出会ったその人物は――
「ライメスを訪れたら、是非ザンウィス殿に挨拶をしたいと思っていましたが、同じように考える方はいらっしゃったみたいですね」
にこりと告げる男性。俺はと言うと、彼の表情を見ながら無言で考え始める。
最初、遺跡で遭遇したラキのように違和感を覚えた。だがそれも一瞬のこと。次に感じたのは彼らのような圧倒する気配ではなく、どこか芯の通っている、温かくも硬質な気配だった。
「……どうしました?」
こちらが沈黙していると男性が問う。俺は我に返り、男性について尋ねた。
「あの……あなたは?」
「あ、はい」
俺の問いに男性は、胸に手を当てながら答える。
「セシルと申します。ベルファトラスに在住する、闘士の一人です」
その声の直後――ひゅっ、とリミナから息が漏れたのを悟る。
「もしかしたら、聞き覚えがあるかもしれませんが……一応、該当する名前、本人です」
「あなたが……」
リミナが呟く。態度から察するに、有名な人のようだ。
「あなた方は?」
今度は反対に彼が質問する。相手は一応正体を明かしたみたいだが……こちらとしては、隠す他ない。
「リミナと申します」
最初にリミナが自己紹介。次に俺が口を開く。
「レンといいます」
「……レン?」
彼もまたフレッド同様反応する。しかし、
「某勇者と、同名の傭兵です」
すぐさま否定すると、彼は「それはどうも」と小さく頭を下げた。
「彼と出会えるかもと考えたのですが、外れのようですね」
セシルは語り――なんとなくだが、好戦的な眼差しを向けられた気がした。
もしかすると、手合わせをしたかったのかもしれない。見た目は線の細い好青年なのに、そういう点は闘士という言葉に違わないようだ。
「しかし……他の方々はここに来られないようですね。せめて祈りを捧げるくらいはすべきだと思うのですが」
セシルはどこか、傭兵の所業を咎める言い方をする。見た目上確かにそうかもしれないが……一応フォローは入れておいた方がいいだろう。
「花びらが落ちていたりもするので、人は来ていたと思いますよ」
「あ、そうなんですか。それは失礼しました」
セシルはなおも柔和な笑みで返すと歩き始め、俺の横を通り過ぎていく。
「作法を知っているんですか?」
土台に上がろうとしているセシルに尋ねた。すると、
「知りませんよ。身なりはこうですが、本来無作法な人間ですから」
言って、彼は中央にある墓の前に立つ……直後、綺麗に体を折り曲げ一礼した。
「世界を平和に導いてくれたこと、感謝致します」
――瞬間、風が流れる。葉擦れの音が木々から聞こえ始め、俺とリミナは彼の所作を黙って見つめる。
ひどく様になっている――そんな風に思った時、彼はゆっくり頭を上げ、振り向いた。
「では、どうぞ」
セシルはそう言いながら階段を下り、すれ違う。俺は来た道を戻るセシルをしばし眺めていたが……少しして、墓へと向き直った。
「……ま、彼の言うところも一理あるかな」
勇者と呼ばれているが、認可されていない以上自分だって傭兵だ――思いながら俺は階段へ足を動かす。その後ろをリミナが追随する。
墓の前に立ち、俺は胸の前で手を合わせた。正解ではないと思うけれど、少なくとも一番俺が心を込められるやり方だ……これで許してもらえるといいけど。
いや、そうした考えこそが悪いのか――などと邪念を抱きつつ姿勢を戻す。横を一瞬だけみると、リミナはやや俯き黙祷しているようだった。
やがて彼女は目を開け、俺を見る。
「行きましょうか」
「ああ」
承諾し、階段を下りる。そして墓から多少離れた時、
「あの人を、知っているのか?」
疑問をぶつけた。対するリミナは難しい顔をしながら、
「はい……私の記憶違いでなければ」
と、一拍置いてから俺に告げる。
