交戦の結果ともう一つの試練
声は、テリジスが発したものだった。
「くっ!」
俺は彼が見えていないながら攻撃を受けたのだと推察し、悪魔の背後から剣を向ける。
すると悪魔は即座に反応。素早く俺へと振り返った。
「が……あっ……!」
悪魔の挙動を目で追っている間に、真正面からテリジスの声。一瞬だけ見えたのは、爪か何かで切り裂かれ胸部から出血する彼。
それを視界に捉えた直後、俺は剣を薙ぐ。しかし悪魔は対抗し、剣戟を腕で防ぎにかかった。
直後、ギィン――という乾いた音が響き、先ほど交戦した悪魔と同様、刃が触れた腕の一部分が欠ける。
「このまま押し切れば――」
倒せると思い、攻勢に出ようとした。けれど悪魔は俺の追撃を避けるように押し返すと、大きく後退する。
「貴、様ぁ……!」
直後耳に入ったのはテリジスの恨めし気な声。まずい――瞬間的にそう悟る。
「待て!」
ここは俺に任せろと叫ぼうとしたのだが、彼が悪魔へ剣を振る方が早かった。
テリジスの剣が悪魔へ振り下ろされる。刃は俺と向かい合う形で立つ悪魔の背中に直撃したのだが――ガンッ、という音と共に彼の動きが止まった。
通用していない――判断すると共に一歩で悪魔を間合いに入れる。このまま横へ一閃し、一気に倒そうとした。しかし、
悪魔は突如テリジスへ振り返る。そして動揺を見せるテリジスへ、拳により突きを放つ。
「よけろっ!」
俺は叫んだが、テリジスは身動き一つできずその拳を胸部に受け、短い吐息を漏らした。さらに、足が地面を離れ吹き飛ばされる。
間に合わなかった――思うと同時に背中を向ける悪魔へ剣を薙いだ。相手は避ける素振りすら見せず一太刀受け、砂へと変化する。
身を顧みず、テリジスに傷を負わせることを優先させたのか……そういう見解を抱きつつ、俺は倒れる彼に駆け寄ろうとする。
「大丈夫か!?」
言いながら容態を確認しようとした――その時。突如彼が横になる地面が発光し、全身を覆うように魔方陣が形成される。
「なっ!?」
いきなりの出来事に俺は立ち止まり、やがてテリジスが消える。光もすぐに収束し、地面に染み込んだ血を残し、彼がいた痕跡が全てなくなる。
「何……だ……?」
倒れていた箇所を凝視し呟いていると、横手から悪魔の断末魔。見るとリリンが悪魔の胸部を吹き飛ばした姿があった。
即座にフレッドも確認する。悪魔を縦から両断する彼が目に映る。
「二人も、終わったか」
俺は目前の光景をそう評した後、剣を収める。そして一度だけテリジスが倒れた場所に目を向け、小さく息を吐いた。
「これも、英雄ザンウィスのやり口かな」
戦いが終わり落ち着きを取り戻すと、そう結論付けた。
最初の関門を過ぎた後の手紙で、俺達の死を望んでいないというメッセージが書かれていた。だとすれば死ぬ間際か、戦闘不能に近い状態となると、どこかに転移する魔法が洞窟全体に掛けられている――
「あれ? あいつはどうした?」
悪魔の消滅を確認したフレッドが、俺に問い掛けてくる。
「逃げたのか?」
「大怪我をして倒れ、急に魔方陣が現れてどこかに転移していったよ」
「はあ? 転移?」
言いながらフレッドは俺の後方に目線をやり、血痕に気付いたのか眉をひそめた。
「悪魔の一撃を受けたのか。で、地面に寝ちまって転移したと?」
「ああ。英雄ザンウィスの手紙と照らし合わせれば、これも考えの内だと思うよ」
「なるほどね」
俺の言葉に続いたのはリリン。弓を下ろし、周囲をきょろきょろと見回した後、改めて語り出す。
「転移場所は、きっと洞窟の入り口でしょうね。一つ目の関門を抜けた先にあった脱出路と、おそらく同じ。さっきの悪魔も、試練の前哨戦といったところでしょうね。このくらい倒せないとここから先に進んでも無意味だという、警告なのかもしれないわ」
「……なんというか、やり過ぎな気がするけど」
俺は肩をすくめつつリリンに応じる。
英雄ザンウィスがどういう意志を持ってこの試練を造りだしたのか不明だが、一つだけ確実に言えることは、明確な殺意はないということだ。
彼の本意からすれば、こういう処置になるのは理解できるのだが――
「ま、その辺はいいじゃないか」
フレッドがさっぱりとした口調で言う。
「ここで死ぬことはないとわかっだけだろ? やることは一切変わらない」
「……そうだな」
俺は彼に言われ気を取り直す。確かにそうだし、何より一度モンスターにやられ転移してしまえば、勇者の証を手に入れることはできなくなるだろう。結局、何一つ変わらない。
「テリジスという人は大丈夫そうだし、先に進もう」
俺は仕切り直しのつもりで言うと、真正面にある四本の分かれ道に視線を送った。
「で、いよいよ二つ目だな」
「みたいね。二人とも、武運を祈るわ」
リリンが言う。俺は「そっちも」と言った後、歩き始めた。
俺達三人は別れ、一人となりつつ通路を歩く。
道幅は狭く、大人が二人並べばいいくらいの幅と、手を伸ばせば届くくらいの天井。なおかつこれまで同様照明があり、移動の不便はなかった。
閉塞感に多少緊張しつつ、一人進み続ける。念の為後方と前方に注意を払いつつ――やがて、目の前に広い空間が見えた。
「あそこか……」
それが目的地であると理解しつつ、俺は剣を抜いた。
正面に見えるのは、全身鎧を身に着ける騎士のような存在で、剣を胸の前に掲げ微動だにせず立っていた。加えて後方には、最初の関門で見たような鉄扉が見える。
「あれが、相手か?」
呟きつつ、少しずつ進んでいく。
こんなところで待ち構えている以上、人間ではなくモンスターだろう。英雄ザンウィスが生み出した存在だとすれば、ああいう見た目のものが出て来たっておかしくない。
観察している間も、相手――騎士は超然と立ち、俺を待ち構えている。
「部屋に入らないと、動かないんだろうな」
見立てつつ俺は部屋へ近づき、まずは通路から中の様子を窺う。
中は一つ目の場所とまったく同じ円柱の構造をしている。そして正面にいる騎士の両脇には、同じような鎧姿である騎士が控えている。
「今度は数か……」
呟きつつ、室内に入る。足を踏み入れ、騎士の動向をしかと見据え、
――後方で、最初と同様轟音と共に扉が降り、閉ざされた。
「今度は、いきなりか」
俺は一瞬だけ後方を見ようとして――入口の両脇、壁際に同じように騎士が控えているのに気付く。
「……包囲戦、ってところだな」
俺が声を発した直後、総勢五体の騎士が一糸乱れず動き出し、俺に対し剣を構える。
「始まる――」
淡々と呟きつつ、刀身に魔力を込める。それと同時に、騎士が一斉に動き始めた――