宴の中で
ひとまず、傭兵達によって酒を無理矢理飲まされて酔いつぶれるなどという状況にはならなかった。
最初押し切られそうになったが、固辞し続けた結果どうにか回避。無論、グチグチと色々言われたのだが、最終的に放っておかれることによって事なきを得た。
そんなこんなで宴開始から数時間――日は沈み空がずいぶん暗くなった段階で、宴はピークに達しようとしていた。
俺は地面に座り込み、火がたかれている中心部からやや外れた位置で、傭兵達が騒ぐ光景を眺めている。酒を片手に喚き、中には踊っている人間もいる。まさしく馬鹿騒ぎなのだが、彼らの陽気な気に当てられたせいか、俺も笑いながらその光景を眺めていた。
中心部以外にも傭兵達はそこかしこで談笑を繰り広げている。ただ酒が入っているため、なんだか険悪な雰囲気の一団もあるのだが……とりあえず、今の所大事になっていない。一時間もしない内に、喧嘩になる可能性が高いけど。
で、俺の周囲には人がいない……なんだかぼっちみたいだが、別にシカトされているわけではない。
繰り返すけど、俺は決してぼっちというわけでは――
「隣、いいですか?」
声が掛かった。目を向けるとパンを片手に佇むセシルの姿。彼の周囲に取り巻きはいない。闘技大会の覇者である以上、誰かしら伴っていてもおかしくないのだが――
「私も一人なので、ご一緒にと」
「……あの、俺は別にぼっちというわけでは」
「ぼっち?」
聞き返された。言葉の意味が理解できないらしい。
「ああ、いえ……なんでもありませんよ。どうぞ」
隣を指し示すと、セシルは「ありがとうございます」と答え俺の横で胡坐をかき、パンを一口。
「見ているだけでも楽しいですね」
噛みながらセシルは言う。俺は「はい」と心の底から同意しつつ、
「あの、お付きの人とかいないんですか?」
尋ねると、セシルは苦笑した。
「大会を制したとはいえ、私は民衆の一人です。権力なんて持ち合わせていませんし、そういう人はいませんね」
「発言力はありそうですけど」
「そうかもしれませんが、闘士が政治なんかに口を挟むのは面倒しかありませんし」
「なるほど」
この人も極力目立たないようにして生きているらしい。
そして傭兵達は彼に目もくれず騒いでいる……と、これは、
「あの、俺やリミナ以外に自己紹介をしていないんですか?」
「え? はい、そうですね」
「なぜ俺達に話したんですか?」
疑問を提示した――その時、彼の瞳が強い光を放つ。
「期待ですよ。気配や魔力から、きっと相当な勇者なのだろうと思いまして。自己紹介をすればもしや――と考えたわけです」
「……はあ」
やっぱり手合わせをしたかったのか……そう判断し生返事をした。セシルは俺の声を聞いて、口の端に笑みを浮かべる。
「別人であるというのはあなたの口から聞いていますので信用しますよ……もし嘘をついているのであれば理由があるのでしょうし、何も言いません」
まるで全部見透かしているかのような口ぶりで言う。闘技大会の覇者ともなると、出会っただけで人の体にある経験がわかるのだろうか。
「……俺は、単なる傭兵ですよ」
だが俺は否定する。セシルは「わかっています」と応じ、この話は終わりとなった。
……バレたら戦う羽目になるかもしれない。気をつけよう。
「で、あなたのお仲間はどうしました?」
セシルは話題を変える。俺は周囲に首を向け、
「あっちの、女性陣が固まっている一角に」
と、中央からやや外れた場所を指差した。
そちらをよく見ると、男性が話しかける姿もちらほら見受けられる。ナンパでもしているのだろうか。
「いいんですか? お仲間の人に気を遣わなくて」
唐突にセシルに問い掛けられる。俺は彼に対し首を傾げ、
「気を?」
