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不可思議な遭遇と、とある事実

 真正面からその狐を見据え、俺はこれがザンウィスによって生み出されたものであると直感する。理由としては、狐の黒い眼差しがモンスターと異なり、ひどく澄んでいたためだ。

 この争奪戦において生み出された存在――断定した時、相手はすっと立ち上がって俺に向かって甲高い咆哮を上げた。それは部屋全体に反響し、しかと俺の耳を打つ。


 こちらはひとまずザックを地面に置いて、改めて剣を構え相手――二本の尻尾を持つので、便宜上二尾と呼ぶことにして、観察に入る。

 二尾は俺を威嚇するように黒い瞳を向けながらゆっくりと構える。突進するような体勢に入り、さらには目が鋭くなる――


 直後、二尾は俺へ飛び掛かって来た。洗練された動きで、最短距離を駆け抜ける――だが予測し、相手が動き出すよりも早いタイミングで右に逃れた。

 俺が避けると二尾は優雅に着地し、再度こちらに目を向ける。対する俺はどう戦うかを思案しようとして、


 次の瞬間、二尾が口を大きく開けた。


「――まさか」


 発した直後、口から炎が放出された。


 俺は半ば本能的に刀身に魔力を込め、地面を薙ぐ。それは以前、森においてアーマーウルフと交戦した時に使用した氷の壁を生み出す手順。

 剣先が地面を通過し、瞬時に俺の身長を越える氷がせり上がり、炎が壁に直撃した。結果、こちらの防御能力が上回り全てを防ぎ切る。


 だが二尾の攻撃は終わらない。炎が消えるや否や氷の壁越しにいる俺に向かって体当たりを仕掛けた。

 俺はどうしようか一瞬迷い――剣先を地面に押し当て、氷の壁に魔力を加える。


 自分の生み出した物であれば、離れていても魔力を加え強化することができる――一ヶ月の訓練によって教えられた一つの事柄であり、それを用いて強化した。


 二尾の体が壁と衝突する。耐えられるか――俺が考えた直後、二尾は見事に弾き飛ばされた。


「よし……!」


 俺は対抗できると手応えを感じつつ、氷の壁を解除する。一方の二尾は僅かに体勢を崩したが、すぐにこちらを見据え注視し始めた。


 俺は動かない。剣を構え出方を窺う。


 二尾の攻撃方法としては、体当たりと炎。あと考えられるのは前足の鋭い爪を使った攻撃くらいだろう。どちらにせよ、物理攻撃となる。

 加えて、先ほどの攻防である推測が導き出される。特に炎に関してだが、魔力をまったく感じられなかった。これが意味するところは――


 二尾が吠える。同時に俺へ果敢に突撃を仕掛ける。こちらは待ち構えても良かったが、ある確信を胸に前へと足を踏み出した。

 剣を握り、すれ違いざまに斬撃を放つ。二尾もこちらの動きを察知したのか、前足の爪を突き立てようと俺に差し向ける――


 その攻撃を俺は紙一重でよけつつ一閃した。剣戟は二尾の胴体を捉え、爪は肩先を僅かに掠める。

 二尾が、咆哮とは異なる声を上げる。それを聞きながら俺は素早く体勢を整え、相手を状況を確かめた。

 一撃は入った――が、浅かったため一撃で倒すことはできなかった。けれど明らかに二尾は動きを鈍くし、瞳の力も弱くなっている。


 次に俺は二尾の攻撃が掠った肩先を見る。衣服は一切傷ついていない。


「やっぱりか」


 ここで完全に把握する。二尾の攻撃方法は全て物理攻撃であり、魔力を伴った攻撃が一切ない。魔力によって生み出されている存在にも関わらず……奇妙と言えば奇妙だが、これもまた勇者の証に関する試験の一環だと思えば、そういう設定にしたのだと理解するしかない。

