覇者と勇者の実力
最初モンスターに向かったのはセシル。彼は瞬間的に迫ろうとしていた狼へと近寄り、双剣を薙いだ。
動作としてはやや遅く、おそらく牽制目的で放った一撃――狼もそれをなんなくかわすと、反撃に移る。前足を伸ばし、鋭い爪で一蹴しようとした。
けれどセシルは何気ない動作でそれを避けた――というより、攻撃が放たれた瞬間軌道を読んだと言った方が良かった。
俺としては驚くべき動き……考えている間に、右手にはめられた金色のブレスレットを外し服のポケットに入れた。さすがにあれだけの巨体を倒すには全力が必要という判断だった。
そして剣を握り魔力を込めながら相対したのは巨人のような悪魔で、胸部には赤く文様のようなものが刻まれている。
モンスター確認すると、魔力を収束させる。以前と比べれば確実に良くなっているが、リミナなどに言わせればまだまだらしい俺の本気。
しかし、今回の戦いにおいては十分すぎる力だった。
俺は力を開放する。生み出す力は雷撃かつ――飛龍。
全力で剣を振る。直後、刀身から魔力が溢れ、俺がイメージした通り胴の長い飛龍が生まれ、猛然と悪魔へ襲いかかった。
相手は避ける素振りすら見せることなく一撃が決まる。飛龍が体躯を貫通し、胸に大きな穴を開け、悪魔は見事消滅した。
と、同時に横からこちらに向けられる鋭い気配を感じ取る。反射的に目をやると、セシルが俺の動向を怖い目つきで観察していた。
……あの、俺は味方なんですけど。
追及しようにも距離があるためどうにもできず――その間に彼の目の前にいる狼が、前足をかざし食らいつくように突進を仕掛ける。
俺は咄嗟に警告しようかと口を開きかけたが、その前にセシルが動いた。
彼が狼を再度見据える時、右手が僅かにブレた――いや、それはもしかすると剣を振ったのかもしれない。けれど、俺には彼の動きが完全に知覚できなかった。
次の瞬間、狼の前足が両断される。俺が瞠目する間に、セシルは追撃を加える。今度は両腕が僅かに動き――狼の体全体に剣閃が走った。
魔力により、俺が雷撃を飛ばすように彼は剣戟を放っている――そういう結論に至った時、狼は潰えた。やはりというかなんというか、彼にとってはこのレベルの敵は相手にならないらしい。
俺は再び視線を戻す。フレッドが傭兵を説得し退避している姿が見えた。戦うのは無理と判断したようだ。
そして正面に、巨大な騎士が一体やってくる。先ほど戦った奴がそのまま巨大化したような形をしており――相手は剣を振り下ろした。
俺はそれを横に跳んでかわしつつ、魔力を込める。次に収束させるのは氷の力。どうせならば、現状の能力を改めて確認した方がいい――セシルの視線が怖いとはいえ、そう決断する。
魔力を集中させ、反撃に出る。剣を地面に薙いで氷の力が発露し――直後、騎士の足元が凍り始めた。
そこからは一瞬の出来事だった。騎士が対応する間もなく氷が一気にせり上がり、全身を包み込む。次いで、氷の中で騎士を攻撃する轟音が響いた。
やがて生まれたのは天使の羽根。遺跡攻略で見せた氷の技だが……今回はそれほど苦労もせず生み出すことができた。
「よし……」
俺は呟いて周囲を見回し、正面にドラゴンがいるのを捉える。先ほどまで傭兵が戦っていたそいつは、雄叫びを上げ突如飛翔した。
「ん、飛ばれるとまずいか?」
呟いて、飛龍の剣なら一気に倒せるだろう――そう思った矢先、
「はっ!」
横から、声が聞こえた。目を向けるとセシルが近寄ってきており、掛け声と同時に跳躍した。
何を――直後、彼は何を思ったのか騎士を包み込む氷に足を掛け、ほぼ垂直に近い柱を上り始めた。
「っ!?」
俺が呻いている間に、セシルは跳躍した勢いを維持したまま天辺に到達し、そこから瞬きをする間もなくドラゴンへ跳んだ。