「お綺麗な方ですから、男性陣も口説こうとするでしょうに」
彼はそう言って、やれやれといった様子で肩をすくめた。
「実際先ほど、彼女に声を掛ける人がいましたよ」
「え、そうですか」
聞いて、女性達が集まる一角に注目する。女性の一人が立ち上がり中央へ歩み寄る姿と、リミナが誰かに話し掛けられている姿が見える。
「ほら、早速。いいんですか?」
セシルが訊く。俺はどう返答したらいいかわからず、無言となる。
いいんですか、と言われても。個人的な見解としては、リミナを縛る必要もないんじゃないかという考えもある……そりゃあ、心の中に多少のモヤモヤはあるけど。
「……基本、リミナの自由にしていますから」
ちょっとばかりの違和感を押し殺し、セシルに言う。
「信用しているわけですね」
セシルの答えはそれだった。んー、イマイチ会話が噛み合っていない気がするけど、深入りするのもアレなのでとりあえず「はい」と答えた。
そこへ、先ほど視界に捉えた、女性が近づいてくる。武装をしていないので最初わからなかったが、よくよく見るとそれは昼間の赤髪の女性であり――
「どうも、セシル」
彼に声を掛けつつ、俺達と対面するように地面へと座り込んだ。
「どうも、リリン」
セシルはそう彼女に応じ、優しく話し始めた。
「奇遇ですね。こんなところで出会うなんて」
「……正直、あんたが来るとわかっていたら、ここに来なかったと思うけどね」
二人の口上から、どうやら知り合いらしい。
「リリン、別に直接対決するわけでもありませんし、あなたが勇者の証を手に入れる可能性は十二分にありますよ?」
「そうやっていつも謙遜するのが、私は気に入らないのよ」
ぴしゃりと言う彼女――リリンに対し、セシルは苦笑する。
「そうですか。それは申し訳ありません」
「……二人は知り合いですか?」
そこで俺が割って入る。答えたのは、セシル。
「同業者なんです」
「同業……つまり、あなたも闘士?」
「ええ」
俺が向けた問いに、リリンは深く頷いた。
「ちなみに、他にはファーガスという闘士もいるわ」
「お、彼がいるんですか? どこに?」
セシルが興味ありげに周辺を見回すが、リリンはどこか呆れたようにため息を漏らし、
「あんたがいるってわかり不貞寝しているわよ」
と返答した。
「まったく……あわよくば勇者の証を持って帰って認可されようとか考えていたのに、台無しじゃない」
「いやいや、まだわかりませんよ」
「……そう言いながら、内心は私達を見下しているわけでしょ?」
「いや、勝手に設定を作らないでくださいよ」
「何よ、本当のことじゃない」
あくまでつっかかるリリン――なのだが、少しばかり酒の匂いが漂ってくるのは、気のせいではないだろう。
「まったく、こんなことなら来るんじゃなかったわ」
そんな風に語る彼女は、セシルを睨んでいる風にも見える。
間違いなく酔ってはいる。話している内容が酔いのためなのかどうかはわからないが。
対するセシルは別段気にした様子もなくニコニコしている。リリンはその表情になおも険しく――やがて、気を紛らわすためか俺に顔をやった。
「……そっちは、昼間会った人ね」
「どうも」
会釈する。やはりというかなんというか、若干高圧的な言い方。
もしかするとこれが普段の口調かもしれない――だが、酒がまわっているせいで目も据わっており、ちょっとばかり恐怖を覚える。
しばし、俺達の間に沈黙が生じる。セシルは俺達の動向を窺う構えで、リリンは俺をじっと注視して微動だにしない。
何か声を発した方がいいのだろうか――そんな風に俺が考え始めた時、
「あ、レンさん」
近くからリミナの声。そして――
「……よく見ると、イイ男じゃない」
「……へ?」
俺が間の抜けた声を上げた瞬間、彼女は俺に接近した。