 そこまで考え行き着いたのは、相手の攻撃はこちらに届かないという事実。


「なら、後は……!」


 押し切る――決断し二尾へ突っ込む。同時に刀身に魔力を込める。

 二尾は顔つきを僅かに険しくする。ずいぶん表情豊かなモンスターだと思いつつ、俺は剣を振った。


 雷撃が、剣先から迸る。二尾はすかさず横に回避。動きが遅くなっていたが、からくもよけた。再度攻撃をと俺が思った時、逆に二尾が毛を逆立て襲い掛かってくる。

 このままでは負けるという判断だったのかもしれない。けれどその突進は先ほどと比べ精彩を欠いたもの――俺は即座に足に魔力を集め、横に跳ぶように移動した。


 果たして――俺は跳ぶように仕掛ける二尾の横手に回り、剣を縦に振り下ろした。

 刃がしっかりと二尾の体を捕らえ、両断する。その瞬間二尾の体が剣の触れた場所から塵と化し、一気に消滅した。


「倒した……!」


 淡々と事実を呟き、俺は息をつく。


「勇者様……!」


 次に聞こえたのはリミナの歓喜の声。俺はそんな彼女に対し笑い掛けようとして――

 入口部分に、鉄板が落ちるのを視界に捉える。


「え――」


 声を発した直後重い音が響き、鉄板によって入口が閉ざされた。土煙が舞い、沈黙が室内に満ちる。


「……おいおい」


 剣を鞘に収め、そちらに駆け寄る。かなり分厚い鉄板で、さらに悪いことに魔力が感じられる。結界が張られているようだ。

 破壊することも可能かもしれないが、そんなことを悠長にしている時間はないだろう。


「これは、あれか……ここからは一人で行けと、そういうことか」


 呟きつつ、入口近くに置いたザックを拾い上げる。

 そして入口の反対側に視線を移すと、二尾の裏に隠れて見えなかった一枚の鉄扉が見え――


「ん?」


 さらに、二尾を倒した場所の地面に、何かが落ちているのを発見する。

 近づいて手に取ってみる。手のひらに収まる程度の大きさをした、正三角形の金属製プレートが二枚。一枚は青色。もう一枚は金色。


「何だ、これ?」


 どういう物かわからなかったが、とりあえず手に持って鉄扉へ近づく。

 扉は灰色の無骨な物。ドアノブを試しに回してみると、鍵が掛かって開かない。

 続いて扉を観察。すぐにドアノブの下に正三角形の窪みを見つけた。


「これを使うということか?」


 俺は手にあるプレートを見ながら言うと、金色のプレートをあてがってみる。しかし僅かに大きい。

 ならばと青色のプレートをあてがう。それはピッタリと窪みに収まり――ガチャンという開錠の音が聞こえた。


「モンスターを倒すことで、進める仕様なわけか」


 独り言を発しつつ、扉を開け覗き見ると、


「……は?」


 見た瞬間、硬直した。


 中は十畳くらいの小部屋で、入口と向かい合う形で先へ進める扉がある。

 そして驚いた理由だが――床に水瓶が置いてあったり、チーズの匂いなんかがしたためだ。水瓶の隣には戸棚が一つあるので、そこに食料が入っているに違いない。


 一瞬罠かと思った。けれど魔力の類は感じられない。どうしようか少し悩み……戸棚の上に手紙らしきものが置いてあるのを目に留めた。

 俺は一応警戒しつつ部屋に入り、手紙を読む。差出人の名前は、ザンウィスの孫であるアンだった。


『英雄ザンウィスは人の死を望んでいません。真に願うのはこの試練に参加した方々が皆、地上に暮らす人々の支えになることです』


 手紙にはそれだけ記載されていた。


「……これは、この部屋の説明か」


 手紙を読み返しながら、意を介する。この争奪戦を考えたザンウィスは人死を望んでいない。つまり、この部屋はあくまで挑戦者のためであり、罠などではないと言いたいわけだ。


「ずいぶんと、入念な準備だな」


 零しつつ、部屋を見回す。入口から見て左側には扉が二枚ある。両方とも張り紙があり、片方は厠と読めた。


「そんなところまで気を遣わなくてもいいと思うんだけど……」


 もう一方の扉を見る。張り紙には『脱出用の転移魔方陣』と書かれていた。


「危ないと感じたら、これを使って引き返せと言いたいわけか」


 さらに俺は視線を巡らせる。入口と反対側にある扉にも張り紙があり、


「ここからが、本当の試練本番ということか」


 それを見ながら言葉を出す。張り紙には『扉を抜けると、ここに入ることはできません』と書かれていた。

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