「一昨年と、昨年のベルファトラス闘技大会の、覇者です」
……おいおい。まさかの人物が出たよ。
「武勇は大陸中に聞こえています。容姿などは知らなかったので、名乗った時少し信じられなかったくらいですが」
「確かに、戦うような体つきには見えなかったからな」
リミナに返答しながら、俺は気を引き締めた。
「けど、ああいう相手がいる以上、争奪戦は荒れるとみていいだろうな」
「でしょうね」
リミナは体を強張らせる。その様子を見つつ、俺もまた体の奥底が緊張していくのを自覚した。
それから俺達は傭兵達が集まる野営地へ向かう。そこは平原で、十を軽く超えるテントが張られていた。
その中心にはたき火の跡があり、それを囲み傭兵達が話をしている。
俺は彼らを視界に映しながら端の方にあるテントに近づくと、村人らしき男性が俺に声を掛けた。
「ようこそ、隣の方はお仲間ですか?」
「はい」
リミナを見ながら問う男性に返事をする。
「女性用のテントも用意していますが……いかがしますか?」
男性が尋ねてくる。対する俺は無言でリミナに顔を窺うと、
「私はどちらでも」
あっさりと返答された。うーん、そう言われても。
男性は俺達の会話を聞いたためか、配慮するように声を上げた。
「もしよろしければ、新たにテントを設営してお二人で――」
あ、変な話に持っていこうとしている。俺はさすがにそんな目立ったことはしたくないと思ったので、口を開いた。
「いえ、別々でお願いします」
――決して、俺はヘタレじゃない、と思う……ヘタレ、じゃないよな?
「あ、失礼しました」
男性は俺の態度に小さく頭を下げつつ、手でテントへ促した。
「特に指定されていませんので、空いている場所をお使いください。あ、女性の方はあちらです」
男性がさらに示した方向は、中心からやや離れた一角。そこに火の準備をしている女性達が目に入った。
ちなみに、朝出会った弓使いの女性もその中にいた。
「わかりました」
リミナは承諾し、俺へ小さく頭を下げた後、そちらに歩み寄っていく。
「では、私もこれで」
男性も言い、後方からやってきた人物へ話し掛ける。
俺は彼から意識を離し、ふいに空を見上げる。時刻は夕刻前。けれど太陽の傾き具合から直に空は赤く染まるはず。
今度はテントの中心へ視線を移す。談笑している傭兵達――の中で、木製のジョッキを手にして顔を赤くしている人物が何人もいる。おい、既にできあがっているじゃないか。
「あなたも要りますか?」
考えていると、横から言われた。首をやると傭兵達と同じようなジョッキを持った、村人らしき女性。質問内容はきっと、酒を飲むかどうかの確認だろう。
「俺は、結構です」
返事をすると女性は「わかりました」と答え、俺から離れていく。
去った時周囲を見回しつつ耳を澄ませた。なんというか、テントの範囲内ではそこかしこで宴会をやっているのか、笑い声が聞こえてくる。
「明日いよいよ探索なのに、いいのかこれ?」
呟きつつ足を動かす。とりあえず、寝床を確保しないといけない。
「お、レン」
そして程なくして聞き覚えのある声。目を移すとジョッキを高々と上げ、俺を見るフレッドの姿。
「来いよ! 一緒に飲もうぜ!」
途端に彼の周囲にいる傭兵達が笑い声を上げる。うん、余すところなく酔っ払っている。
同時に感じたのは、これを無視すると後でぎゃーぎゃー言われるだろうという確信。俺はテント探しをあきらめ、彼らに歩み寄ろうと決める。
その時、視界の端で赤い光が生まれた。注目すると陽がまだ高いにも関わらず、魔法によって薪に点火した光景。
「あー、こりゃ始まるな」
俺は元の世界でこんな光景を目にしたことはないが、確信できる――すぐに、誰かが喚声を上げ、ジョッキを振りかざした。
――そうして、傭兵達の宴が始まった。