もう一つの出会い
俺達三人は一番大きい通路へと入る。そこも明かりに照らされているのだが、道はやはり折れ曲がり、先が見えない構造となっている。
「おい、一ついいか?」
道すがら、フレッドが俺に声を掛けてくる。
「はい、何ですか――」
「いや、いい加減敬語じゃなくともいいと思うんだが」
「……はい?」
フレッドの言葉に俺は首を傾げる。
「言葉遣いだよ。一時的であれ共闘している上、傭兵である以上さん付けとか、気を揉まなくてもいいぞ」
「低姿勢になって、矢面に立たないようしているんでしょ」
彼の言葉に応じたのはリリン。
「理由ありきで目立ちたくないらしいから……あ、私の方もタメ口と呼びつけいいわよ、別に」
「あ、うん。どうも」
「目立ちたくないって、お前有名人なのか?」
フレッドが追及。途端に俺は口ごもる。
「い、いや……」
「ここで言っても噂が広まるわけでもないし、いいんじゃないの?」
答えに窮する俺にリリンが助言する。
そうは言うものの、フレッドは勇者レンを「生意気」という風に捉えている節が以前の会話でわかっているので、喋りたくない部分もある。
「なんだよ? そこまで言われたら気になるじゃねえか」
こちらが黙していると、興味津々に言われてしまう――ここで変に誤魔化しても、追求され面倒なことになるかもしれない。
「……他言無用でお願いするよ」
「おお、いいぞ」
というわけで、フレッドに勇者レンであることを伝えた。さすがに記憶喪失という設定まで話すことはしなかったが――
「ほう、そうだったのか……というかまあ、察していたが」
なんだか半ば疑われていたようだ。
「察していたって、何を理由に?」
「いや、お前女性の仲間がいたろ? 昨夜の宴で、愚痴っぽくお前のことを勇者様とか呼んでいるのが聞こえて、そうなんだろうなとは思っていた」
うわ、そこから知ってしまったのか。
この調子だとまだ知っている人がいそうだが……ま、いいか。今回の争奪戦に際し、それほど影響はないだろう。
その後のことは考えたくなかったので、ひとまず棚に上げておくことにした。
「……まあ、そういうわけで色々理由があって今回参加したんだ」
「ほう、そうか。俺としては、証を手に入れる筆頭のような気がするな」
「違うと思うよ」
俺は答えリリンに視線を送る。彼女はそれで察したか、小さく肩をすくめた。
「なんだよ?」
態度を見てフレッドが問う。俺はセシルのことを説明しようと口を開きかけた――その時、
「……ん?」
唐突に、リリンが後ろを向いた。
「どうした?」
すぐさまフレッドが反応。歩いてきた道のりを注視するリリンは、ゆっくりと弓を構えながら彼に応じた。
「後ろから、何か気配が」
「気配?」
俺は聞き返しつつ、気配を探ってみる。しかし、何も感じられない。
「気のせいとかじゃなくて?」
「気配探知には自信があるのよ」
闘士として訓練された力なのかもしれない――そういう点を根拠に、俺は彼女の言を信じ後方を注視する。
「モンスターだよな?」
「そうね。魔力の大きさはそれほどでもないけど、数が」
「数?」
「アーマーウルフくらいの気配が、複数ある」
彼女の言葉で俺は顔を険しくする。どうも雲行きが怪しい。
「倒すか?」
フレッドが問う。俺とリリンは一度目を合わせ……彼女が声を発した。
「そんなことをしていたら、他の面々に出し抜かれるんじゃない?」
「かもしれんな」
「だったら先に進みましょう」
リリンの言葉にフレッドは無言で頷く。俺は彼女と目を合わせ視線で同意を伝えると、剣を抜いた。
フレッドも合わせるように剣を抜いた時、リリンは後方を見張り、俺とフレッドが前方に注意を払いつつ歩み始めた。
相変わらず曲がりくねった道を進み続ける――と、ふいに前方から金属音が聞こえた。
「何かあるな」
フレッドが呟くと同時にまたも甲高い音。おそらく誰かが何かと戦っている――
「一人、先行した人間がいたのか」
俺は頭の中で思考しながら呟く。
現在進む通路に繋がる道は全部で五本あった。その内三本により俺達が合流し、残った二つの内一本から出てきた人物は先に進んだ――こういう構図だろう。
「状況はわからんが、援護に行くか?」
フレッドが尋ねる。俺は周囲に目をやりながら、小さく頷いた。
「死なれたら、寝覚めが悪いし」
「違いない」
彼の言葉と同時に、歩調を速くする。とはいえ距離があるのか二、三度角を曲がっても一向にその姿は見えない。
けれど相変わらず金属音は聞こえ――それが大分近づいた時、ピタリと止んだ。
「終わったのか?」
俺は進行方向を見ながら零した――次の瞬間、狼の遠吠えとこちらに近づく足音が聞こえてきた。
「お、敵に勝てなくて逃げ出したな」
フレッドが呟いたその時、前の道に当該の人物が現れる。貴族服に、右手には剣。そして金髪……の男性。
見覚えがあった。最初に洞窟へ進入した、あの人物だ。
彼も第一関門を突破できたのか――なんとなく驚いていると、彼の視線が俺達を捉え、必死の形相で喚いた。
「な、何をしている! 早く私を助けろ!」
「……見捨ててもいいんじゃねえか?」
命令口調にフレッドは多少怒った様子。俺も一瞬考慮に入れかけたが、正直そうも言っていられない。
「進路を塞ぐ敵だろうから、戦う必要はあるだろうな」
「……だな。ったく、厄介な奴と関わっちまったな」
俺の言葉にフレッドは嘆息しつつ剣を構える。こちらも剣を握りしめ迎え撃とうしたのだが、
「二人とも」
リリンから鋭い声が飛んだ。
「後ろもモンスターが迫ってきている。前方の敵と連携しているのかもしれない」
「……わかった」
彼女の言葉に俺が受け答える。直後、先行していた男性が駆け寄ってきて、俺達の後ろに隠れた。
「さ、さあ! お前達――」
「いいから黙ってろよ」
男性の言葉をフレッドが止め、彼は口をつぐみ――同時にモンスターが出現した。
今までのモンスターとは異なる、茜色の体毛を持った狼だった。数は五体で横一列に並び、俺達を視界に捉えた瞬間一糸乱れず立ち止まる。
「ずいぶん統率の取れたモンスターだな……」
俺は呟きつつ、これも試練の一環なのだろうと思い一歩前に出る。
「フレッド」
そして剣を構え、彼に呼び掛ける。
「正面は俺がやるよ。フレッドは、リリンの援護を頼む」
「いいのか?」
「数が多いから、範囲攻撃の方がいいと思う……仲間がいると存分に火力が出せない」
「なるほど。じゃ、頼んだぜ」
「ああ」
フレッドが足を反転させる音が聞こえる。一度だけ振り向くと、怯えた目の男性と、リリンの前に立とうとするフレッド。そして、
「お手並み拝見ね」
微笑を浮かべ語るリリンがいた。俺は首を戻しながら、彼女に応じる。
「ま、このくらいの局面は乗り越えられないと、勇者とは言えないよな」
俺は軽口を叩きつつ、前を見据えた。
正面には狼五体。加えて後方からは同じような色合いをした、猿みたいなモンスターが出現していた。
「さて、行くか……!」
敵を視認しながら声を発し――呼応したのかわからないが、モンスター達が一斉に動き始めた。