大広間の交戦
そこは今までの場所と比べてもかなり広い空間で、学校のグラウンドくらいの面積はある場所だった。さらには高い天井に加え、一番奥には通ってきた通路と同じくらいの幅を持った道が存在している。
そしてこの空間の中で、傭兵達がモンスターと戦っていた。傭兵側の人数がおよそ十名で、対するモンスターも同数……なのだが、問題はその大きさだった。
一番近くにいたのは、見た目鱗を持ったトカゲなのだが、体長が目測五メートルはある。そうした体格を所持したモンスターが十体。当然ながら、傭兵達は苦戦していた。
「統制がとれていないな」
横に立つグレンが言う。彼の言う通り傭兵達はモンスターの巨体に対応できず、さらにはバラバラに戦っているような状況だった。
「やれやれ……」
どこか呆れた風にグレンは呟くと、近くにいたトカゲ型のモンスターへと駆け出した。
「お、おい!」
慌てて声を掛けるが時すでに遅し。彼はモンスターに対し剣を振るい、一撃当てていた。
「こういうのって……連携しないとまずいんじゃ」
そんなことを呟くと――ふと、近寄ってくる傭兵の姿を発見する。
「――勇者様!」
そして耳に入った呼び掛けは、聞き覚えのあるもの。と、いうか――
「リミナ!?」
従士であるリミナが、そこにいた。
「何しているんだよ!?」
「何って……追って来たんですよ!」
まさかの追随。きっと心配になって別ルートから来たということなのだろう。ただ、最終的に追い抜かれ今に至るわけだけど。
「いやあ、滅茶苦茶ですねぇ」
と、次にまたも記憶にある声。見ると、今度はセシルだった。その両手には俺の持つ剣と比べ刀身の短い双剣が握られている。
「なんというか、ザンウィスという方も無茶をしますね」
「……その点は、同意します」
俺が答えた時、広間全体に甲高い咆哮が生じた。それは中央付近で傭兵と相対している、翼を広げた竜型のモンスターによるものだった。
「ドラゴンまでいるんだな……」
「はい」
俺の言葉にリミナは答え、戦況を説明し始める。
「最初、先行していた傭兵達を含め十五人いたんですが、四名やられました」
「そりゃあ、これだけの相手である以上、犠牲者は出るよな」
「犠牲者って言うんでしょうかね? あれ」
セシルの問い。転移で消え去る光景を想像しているに違いない。
彼に対し俺は小さく肩をすくめた後、リミナへ口を開く。
「倒したモンスターはいるの?」
「はい。私とセシルさんの連携で一体」
「こっちもついさっき来たばかりですけどね」
セシルが彼女に続いて言うと、さらに付け加える。
「で、どうしようかと色々考えている時に、レンさんが来たというわけです」
「勇者様がいればすぐにでも倒せますよ」
リミナがさらに語るのだが……そこで呼び方が戻っているのに気付く。
「リミナ、呼び名……」
「もういいじゃないですか……聞き咎める人もいませんよ……」
それはそうなのだが――まあいい。今はそんなところで言い争っていても仕方ない。
「じゃあ、やるか」
「はい」
「こちらも協力しますよ」
リミナの返事とセシルのフォローを聞いた時、今度は断末魔が聞こえた。驚いて周囲に目を向けると、グレンが交戦していたモンスターを撃破していた。
その様子を見て、セシルが感嘆の声を上げる。
「お、早速倒している方がいますね」
「勇者だそうです」
「へえ、いたんですね。あなた以外にも」
「あっちは認可されているので、彼こそ本物ですよ」
「あなただって認可されているも同然なので、偽物ではありませんよ」
どこか俺は慮るようにセシルは言う。けど瞳の奥に戦いたいという欲求があるのを、俺は心の底で感じ取る。
「さて、行きましょう」
けれど俺はそれを無視し、剣を構えようとして――
「うおっ!」
入口方向からの、驚愕の声。
振り向いて確認すると、フレッドと横にはリリンの姿。彼らは目前の光景に目を見張り――やがて、俺達の存在に気付き近寄ってくる。
「おい、何だよこれ!」
「こういう試練だと思うよ」
フレッドの意見に俺は返答しつつ、心強い味方が来たと思った。
「メンバーが増えて良かった。今から動こうと考えていた所なんだ」
「問題は、他の傭兵達をどうするか、ですねー」
セシルが間延びした口調で言う。確かに戦うとなれば、現在動き回っている傭兵達もどうにかしないといけない。
「これは共闘しないとまずいよな」
フレッドは巨体を見据えながら呟く。隣にいるリリンも弓を構え、かなり警戒している様子。
「で、どうします?」
そしてセシルは俺に投げた。え、ちょっと待ってくれ。
「えっと、セシルさん?」
「仕切るのはあなたに任せます」
いきなりの展開。俺は目を白黒させ反論しようとしたのだが、
「では勇者様、お願いします」
まさかの、リミナによる援護射撃。
「えっと……リミナ、何で俺?」
「勇者様だからです」
力強く答えるリミナ――で、横にいるセシルが彼女の見えないところで忍び笑いをし始める。
もしかして二人はどこかで合流し、セシルが何か吹き込んだか――とはいえ、その点を追及している時間はない。
「……わかったよ」
俺は苦戦の続く周囲の状況を確認し、頭を回転させる。まさか争奪戦でこんなことをやる羽目になるとは……というかそもそも、人に指示を出したことなんて皆無に近い――にわかに緊張しつつ、最初リミナに首を向けた。
「えっと、リミナは魔法で援護……できれば危なそうな人を助ける感じで頼む」
「はい。わかりました」
「じゃあ、次だ……セシルさん」
「セシルでいいですし、敬語も別にいいですよ」
「……じゃあセシル。あのモンスター達を一人で倒せる自信は?」
「あります」
即答。そこで俺は、なおも一人で戦うグレンを指差す。
「あの人同様、単独で倒せるのならば倒して欲しい」
「わかりました」
「えっと……じゃあフレッド――」
声を掛けようとした瞬間、室内に雄叫びが響く。目を移すと広間の中央にいた巨大な狼型のモンスターが、ゆっくりと歩み始めていた。
傭兵達は色めき立つ。俺はフレッドにリリンと協力して――と言おうとしたのだが、彼らを見て方針を変えた。
「フレッド、あの場にいる人達と交流とかある?」
「交流……? ああ、見知った奴はいるな」
「じゃああの人達の所に行って、俺達の動きを伝えてくれ。戦えそうならその場で交戦し、無理そうなら退避……で、リリン」
「ええ」
「そっちはフレッドの援護。状況を見て、他の面々の援護も」
「了解。それで、あなたは?」
聞き返される……あ、しまった。自分のこと考えてなかった。
「ここは当然一人だろ」
梯子を外すようなコメントをフレッドが放つ。途端にセシルの瞳が一瞬見開き、次に俺を鑑定するかのように目を細めた。
「えっと……」
そんな視線に俺は口を開こうとしたが――またも咆哮。何かを言う時間はもうない。
「――わかった。俺もセシルと同様、一人だ」
「期待していますよ」
「勇者様ならできます」
セシルの言葉と、さらにはリミナの励まし。なんだか二人の調子が合っている――決して偶然ではないだろう。後で問い質すことにしよう。
「じゃあ、行くぞ!」
俺は彼らの言葉に対し、半ばヤケクソ気味に、号令を掛けるよう叫んだ。直後、俺を含めた全員が速やかに行動を開始した――