっとラキを見据える。
「ふむ、どうやら僕とレンの差は縮まっているようだね」
俺の視線に対し、ラキは評価を下すように話し始める。
「僕自身、立場は変わっているけど剣の腕についてはそれほど変化が無いから当然と言えるけど……気付いてしまうと、少しばかり慌ててしまうね」
そんな様子は微塵も見せていないが――俺が胸中呟いていると、ラキは笑みを消した。
「なら僕も、少しばかり気合を入れないとね」
告げた途端、彼の体がゆらりと傾く。そのまま足を前に出し、跳ぶように間合いを詰める――そんな風に俺は直感した。
だから剣を構えラキの動きを捉えようとして――瞬きをした直後、彼は接近し剣を振り下ろしていた。
「くっ!」
先ほどと同じ状況で、俺は斬撃を剣で防ぐ。けれどラキはさらに攻撃を繰り出し、それを腕の痺れに耐えつつ防ぐ。
俺とラキの剣が衝突するたびに、こちらの剣が軋んだ音を立てる。傍から見ると軽く素振りする様な動作でしかないのだが、腕の痺れといい剣の軋み具合といい、かなりの力を刀身に注いでいるのがわかる。
そしてなお、彼は本気を出していない。
ラキがさらに横へ一閃する。それがやや大振りであると確信した俺は、どうにか受け流した後、反撃に出る。
「……へえ」」
直後、ラキの声。俺が仕掛けたことに感嘆しているのか――しかし、発した斬撃はラキの前であっけなく叩き落される。
「くうっ!」
その衝撃で腕が持っていかれそうになるが――どうにか体勢を立て直し後退。そこへラキは斬り込んでくる。
俺は半ば反射的に、間合いを詰められないよう下がった。けれどラキはあっさりと追いつき一撃見舞う。俺はどうにか防ぎ切ると、剣に力を込めさらに魔力を引き出そうとする。
しかしここに来て、今までの戦いで溜まった疲労が、静かに忍び寄りつつあった。どうやら体に余裕もない――そして、現状を打破できる手段もない。
あるとすれば、後方から誰かがやってくること。セシルやグレンが来てくれれば、この状況をひっくり返せる可能性があるのだが――
その時、ラキの一撃を防いだ俺の剣が激しく震えた。あやうく剣をもっていかれそうになり、どうにか耐える。だが、それは大きな隙を生んでしまう。
「ここまでだね」
ラキから宣告が発せられ、再度剣戟が襲う。俺は届く前にからくも武器で防ぎ、正面から刃が交錯した。
瞬間、俺の剣にラキの刃が僅かに食い込んだ。刹那、背筋に氷でもあてられたかのような冷たい感触が生まれ――足に力を集中させ、後方に跳んだ。
そして、ラキの剣が俺の剣を半身から両断する。
折れた先が地面に落ち乾いた音が響く。それを聞きながら俺は半分となった長さの剣を握り、ラキと距離を取った――はずだった。
気付けば、ラキは俺の懐に潜り込んでいた。まずい――
「ふっ!」
間近にいるラキから僅かな息が漏れ、俺の腹部に掌底を放つ。こちらはそれを避けることができず、まともに直撃し、
「――かはっ!」
短い声と共に足が地面から離れ――やがて、地面に体を打ちつける。さらに一度だけバウンドして一回転。うつ伏せの体勢で倒れ込み、ようやく動きが止まった。
「っ……う……!」
俺は顔をしかめながら、どうにか目だけは前を見る。ラキの表情が笑みを取り戻しており、こちらを見下ろしていた。
「まだ、足りないということだね」
決然とラキは言うと、腰に差してある鞘に剣を収めた。
「確実に腕は上がっているよ。でも、僕とレンとの間にはまだまだ距離がある」
彼はどこか諭すように、話を続ける。
「だからさ、もうこういう関係は終わりにしないか……と、提案してみるのだけど」
次に発せられたのは、予想外の言葉。俺はどうにか起き上がろうとしつつ、目だけはラキを見続ける。
「過去のことを水に流そうというわけじゃなくて……お互い、縁を切り忘れようじゃないかというのが、僕の意見だ」
「縁を……切る?」
「ああ。僕らは双方、立場がずいぶん変わっている。君は僕に積年の恨みがあるだろうけど……もうそろそろ、やめてもいいんじゃないかと思ってね」
――彼の言葉で勇者レンは、友人である目の前の相手に恨みを抱いていることがわかる。
「どう? 君も勇者として重要な立場にいる以上、こんな場所でむざむざやられるわけにはいかないだろ?」
「……一つ、いいか?」
俺はそこでようやく立ち上がり、ラキへ尋ねる。
「なぜ、アークシェイドに入った?」
「以前戦った時話した、目的のためだよ」
即答。それがなんなのかまではわからなかったが――少なくとも、自発的に入ったのだけは理解できた。
「そうか……」
だから俺は――半分になった剣をラキへかざしながら、応じた。
「組織に入っているという事実だけで……追うには十分すぎる理由だ」
「……そう」
そこで、ラキは笑みの色を変化させる。それがなんなのか俺が理解する前に、
「なら、仕方ないね」
彼は表情を戻し、剣の切っ先を俺に向けた。
「やるしかないというわけだ」
「ああ」
頷く俺。けれど、勝てる可能性は万に一つもない。
どうすればいいのか――俺はじっとラキを見据えながら考えた始めた、その時、
「こういう事態は、予想できませんでしたね」
後方から声。振り返らずともわかった。その人物は――
「おや、あなたは」
と、ラキから声が発せられる。
「ベルファトラス闘技大会の、覇者さんではありませんか」
「ええ」
答えた人物は、試練を越えやって来たセシルだった。