不可思議な洞窟
やや狭い通路を抜け出た先は、学校の教室程度の広さを持った空間だった。
「これは……」
俺は柄から手を離しつつ、呟く。リミナの明かりによって照らされた空間を見て、ここで何があったのかを理解する。
ゴツゴツした岩肌だけではなく、鍾乳石が目に付く小部屋であり、壁の一部分から水が漏れぬかるんだ地面も視界に捉えることができる。
さらに中央部分――そこには黒く焼け焦げた跡があり、明らかに戦闘が行われたのがわかった。
「誰かがこの道を先行しているのか……ま、あれだけの傭兵がいたら一人くらいは通るか」
結論付けながら、中央に歩み寄る。さらにぬかるんだ地面に目を落とすと、複数の靴跡が残っていた。
「あの貴族の方々、でしょうね」
リミナが俺の背後に歩み寄りながら言う。
「この黒くなった地面も、魔法によるものでしょう」
「だろうな」
返答しつつ、部屋全体を見回す。俺達が来た通路以外に、道が五本もあった。
「完全に迷路だな、これ」
「しらみつぶしは元々無理そうですね」
リミナの言葉に俺は無言で頷く。
目論見としては、訪れた傭兵達を分散させたいのだろう……まあ、一本道で傭兵達が同じ場所に殺到しては試練もクソもないので、こういう処置にしたのだろう。
「……考えても仕方ない。先に進もう」
俺はリミナに言うと、適当に選んだ道へと入る。
またも狭い通路の中で、俺は柄に手を掛ける。罠か妨害を警戒してのことだが、自分達が発する物音以外何も聞こえないので、大丈夫そうな気はする。
少しすると、またも同じような部屋に行き着いた。その部屋もまた戦闘があったのか、地面に僅かな亀裂が入っていたり、壁が傷ついていたりしている。
「こういう小部屋がいくつもあって、通路はそれに繋がっている、という構造かな」
推測を立てつつ部屋を観察すると、ここから繋がる通路は四つあった。
「勇者様」
そこへリミナの声。呼び方が戻っていると指摘しようかと思ったが、助言の方が早かった。
「先行している方々を出し抜くには、進んでいない道へ行くのが良いのでは。無論、リスクもありますが……」
「確かに。もう一つ言えば、後を追って出会い戦闘になるのは嫌だしな」
リミナの言葉に賛同し、俺はそれぞれの通路を確かめる。よく見ると四つの内、二つは足跡が見えていた。
「とすると、二つの内どっちかだな……ま、深く考えても仕方ないか」
選んだ道に入る。誰も進んでいない道ということで、再度罠なんかを注意する。
けれど、何事もなく次の部屋に辿り着く。そこには――
「お、出たか」
モンスターが一体――見覚えがある。アーマーウルフだ。
「……洞窟の中に?」
リミナがふいに呟いた。俺が聞き返そうとした時、アーマーウルフがこちらを視線を向け、飛び掛かってくる。
俺は即座に剣を抜き、同時に魔力を込めながら一閃。雷撃が剣先から放たれ、アーマーウルフはこちらに届く前に攻撃を食らい、消滅した。
「このくらいのモンスターなら余裕だな」
俺は剣を収めつつリミナに同意を求める。彼女は頷いたのだが、
「……こんなところにアーマーウルフがいるとは、驚きです」
首を傾げそう答えた。
「普通森の中にいるモンスターなのですが」
「この争奪戦に際し、仕込んだんじゃないの?」
俺はアーマーウルフがいた場所に目をやりながら言う。
「ザンウィスという人なら、できそうな気もするし」
「……そうですね」
リミナはやや間を置いて頷く。俺は何から考える彼女の姿を見た後、歩き始めた。
これで小部屋は三つ目。とはいえ同じような景観ばかりが続き、早々に飽き始めてる自分がいる。
「……と、いかんいかん」
慌てて首を振った。気を緩めれば証のある場所など到底辿り着けないだろう――自分に言い聞かせつつ、リミナを伴い新たな道に入った。
そこからも同じような通路――だったのだが、次第に変化が訪れる。
「あれ?」
壁面が、無骨な岩肌から滑らかになる。色合いまでは変わらないが、明らかに人の手が加えられているのはわかる。
「いよいよかな」
どうやらここからが本番らしい。
「気を付けてください」
リミナも変化が起こったのを理解し声を上げる。俺は同意するように今までよりも警戒の色を濃くし、なおかつ気配を探りながら少しずつ進んでいく。
やがて――通路の先に小部屋と思しき場所。俺はそちらに視線を送りながら、慎重に進んでいたのだが、
「……ん?」
ふいに、体に違和感を覚えた。なんというか、体全体を魔力の塊が通り過ぎたというべきか――
「きゃっ!」
と、後方からリミナの声。振り返ると、そこには鼻を押さえた彼女がいた。
「リミナ?」
体を九十度傾けつつ問うと、リミナは俺を見据えながら、
「……結界です」
ややくぐもった声で言い杖をかざすと、コンコンと壁を打つような音が生じた。
「ここに結界があって、私を阻んでいます」
「結界、か」
呟きつつ、俺はリミナが入れない場所に手をやる。すると何事もなく腕はリミナの握る杖に触れた。
「……通れるけど」
「推測ですが、一人しか入れないよう結界で細工しているのでは?」
リミナが言う――と、俺はああ、そうかと思った。
つまりあの貴族一行のように、集団で来た場合に対する処置だ。勇者たる者、独力でモンスターと戦える力がいる――そんな風にザンウィスは考えたのだろう。
「ひとまず、俺一人で状況を確認するよ」
「……はい」
提案にリミナは不安げに了承した。
次に俺は魔法で明かりを生み出し、部屋の中央に放り投げる。そして剣を抜き放ち、中の様子を窺う。
光の大きさはそれなりなのだが、端の壁が見えないので先ほどまでの部屋とは異なり、それなりに大きさを持つ場所なのだと認識する。
「……行くか」
すり足になりながら、ゆっくりと部屋の中に入っていく。
体が完全に部屋に入り込んだ時、俺は正面方向から魔力を感じ取る。おそらく二重の結界により、通路から魔力が流れるのを遮断している。
「いよいよか……」
呟いた――次の瞬間、突如部屋が明るくなった。
「え?」
思わず周囲を見回す。部屋の天井はかなり高く、構造としては綺麗な円柱。そして魔力の明かりと思しき光が、縦横一定間隔で設置され、室内全体を昼間のように照らしている。
「ゆ、勇者様!」
そしてリミナが叫ぶ。言われなくてもわかっていた。俺の正面――そこには一体のモンスターがいる。
「……なるほど」
俺はその存在を眼に焼き付けた瞬間、この争奪戦の一端を理解した。
最初の迷路を抜けた先は、全ての道がこういった部屋に到達するようになっているのだろう。迷路にしたのは訪れた人間を分散させるのが目的。そして罠なんかがないのは、そもそも必要が無い――モンスターと一騎打ちをするだけで、勇者の資質を試せるのだから。
俺は正面にいるモンスターを見据える。いや、それはモンスターという呼称が当てはまるのか疑問に感じる存在。
そこにいたのは、金色の体毛を持ち二本の尻尾を生やした、体長三メートルはあろうかという狐だった――