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一触即発

「お前は、ベルファトラスの闘士だな? 双剣の使い手、記憶にある」


 口火を切ったのはグレン。剣を右手にぶらさげながら話す彼に、セシルは「ええ」と答えた。


「はい。あなたの想像している通りです」

「ふん……こんな辺境にご苦労なことだな」

「勇者の証に興味がありまして」


 語るセシルに対し、グレンは目を細めた。


「……その獣のような顔つきは、隠し切れていないな」

「おや、そうですか。すいません」


 セシルが笑みを浮かべつつ頭を小さく下げる。すると、


「まあいい、それなりの腕は持っているようだが、私がいる以上無駄足だ。さっさと狭い箱庭の中で戦闘ごっこでもしていろ」


 突如グレンは挑発的に語り、歩き出す――


「さすがに、聞き捨てなりませんね」


 対するセシルは、表情を真顔に変えて返答した。その目は、グレンと同様敵意。


「私についての言及はどのようにしていただいても結構ですが、闘技を戦闘ごっこなどというのは、少しばかり不愉快ですね」

「あんなもの、貴族どもが観賞する道楽の一つだろう。奴らに楽しんでもらうよう立ち回るだけの演劇に、ごっこ以上の価値があるのか?」

「……へえ」


 セシルの雰囲気が、にわかに硬くなる。気配に飲まれたか、彼の周りにいた傭兵が数歩下がり始めた。

 ついでに言うと俺も後ずさる。その時、近くにいるフレッドから声がした。


「始まったよ……まったく、これだから闘士と認可勇者は」


 ――口上から、ああいう手合いの人間同士は相性が悪いのだと悟る。そしてそれは、目の前の光景でしかと理解できる。


「ならばごっこ遊びの実力、試してみますか?」

「私に勝てる自信でもあるのか?」

「……逆に訊きたい。あんたは何で僕に勝てると思っている?」


 うわ、口調まで変わり始めた。

 視線を別所にやると、口元に手を当てジリジリと後退するリリンの姿。その態度から現在のセシルがどれほど危険なのか、なんとなく理解できた。


「ほう、その言い草は興味深いな」


 相対するグレンは、あくまで余裕の表情。


「貴様はどこか私を下だと見ている……覇者などとくだらん称号を持っているが故の、愚かな過ちだな」

「試してもいない勇者が何を言っても無駄さ」


 セシルは挑発的に言い放ち、グレンを(にら)みつける。


「僕からすれば、あんたはハッタリかましている道化でしかない。剣を合わせてもいないというのに自分の方が強いなどと言っている人間程、滑稽な人間はいない」

「……言ったな」

「ああ、言ったよ」


 セシルは素早く双剣を抜くと、グレンへかざす。


「ここにいるモンスターを倒せた以上、それなりではあると思うけどね。けど、あんた見た所武器頼りの剣士だろ? 正直、本質的な能力はそれほど高くないんじゃ――」


 グレンが、間合いを詰めた。さらに剣が放たれ、セシルへ猛然と襲いかかる。

 俺は二人を制しようとして――声を上げる前に剣が衝突する音が弾け、瞬きをした後全てが終わっていた。


 グレンは剣を振り抜き、なおかつセシルは双剣をクロスさせ見事に防御していた。その光景に周囲の面々は固唾を飲み、俺も口をつぐんでしまう。


「……ほう、多少はできるようだな」

「あなたもね。だけど――」


 セシルはそこで笑みを浮かべながら言う。


「僕とやるには、力不足じゃないか?」


 瞬間、グレンが剣を引き一歩後退する。体勢を整えるつもりなのだろう。


 すると今度はセシルが前に出て――グレンに対し、俺が認識できない速度で剣を薙ぐ。

 これは、さすがにグレンも危ういか――そう思ったのだが、セシルの剣戟をグランは受け止めた。