まさか、飛ぶ相手に空中戦を――思ったのはほんの僅かな時間。彼はドラゴンの間近に迫り双剣を振ったかと思うと、突如断末魔の様な音が聞こえた。
目をむいて観察すると、セシルの斬撃によりあっけなくドラゴンが消滅する光景。それと同時に、俺の生み出した氷が騎士と共に光となって消える。
そしてセシルは地面に降り立ち、何事もなかったかのように別のモンスターへと走った。
「……無茶苦茶だな」
俺はそこで一言呟いた後、近くに敵がいないか確認を始めた。すると、今度は後方からモンスターの叫び。振り返ると、グレンが悪魔型のモンスターを倒していた。
「……彼に助けはいらなそうだな」
零しつつ、俺は別のモンスターへと目を移した。
そこからは残党狩りのようなもので、それほど時間は掛からずモンスターを倒すことができた。
ちなみに内訳としては、俺が三体。セシルはリミナの援護があると言ったモンスターを含めれば五体。そしてグレンが三体で、合計十一体だった。
そして広間に敵がいなくなった後、リミナの進言により他に敵がいないか調べにかかる。地中とかに潜んでいないかを確認するためなのだが――
「……なんというか、自信がなくなるな」
その折、傍らにいたフレッドが言った。
「あんなでかいモンスターを一撃じゃあなあ……」
なんだか愚痴っぽく聞こえるのだが……俺は返答せず気配を探り続ける。
この作業にはセシルやグレンも参加している。リミナを含め残りの面々は広間の中央付近で固まり、敵の警戒に当たっていた。
そうした光景に逐一目をやりながら、俺はふとフレッドに顔を向ける。
「なあ、フレッド」
「ん、どうした?」
「戦っている時、セシルやグレン……あの勇者についてはどう思った?」
特に意味のある質問ではなかったのだが――フレッドは「ふむ」と呟き、何やら難しい顔で答えを示す。
「セシルの方は、そもそも剣の動きが追えなかった」
彼もやはり、あの剣戟に対応できなかったらしい。
「そしてグレンとかいう勇者の方だが、あっちは基本に忠実とした技の応酬、という感じだな。それでいて無駄がなく、洗練されているのが印象的だった」
「そう……で、俺は?」
「一撃必殺」
一言。確かに三体の内二体は雷と氷の力を使って一撃ずつだったけど。
「いや、最後の敵は一撃じゃなかっただろ?」
「そうは言ってもお前、牽制目的で一撃加えた後、とんでもない魔力込めて剣振ってたじゃないか。あんなもん一撃必殺となんら変わらん」
語った後、フレッドは多少仰々しく肩をすくめた。
「俺の感想としては、三人が潰しあってくれればありがたい」
「……そう」
俺は一切やる気がないけど、他の二人がどう考えているのか――
そんな会話を交わした後、ひとまず気配がないのでリミナ達のいる場所へ向かう。そこには既にセシルとグレンの二人がいて――
「あの、セシルさん」
俺は険しい顔つきでこちらを見るセシルに声を掛けた。
「……何でしょうか?」
「いや、あの。なぜそんな顔を?」
「ああ、すいません」
と、彼はすぐさま表情を戻す。
「あなたと一騎打ちをした場合、どう戦うかを考えていただけです」
「……この際言っておきますが、俺は戦う気、ありませんからね?」
「この試練の間は、ですよね?」
「いえ、あの……」
戻った顔が、段々と好戦的になっていく。この辺はさすが闘士といったところなのか。下手に何か喋れば、戦闘が始まるかもしれない。
さすがにそれは勘弁だったので、誰かに助けを求めたく思い視線を巡らし――グレンがセシルを観察していことに気付く。
その眼は、セシルと似通っていながら、どこか敵意に満ちているもの――これはまずいと心のどこかで感じ、一騒動あるだろうと、半ば覚悟した。