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洞窟へと――

 それから至極平和に時間は過ぎ、俺は端の方にあるテントに潜り込み就寝した。


 翌日ひとまずは何事もなく起床した時、テントの中では俺一人が寝ていた。傭兵達は火を囲んで寝たり、近くのテントに集まって寝たりしたのだろう。

 周囲に人がいないのを確認しつつ、俺はゆっくりと起床する。幸いリリンが横で寝ているなどといった事態にもならなかった。正直そういうイベントはご勘弁願いたかったので、心底ほっとした。


 適当に準備を済ませ、ザックを片手にテントを出る。こんなところに荷物を置いておくわけにもいかないので、致し方ない。

 外は日が多少昇っている時刻で、傭兵達も各々起床していた。中には二日酔いのようで頭を押さえる者もいるが……自己管理できなかったことによる、自業自得というやつだ。


「おはよう」


 周囲を観察していた折、声を掛けられる。そちらを向くと既に準備万端ののリリンがいた。


「おはようございます」

「一つ訊いていい?」


 挨拶もそこそこに、問い掛けられる。俺は「どうぞ」と応じると、彼女は訝しげな視線を送りながら尋ねた。


「あなたって、勇者なの?」

「……はい?」


 え、ちょっと待て。いきなり何だ?


「一緒に飲んでいた他の女性達が朝、言っていたから」

「えっと、それは単なる噂とかでは?」

「リミナがいきなり飲み始めて、色々言い出したみたいだけど」


 ……リミナ、見事にやってしまった。


 たぶん昨夜の例の出来事に起因するものだろう。俺はどう返答しようか思案しつつ、困った顔で頬をかく。


「えっと、酔っている人の言うことなので――」

「なんか私に突っかかってきたみたいだけど。ほら」


 彼女は右腕の袖をまくる。見ると、腕に引っかき傷のようなものができていた。


「いきなり攻撃してきたららしいわ……私は記憶にないから、気にしていないけど」

「……そうですか。リミナに代わって謝ります」

「そう。で、勇者なの? しかも名前から考えるに、悪魔退治とかをやっている人でしょ?」


 やや高圧的に問われる。俺はどう返答しようか一瞬迷ったが――人差し指を口元に当てつつ、話す。


「あの、今回の件が終わるまで黙っていてもらうこととかできますか?」

「……ふむ」


 リリンは目を細め、俺を値踏みするように見据える。


「何やら、わけありなのね」

「詳しくは話せませんが、目立ちたくないんです」

「わかったわ。こっちも触れ回る意味は無いし。あと、他の女性達についても大丈夫だと思うわ。朝から彼女が言い含めているみたいだから」


 よ、良かった……俺は胸を撫で下ろしたのだが――


「へえ、やっぱりですか」


 ビクッと体を震わせた。こ、この声は――


「やはり、嘘をついていたわけですね」


 横を見ると、ニコニコとしたセシルがいた。


「あ、いや、これは、その」

「そう怯えなくてもよろしいではありませんか」


 セシルは俺に返すと、くるりと体を反転させる。


「ですが、この一件が終わったら少しばかりお話しましょう」


 そう言って、歩き去った。

 これ、完全な対決フラグ――思いながら視線を戻すと、なんだか同情するような目で見つめるリリンがいた。


「ご愁傷様」


 告げられた直後――俺はがっくりとうなだれることとなった。






 その後リリンと別れ、村から女性がやってきて傭兵達を集め始める。俺もその流れに従い歩もうとしたのだが、


「レンさん」


 近寄ってきたリミナに、足が止まる。


「あ、リミナ」

「申し訳ありませんでした」


 いきなり頭を下げる。俺はすぐさま手をパタパタと振り、


「いや、どうにかまとめたみたいだし――」

「申し訳ありませんでした」

「目立つようなことにはならないみたいだし、問題は――」

「申し訳ありませんでした」