 グレンの剣とセシルの双剣の内、右手の剣が刃を噛み合い動かなくなる。けれど、セシルの左手は空いたまま。このまま突き込まれればグレンの負け――


「ほう、気付いているのか」


 直後、グレンが感嘆の声を発した。


「てっきりわからないまま特攻するのかと思ったが……存外、冷静だな」

「……やれやれ」


 セシルは言うと、剣を引いた。同時にグレンも構えを崩し、距離を取る。


「多少なりとも、できるようだな」

「そちらもね。結界を使うとは思わなかったよ」


 結界――その言葉に、屋敷での戦いで襲撃者ジャードが見せた、あの強固な能力を思い出す。二人のやり取りから、グレンはそうした能力を保有していて、セシルの攻撃を防ぎきったのだとわかる。

 ここで両者が動きを止めてくれれば放置してもよかったのだが――セシルが再度剣を構え、グレンが迎え撃つ体勢を示した。


 これはまだ続きがある――察するとこのタイミングしかないと思い、


「二人とも、とりあえずやめ!」


 制止にかかった。それに最初反応したのはセシルで、目だけ俺へと向ける。


「レンさんも、雌雄を決するかい?」

「だから、戦わないって!」


 無茶苦茶怖い目つきにちょっと怯えつつ、俺は叫んだ。


「いやほら、この後もモンスターがいるかもしれないし、ひとまずここは矛を収めて」

「……ふむ」


 と、呟いたのはグレン。顎に手をやり、止めに入った俺をジロジロと眺める。


「ずいぶんと、お人好しな傭兵だな」

「傭兵じゃなくて、あんたと同じ勇者だよ」


 返答したのはセシル。あ、待て、バカ――


「勇者レン……あんただって聞いたことがあるだろ?」

「ほう?」


 途端に、グレンの目つきが鋭くなる。加えて事情を知らない傭兵達も、俺の方を見てざわつき始める。

 これはまずい――思っていると、ふいにグレンの視線が穏やかなものになる。


「そうか、勇者レン……いいだろう。同じ魔族と戦う勇者の言葉。ここは顔を立てて引き下がろう」


 告げると彼は腰にある鞘に剣をしまった。よ、良かった。素性はバレてしまったが、とりあえず事なきを――


「レンさん。試練が終わり次第、ゆっくりとお話しましょうね」


 得なかった。セシルからは笑い掛けられながらも殺意に近い気配が放たれ、俺は小さく呻くこととなった。






 それからひとまず、この広間に敵がいないことを確認しあう。とはいえ、ここからさらに敵が来る可能性もあるので、警戒する必要が――


「私は一人で十分だが」


 グレンから横槍。うん、俺も戦ってみて一人でよいと思っている。けれど、


「他の人を犠牲にしながら進むのは、寝覚め悪くないですか?」

「どうせ死にはしないだろう」


 ああ言えばこう言う。まあ争奪戦という趣旨から、見捨てて先に進むのが一番賢いわけだが――現状を鑑みるに抜け駆けしようものなら、絶対後ろから刺されるだろう。

 それがわかっているのか、傭兵達は動かない。ついでにセシルなんかもグレンや俺を警戒し、先んじて進もうとはしない様子。


 とりあえずそのことについて言及し、話をまとめよう。


「……争奪戦である以上、一人突っ走れば間違いなく誰かが邪魔する。ここは公平に、全員が同じタイミングで次の試練を受けるってことにしよう」

「私は賛成」


 リリンが最初に手を上げた。続いて彼女の横にいるフレッドが手を上げ――やがて、傭兵達も同じ所作を示す。

 彼らもここでセシル達と戦う気はないらしい――ま、先ほどの攻防を見れば当然かもしれない。なので、不戦協定を結ぶことにした、というのが彼らの結論だろう。


 その中にはきっと、俺も入っているんだろうな――そんな風に思いつつ、


「じゃあ、そういうことで……進もう」


 最後に告げた――直後、俺達は前へと進み始めた。

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