第三の試練
途中、幾度かモンスターと交戦したが、先ほどのような大集団とまではいかず、労せず進むことができた。
ちなみに倒したのはセシルとグレン。互いはそれぞれ手の内を見せまいとどこか注意を払って戦っていたのだが……そうであっても、彼らにとってモンスターを倒すのは朝飯前といった感じであった。
そして辿り着いた先は、合流地点と同じようにたくさん通路のある場所。そこにはモンスターもおらず、入口が大手を振って歓迎していた。
「では、ここからは別々ですね」
セシルが丁寧な口調で語る。先ほどまで激昂していた姿はなりを潜めているのだが、正直話すのが怖い。
「お互い、健闘を祈りましょう」
にこやかに言うセシルであったが、誰も答えられない――当然だけど。
けれど彼は気にする様子を見せないまま歩き出す。それとほぼ同時にグレンが動き出し、合わせるように他の傭兵達も歩き始めた。
リリンやフレッドなんかも後に続き、俺も足を動かす。すると、
「勇者様」
そばにいたリミナが声を掛けてくる。
「その、敵の種類によっては私が先に到達する場合もありますが……」
「もしそうなってしまっても、別にいいんじゃないか?」
俺は肩をすくめ、彼女の懸念に返答した。
「勇者の証を手に入れることが最終目的だし……俺が手に入れることに固執しているわけじゃない」
「え、でも……」
「もしそうなったら、今度から俺がリミナのことを勇者と呼ぶことにするよ」
「え……」
なんだか言葉を失うリミナ。俺はなんとなく苦笑しつつ、傭兵達の後を追い始めた。
「そうなったら、なったで考えよう」
最後、後方にいるリミナへ話し――そこからは無言で通路へと向かった。
そして一人、俺は狭い空間を歩く。
「さて、どうするかな……」
念の為前後を警戒しつつ、今後の展開を考える。
これはあくまで予感だが、終わりが近いようにも思える。もしそうだとすると、この通路に先にいるであろうモンスターとの戦いが、勇者の証争奪の大きなカギを握ることになるだろう。
「できるだけ一撃で仕留める……それができれば、あの二人を追い越せると思うんだけど」
フレッドが言ったように一撃必殺が俺の本分だとすれば――けど、他の二人だって敵を短時間で倒していた。だから差を付けるためには、文字通り瞬殺くらいの速度は必要。
「問題は、相手がどういったモンスターなのか――」
呟いている内に、前方に鉄の扉が見えた。いよいよかと最初思ったのだが……いきなり鉄扉が現れたので、首を傾げる。
「あれ? 今までと違うな」
少しばかり警戒の度合いを強めつつ、俺は鉄扉に近づき、中に入る。そこは、本来モンスターを倒した後に出てくるはずの休憩部屋だった。
「今度はいきなり?」
あれほどのモンスターと戦ったため――ということなのだろうか。
室内はやはり同じ……加えて、手紙もきっちり置かれている。もういいだろうと思いつつ他に視線を巡らせると、先に続く扉に張られた紙の文字が違うことに気付いた。
『警告 ここから先、道中遭遇したモンスターに勝てる自信がないなら、お引き取り下さい』
「ああ……なるほど」
意訳すると、ここから先自信がなければ大怪我しますよということだ。
実際、傭兵達の中には心折られた者もいるはずだ。ここでリタイアすれば怪我なく帰れますという意味合いで、先にこの部屋を設置したのだろう。
俺やセシルなんかは当然リタイアするわけもないが……リリンやフレッドはどうなのだろうか。
ただどちらにせよ、モンスターを倒す速度はセシルなんかよりは劣るだろう。結局、勇者の証を手にできそうなのは、俺を含めた三人に絞られたのは間違いない。
「よし、行くか」
俺は何もせず、先へ進む扉を開ける。前方には多少直進する通路があり――その先に、人間型の悪魔を一体、視界に捉えた。