 平謝りするリミナ。うーん、卑屈になっているな。


「リミナ。謝るのはいいから顔を上げて」


 要求すると、彼女はゆっくりと頭を上げる。やがて見えたのは、悪戯をして母親に怒られそうになっている、子供のような顔。


「まず噂になる可能性はなさそうだから、謝らなくてもいい」

「……はい」

「それと、お酒を飲む時は気を付けなよ」


 注意としてはそのくらいだった。ま、今後気を付ければいい。


「で、この話は終わり。さあ、行こう」

「……はい」


 謝り足りなさそうなリミナだったが、俺の言葉に小さく頷くと共に移動を始める。

 やがて案内に従い辿り着いた場所は、村の外れにある森の手前。傭兵達は多少ざわつきながら、森を眺めている。


「今から、証が眠る洞窟へ向かいます。時間はそれほどかかりませんので、ご安心を」


 傭兵達と向かい合って、案内の女性が発言する。そこで俺は彼女の観察を始めた。

 くすんだ金髪を持った、ショートヘアの女性。両手を前に組みながら話す彼女は、どこか不可思議な印象を与える。


「これから詳細について説明を致します。まずは自己紹介から。私の名はアン。英雄ザンフィスの孫に当たります」


 おおお――と、僅かなどよめきが傭兵達から漏れる。


「今回、私が洞窟の案内と入口にて立ち会いを行います。最終的に勇者の証を手に入れた方を、私が認定することで国にご報告する形となります」


 傭兵達は説明を受け沈黙し、彼女に注目を始める。


「そして、注意点が一つ。今回の洞窟は中にモンスターなども棲み付き、非常に危険な場所となっております。命の保証はありませんし、怪我をして治療する施設等は近隣にありません。それでもなお勇者の証を取りたいと願うならば、私についてきてください」


 ――彼女の言葉に、反応する者は誰もいない。わかっているという空気が周囲に満ちる。


「今から森の中を進みます。目印が随所にあるので迷うことはありませんが、はぐれたりしないよう注意してください」


 そう彼女が言った時、俺はふと周囲にいる傭兵達に視線を送った。


 ――表情が、全く違う。


「では、参ります」


 アンは告げると同時に体を回転させ、森の中へ侵入した。その後ろを傭兵達が無言で追随し始める。

 案内に従う傭兵達は、物々しい空気――昨日まで宴を繰り広げていた顔とは別の人間なのではないかと思うほどの、硬質な気配。


 俺は雰囲気に飲まれ彼らに従わず佇んでいると、横をフレッドが通り過ぎる。彼でさえ、豪快な笑いを収めどこか睨むような目つきとなっている。


「レンさん」


 横からリミナの声。首をやると先ほどまでの表情が消えうせ戦闘態勢に入った彼女がいた。


「進みましょう」

「……ああ」


 俺は答え、最後尾に近い位置から歩き出す。

 見回すとやや前方にリリンがおり、この空気の中でも横にいる人物と小声で会話をしていた。相手は黒装束に身を包み、腰に剣を差した男性。彼がおそらく昨日語っていたもう一人の闘士だろう。


「勇者の証となれば、やはり皆目の色を変えるようですね」


 すると今度は横から太い男性の声。顔をやると白いフードを目深まで被り表情の見えない人物がいた。


「ここにいる、全員が敵となるわけですから」


 敵――確かにそうだ。これから俺とリミナは、目の前にいる人達と勇者の証を手に入れるため競わなければならない。付け加えると、この人数である以上単純にモンスターを倒せばいいというわけではないだろう。十中八九、足を引っ張ろうとする人間も出てくる。


 俺はリミナに視線を投げた。彼女の表情はこれからの戦いを想像しているのか険しい。

 再び正面を向く。リリン達もやがて会話をなくし、草をかき分け森を進む音だけが響く。


 そこで俺はこれから始まるであろう戦いに際し、一度だけ大きく深呼吸をした――この重い空気を跳ね除けるように。

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