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争奪戦開始

 それから一時間ほど経過した時、洞窟が見えた。


 その周囲だけ森が開かれ、テントが数個張れる程度の広さが確保されている。案内をするアンが先頭に立って洞窟前に赴くと、手でそこを示した。


「ここです」


 言われ、俺は洞窟に目を向ける。断崖絶壁の崖にぽっかりと大穴が空いていることに加え、暗闇に閉ざされているため中を窺い知ることはできない。


「今回にあたり、周辺の森には簡易的な結界を張っております。周辺はモンスターが出現しませんので、ここで入る準備をして頂いても問題ありません」


 アンは語ると洞窟横へ足を動かし、


「……皆様のご武運を、お祈りしております」


 傭兵達へ一礼した。

 説明はそれで終わりらしかった。傭兵達はしばらく彼女を見て佇んでいたのだが、やがて数人が洞窟へ視線を移した時、それぞれがゆっくりと動き出した。


「さて……」


 俺は周囲の状況を見ながらどう動くか思案する。目の前にある洞窟は暗闇に覆われているが、明かりを使えば対処はできるだろう。

 ちなみに一ヶ月の訓練で俺も多少ながら魔法は使えるようになった。もし一人になったとしても、洞窟内における移動は困らない。


「レンさん」


 その時、硬い声で横にいるリミナが呼び掛ける。


「私達はどうしますか?」

「どうするか、か……」


 再度傭兵達へ目を向けつつ答えると、彼女はさらに続けた。


「魔法で明かりと灯せば洞窟に侵入はできます。しかし後続から押し寄せる傭兵達にも気を付けなければなりませんし、一番手である以上罠にも気を配らなければなりません」

「一番手で入るのも考えものか……と」


 俺は洞窟近くで変化が起こったのに気付き、言葉を止める。


 幾人かの人物が洞窟を指差して何やら話をしていた。目を凝らすと傭兵達とは異なる、甲冑を身にまとった人物のいる集団だとわかった。人数は八人で、中心に貴族服を着込んだ、金髪の男性が一人と、横には杖を握る魔法使いらしき男性が一名。

 すぐに察しがついた。金髪の男性は、あの豪勢な馬車に乗ってやって来た人物に違いない。


「入るようですね」


 リミナもまた彼らに視線を送り、鋭く告げた。


「傭兵達が手をこまねいている間に、先攻する気なのでしょう。そして入ったのをきっかけとして、他の方々も追随するでしょう」

「だろうな……その流れに従うのが、一番無難だな」


 目立たないよう動くのにはそれが賢明――しかし目的は勇者の証である以上、どこかで彼らを抜き去り、最奥に到達する必要がある。

 しかも勇者の証を狙う人間には、闘技大会覇者のセシルだっている。もし戦うとなれば……いや、できれば戦闘は回避したい。さらに罠などの可能性を考慮に入れると、それらを避ける運も手繰り寄せる必要がある――そう心の中で見立てた。


「我先にと突っ込むのは、リスクが高いのでやめた方が無難でしょうね」


 なおもリミナは語る。俺は「そうだな」と同意し――目を向けた貴族の一行が歩み始めた。

 周囲にいる面々がざわつく。中には慌てて準備を整え、駆け出す者もいる。かといって静観を決め込み、じっと洞窟を注視する人間もいた。


 この時点で俺は気付く――既に争奪戦は始まっている。ここからは自分とリミナを除く全員が敵であり、どういう行動をすれば正解なのか、しかと考え動く必要がある。


 先頭の貴族一行が洞窟へ入った。それに追いすがろうとする傭兵もまた洞窟へ入っていく。後を追う傭兵は一人であったり、三人組であったりと人数もバラバラ。

 少しずつ、後を追う人数が増えていく。一人でここに赴いた者は迷いなく進み、複数で行動しようとする傭兵達は、簡単に話し合いを行ってから歩んでいく。


 俺達も動くべきか……ふと、視線を巡らせるとセシルは洞窟へ入る傭兵達を眺め佇んでいる。顎に手を当て何やら考えている様子だ。

 さらに目を別所に移すと、リリンともう一人の闘士が洞窟へ歩んでいくのが見えた。彼女は俺やセシルを気にしているのか、度々後方を振り返ってはこちらを確認している。


「私達を警戒しているみたいですね」


 リミナが言う。彼女は俺が勇者レンだと知っているし、セシルの素性も知っているので当然だろう。

 やがてリリン達が洞窟の暗がりへと入り――その時になって俺は、ようやく足を動かし始めた。


「行きますか?」

「……そうだな」


 このタイミングを選んだ理由は特にない。ただ傭兵達の人数が半分くらいになった現状を見て、真ん中くらいで進み始めるのは悪くないだろうと思っただけだ。

 洞窟に近づくと、傍らにいるアンがこちらを見て小さく頭を下げる光景が目に入る。俺はなんとなく近くで立ち止まり、質問した。


「あなたはずっと立ちっぱなしですか?」

「遅れて村の方々がテントを張りに来ます。ご心配なく」


 淡々と答える彼女。俺は「わかりました」とだけ答え、目前に迫った洞窟を見据えた。


「――光よ」


 リミナが呟き、杖の先端に明かりを生み出す。


「俺も使った方がいいか?」

「いえ、一つで十分でしょう。モンスターなどもいるそうなので、そちらに意識を向けるようお願いします」

「わかった」


 承諾し、彼女を先導するように暗がりへ進入した。


 リミナの明かりによって、まずは視界を確保する。道は下り坂になっており、少し進めば入口が見えなくなる構造となっている。

 入口周辺を見回すと剥き出しの岩肌が目に入った。人の手は入っていないのだと思いつつ、先へと進み始めた。


 しばらくは俺とリミナの靴音が反響して聞こえ続ける――やがて坂を下り切ると平坦な道となった。やや道幅が狭くなり、以前のような遺跡を思い出す。


「前の遺跡みたいな構造か?」


 呟きつつ、俺は辺りを警戒しながら進む。リミナの明かりによって移動の不便はないが、もし傭兵が足を引っ張るつもりで潜んでいるなら、こちらの動きはバレバレだ。注意しなければならない。

 敵がいないかを確かめる分、歩調が遅くなりつつ、ふいに開けた場所に出た。そこには――


「……一緒だな」


 リミナの明かりを使っても見えにくかったが、そこはざっと見て二十くらい通路の穴がある、大広間とでもいうべき所だった。

 そこには、どの道に進もうか迷っている傭兵の姿もあった。しかし人数は三人だけで、他はいずれかの道に入ったらしく、影も形も無い。


「適当に進むべきか、それとも隠し通路でも探すか――」


 と、俺はふとこれが争奪戦であるのを思い出す。これが勇者としての資質を求める戦いであるとするなら、無数の行き止まりを作って運を試すようなことをする意味は無いし、隠し通路などを作って楽な道を用意するとは思えない。ならば――


「きっと、どの道も正解には繋がっていると思います」


 リミナから、助言がやって来た。


「推測の部分もありますが……モンスターなどを突破し勇者としての資質を確かめるという主旨がある以上、人を迷わせ運を試すという意思は、あまりないのではないかと」

「だな……それはこの争奪戦を考えたザンウィスの本意ではない、と」

「はい」


 頷くリミナ。なら――俺は彼女に指示する。


「なら適当に入ろう。もちろん、罠は警戒しないといけないけど」

「はい」


 答えるリミナと共に、俺は目についた通路へ進入する。暗がりを進む中、俺は半ば無意識に右手を柄に伸ばし、進み続けた。

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