「今度は悪魔か」
呟きつつ剣を抜き、走り出す。同時に聞こえたのは、悪魔からの雄叫び。加工したような、どこか歪み重苦しい無機的な声。
俺に対し警告のため発したのかもしれない――が、通路を抜け部屋へと入った。
またも円柱の部屋。さらに後方で扉が落ち、閉じ込められる。
そこで悪魔の声が止まる。俺は剣を構え、目の前にいる敵をしっかりと見据えた。
身長は、精々二メートルを超える程度。十分大きいが、先ほどまでのモンスターと比べれば迫力は少ない。そして光沢すら放っている漆黒の体と、牙をむき出しにした顔。人間のような顔立ちではあるが、口から見える鋭い牙と光の無い目が、生物とは異質な存在であると確信させる。
そして何より、はっきりと感じられる濃密な魔力――先ほどの大型モンスターを凝縮し、さらに濃くしたような気配は、間違いなく今まで出会った中で最強の敵であると理解できた。
俺は腰を低くし刀身に魔力を加える。先手必勝ということで仕掛けようかと考えたのだが――
悪魔が動いた。一足飛びで俺に間合いを詰め、右腕を差し向けた。
即座に俺は右へ跳ぶ。攻撃をかわし、さらに魔力を込め一気に開放する。
「――おおおっ!」
声と共に放ったのは飛龍の雷撃――悪魔の横手から放ったその一撃は、見事命中し視界を白く染める。
俺は避けた勢いのまま後退し、敵のいた場所に神経を尖らせ――やがて閃光が消え、中から悪魔が出現した。
「……生きているな」
見た目は一切変わっていない。どうやら健在らしい。
先ほどのモンスター達と比べ、耐久力もある。なら――俺は氷の力を収束させ、動きを封じ仕留めることを考えた。
対する悪魔はゆっくりと俺に体を向ける。警戒しているのか、先ほどのような性急な動きは見せず、自然体となって俺を注視し始める。
膠着状態――このまま出方を窺うのも手だったが、睨みあっていれば、他の面々に先を越されるのは間違いない。
ならば、行くしかない。心の中で断じ、俺は走った。対する悪魔は俊敏な動作で腰を落とし、迎え撃つ姿勢を整える。
そこで俺は地面を薙ぐ。瞬間、氷の力が発動し、悪魔の足先を凍らせ始めた。次いで一気にひざ下まで氷結した時、悪魔が吠えた。
それでもなお氷はその身を包もうと一気にせり上がる――だが、腹部まで到達した時突如氷が砕かれ、逆にこちらの攻撃が消滅した。
「押し負けたか……!」
相手の力が上回っている。どうやら氷の中に閉じ込めることはできなさそうだ。
ならば、他の手段は――考える間にも悪魔が襲い掛かる。先ほどと同じ速度で接近すると、俺へ手刀を見舞う。
こちらは後方に下がり回避。なおも執拗に来る攻撃をさらに一歩下がってかわし、次に来た刺突を右に体を動かし避けた。
そこで、俺は剣に全力で魔力を込め、突き込んだ腕に対し一閃した。通用するかどうかはわからなかったが、相手の動きを怯ませる効果はあるかもしれない。
果たして――俺の一撃は腕に僅かに食い込み、破片を周囲にまき散らした。
途端に悪魔は腕を引き、俺と距離を取る。しかし、動きは一切変わらない。厄介だと思いつつ、僅かに損傷した悪魔の腕に注目する。
魔力を結集した剣戟は通用する。そして悪魔の攻撃自体はやや大振りで、よけるのはそれほど苦労しない。油断はできないが、長期戦に持ち込んでも十二分に勝算はある。
けれど、他の面々に先を越されるかもしれない――
「……ま、やられてしまうよりはマシか」
仕方ない。俺の技であっても一撃で倒せない以上、他の人達も同様のはず――そう無理矢理納得することにして、長期戦を決意する。
悪魔が声を上げる。生物の発するものと比べ異質なその音を聞きつつ、俺は再度駆け出した。