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奇襲と結果

 俺としては、一ヶ月間訓練を重ね、確実に強くなったつもりだった。


 剣術はもちろんのこと、魔力の制御も相当上達したと自負している。加え、この二つが相乗効果により高められ、遺跡で使用した技の力も強力になるだろう――とはリミナの言。俺もそうなのだろうと自認している。

 加えて、反応速度も少しずつではあるが向上している。体の経験が掘り起こされていくと、元々備わっていた部分も強化されていくらしい。これにより、一ヶ月前と比べ明らかにレベルアップしており、平常時においての唐突展開にもきちんと対応できる――と、思っていた。


 何でこんなことを考えているかというと、目の前に迫ってきたリリンの顔に一切対応できなかったためだ。殺気がなかったからだとか色々理由はつけられるが、勇者レンであればきっと、避けられただろうそれを俺はかわせなかった。


 で、何が起きたのか――いきなりリリンにキスされた。


「へ……?」


 横にいるセシルが間の抜けた声を上げる。彼もまたいきなりの出来事に、驚いている様子。


「は……?」


 同時に聞こえたのは、リミナの声。何でこのタイミングで近寄るのか、という感想を胸に抱くのだが――起こってしまったものは仕方ない。


 で、俺の反応なのだが――正直、リリンの唇の感触を確かめる余裕はない……というか、充満する酒臭さに思考が完全に持っていかれる。


「……っ!」


 けれど数秒後、どうにか俺は彼女を引きはがす。次に見えたのはどこか眠たそうな目をしたリリンと、その後方でわなわなと体を震わせるリミナの姿。


「な、な、な……」


 リミナが口をパクパクとさせ、こちらを凝視する。俺はなんとなくまずいと思い、とりあえずリミナを制止しようとしたのだが――


「何をしているんですか――っ!!」


 リミナの爆発する方が早かった。

 その声は騒いでいる宴によって飲み込まれ、大して目立ちはしなかった。けれど近くにいた傭兵が何人か気付き、首をこちらへやっているのは、俺にもわかった。


 リリンはしばし唇に手をやりながら俺に視線を送っていたのだが、やがて後方にいるリミナに体を向け、話し出す。


「……何って」


 そこからさらに沈黙を置いて、リミナに言う。


「ただのキスじゃない」

「う、く……」


 言われ口が止まるリミナ。反論しようにも怒りが先走っているせいか、まともな声にならない。


「何よ、さっきただの仲間ですって言っていたじゃない。文句あるの?」


 ……おいおい、この期に及んでたきつけるつもりなのか?


 俺は内心ハラハラしつつ二人の行く末を見守る――その時横で笑い声が聞こえたので一瞬顔を横にした。そこには忍び笑いを必死に抑え込んでいるセシルの姿。


「何かあるなら最初に言っておきなさいよ」


 なおも続くリリンの攻撃。リミナは無言となり、何かを押し殺すように彼女を睨む。

 そこでようやく双方が沈黙した。俺はすかさず割って入ろうとしたのだが――リミナから視線を投げられて、思わず押し黙る。


 ……いや、そんなすがるような目で見られても。


 よくよく考えると本来の関係だって勇者と従士なわけで……確かにそういった感情がゼロと断定できないけど、リミナはあくまで「勇者レン」に付き従っているのであって、今の俺に従っているというのも違う気がしてくる。


 改めて、奇妙な関係だと思う――俺はふと、この事実を知ればリミナはどう考えるのか疑問を抱いた。もちろん俺が高校生だと言っても信じてくれないだろうけれど、命を助けてくれた人物とは違う意思を持った人間であると知ったならば――


「……ま、いいわ」


 思考していた時、リリンが声を発した。さらには立ち上がり、リミナの横をすり抜け元の場所へと戻っていく。


「……えっと」


 俺は彼女を見送りながら、リミナとセシルの顔を窺う。リミナはなおも瞳の色を変えずこちらを見ている。そしてセシルは、


「気にしない方が良いのでは?」


 そういう言葉を、リミナへ発した。


「酔っていたわけですし。納得しきれないとは思いますが」

「は、はあ……」


 リミナはセシルを見返し――やがて矛を収めたのか、俺に頭を下げた。


「すいません。取り乱してしまいました」

「いや、俺は平気だから」

「ちなみに、感触はどうでした?」


 横槍を入れるセシル。あんたは場を収めたいのか混乱させたいのか、どっちだ。


「えっと、率直に言うと酒臭くて何も考えられなかったですね」

「でしょうね」


 俺の意見にセシルは笑う。ちょっとばかし腹を押さえているので、先ほどまで必死に笑いを堪えていたのかもしれない。


「というかセシルさん。あれ、酔っているんですか? 最初出会った時と見た目は変わらないのですが」

「何も変わらないんですよ、彼女。しかも性質の悪いことに、何も憶えていないというおまけつきです」


 うわ、どうしようもないな、それ。


「というわけでリミナさん。怒るのは無理もありませんが、酔っ払いの行動ということで、深く考えない方がよろしいですよ」

「……わかりました」


 セシルの意見に不服そうではあったが、リミナは渋々承諾した。


「で、リミナ。何の用だったんだ?」


 そこですかさず質問をして話題を逸らす。彼女は一度姿勢を正し、俺に告げる。


「いえ、お酒を飲んでいるかもしれないので念の為確認を」

「俺は飲んでいないから大丈夫」

「そうですか。お飲みになられる場合は体調の方、気を付けて下さい」


 言うと、リミナはセシルと俺に小さく頭を下げ、離れて行った。


「……しっかりしていますね」


 やがて、セシルがそんな感想を述べる。


「お仲間の体調に気を遣うなんて、そうそうできませんよ」

「……はあ」


 勇者と従士である以上当然……なのだが、仲間という関係であるなら奇異に映るのかもしれない。

 少なくともセシルにはそう見えている――途端に、彼は口を開く。


「もしや、実の所あなたが勇者で彼女が従士――」

「いえ、違います」


 言い当てられたが、即座に否定。セシルは「わかっていますよ」と告げつつも、瞳の奥にある強い気配は、間違いなく何かを察している。

 けれど彼はそれ以上の追及はしなかった。代わりに、俺に一つ忠告を入れる。


「あの調子だと、夜も気を付けた方が良いかもしれません」

「夜?」

「リリンは酔うと、さまよい歩いて誰かのベッドに潜り込む癖があるので。顔を知るあなたの所に行くかもしれませんね」

「……そういうことを言うから、フラグが」

「フラグ?」


 聞き返された。俺は「何でもありません」と答え、気を紛らわせるように相変わらず騒ぎ続ける傭兵達を眺める。


 いよいよ夜も更けていく時刻。けれど宴は到底終わりそうになかった。

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