訪れたその村は
結局、俺達が到着したのは昼をだいぶ過ぎた時間だった。傭兵達を観察しながら歩んだ結果歩調が遅くなり、予定よりも遅くなってしまったというわけだ。
「で、着いた途端これか……」
そして到着して最初見えたのは、村の入り口にわだかまっている傭兵達。正直、一目見てげんなりした。
「これ、泊まる場所とかないよな?」
「野宿でしょうね」
隣にいるリミナが告げる。
人数としては目測二十人くらいなのだが、村の奥にも何やら武装した人がいるので、最終的にはもっと多くなるだろう。
「あの馬車もありますね」
リミナに言われ、別所に目を向けると――あった。村の少し横手に異様に目立つ馬車が一台。兵士数人が周囲を見張っており、そこだけ物々しい雰囲気が漂っている。
なんだかな……そう思いつつ、これからどうするべきなのか考えようとして――こちらに手を振っている人物が目についた。注目すると、街道で出会ったあのひげの男性だった。
「勇者様、どうします?」
リミナも気付いて問い掛ける。うーん、事情を訊くには良いかもしれないが、関わるべきじゃないという頭の警告もある。
けれど、男性は再三手を振っている――しょうがない。
「行こう、リミナ」
「はい」
「あ、それと今から名前で呼ぶようにしてくれ」
一応注意を促して――リミナの顔が若干強張るのを確認した後、男性へ歩を進める。
「よお、また会ったな」
先んじて男性が言う。目的地が同じだから当然だろ……というツッコミは黙っておく。
「そういや自己紹介をしていなかったな。俺の名はフレッド。見た目通りしがない傭兵稼業をしている。そっちは?」
問われ、俺は一瞬躊躇した……が、ここで名を出すことを恐れていても仕方ないと思い、覚悟を決める。
「レンといいます」
返答した直後――フレッドが眉根を寄せる。あ、反応した。
「レン……?」
「ああいえ、違いますよ?」
俺はどこか取り繕うように声を上げる。
「同名の、あなたと同じ傭兵です。俺としては、疑われるのを辟易しているくらいで」
と、言い訳っぽく彼に言った。すると、
「……そうか、同名か」
フレッドはなんだか同情するような視線を送り、やがて豪快に笑う。
「そうかそうか。お前さんも大変だろう?」
「え、ええ……まあ」
「認可もされず好き勝手やっている奴と一緒にされちゃあ、困るわな。疑ってすまんかった」
……俺は傭兵達からどういう目で見られているのか。まあ、一応想像つくけど……天邪鬼な人間からすれば「ヒーロー気取りの認可されていない勇者」とかいう見解なのだろう、きっと。
彼の態度から改めて勇者レンであるのを隠す決心をしつつ、ひとまず状況を伺うことにする。
「あの、入口付近にいるのはどういった理由で?」
「準備のため待っている所だ」
「準備?」
「村側も多くの人が来ることを想定して、国により援助されたテントの設営をしているらしい」
国が――なるほど。英雄に関わる物事なので動いたのだろう。
「だがここまで多いと村側も考えていなかったらしく、四苦八苦しているみたいだな」
「多いって……何人ぐらいですか?」
「さあ、具体的な数まではわからないが、勇者の証を狙う傭兵やら、でけぇ馬車に従っている兵士なんかを諸々入れると、百は優に超えるんじゃないか?」
三桁いくのか……争奪戦も、大変なことになりそうだ。
「で、だ。今日来た奴らは全員村に押し留められて、待っている最中というわけだ」
フレッドはそこまで言うと、仰々しく肩をすくめて見せた。
「ただ明日にはダンジョンに案内するらしいから、こんな混乱も今日限りみたいだな」
――どうやらギリギリに到着したらしい。個人的には、待つ時間が無くて良かった。
「で、俺が来たのが結構前だから、そろそろ声が掛かってもおかしくないはずだが――」
彼がそう言った時、村の中から女性の声が響いた。
「準備ができました! 皆さん、移動をお願いします!」
「お、来たな」
フレッドは身構える。対する俺は周囲の様子を眺め始めた。
言葉に従い傭兵達が移動を始める。彼らは村人の案内に従い奥へと歩んでいく。さらには、入口付近にいた人達も倣うように歩き出す。
「じゃ、行くか」
フレッドもまたその流れに従い、村の中へ入っていく。
「私達も」
そこでリミナが言う。俺も「ああ」と同意し、足を村へ向けた――
しかし、一歩進んで立ち止まる。
「……勇者様?」
「リミナ、呼び方」
「う……」
呻く彼女の声を聞きつつ、俺はふと思案する。そういえば、ここに来た以上やっておくべきことがある。
「えっと……」
なので、周囲に目をやった。傭兵達は村人の誘導に従い突き進んでいくが――その中、手で彼らを促す初老の男性を発見する。
「すいません」
そちらに歩み寄り、声を掛けた。男性は気付くと俺に顔を向け、
「あ、野営地はあちらで――」
「いえ、そうではなく」
男性の言葉を止めつつ、俺は訊いた。
「ザンウィスさんのお墓は、どちらにありますか?」
彼の墓は英雄ということで他の人とは異なる場所に造られていた。
そこは村の外れにある森の一角。話によると死期が迫ったザンウィスを見て、国が彼のためにと森を多少開拓し、設けた場所なのだそうだ。
ちなみにそこに行く理由は、きっと勇者レンは訪れていただろう――そんな推測を基にしたためだ。
「国ってことは、アーガスト王国が?」
森の中にできた道を歩みながら、隣にいるリミナに問う。
「いえ、ここは国境を越えていますから、国としてはレキイス王国の管理となります」
いつのまにか違う国に入っていたらしい。俺は「そっか」と応じた時、墓が間近に見えてきた。
墓石の手前には大理石か何かで作られたと思しき三段の白い階段と、円形の土台。その中央に彼の名が刻まれた、これまた白い石で造られた墓がある。そこに花等は飾られていないが、土台の端に花びらが落ちているのを見ると、村人が片づけたのだと推察できる。
土台の範囲が大きいため結構迫力があり、英雄を称えるに相応しい物であるような気はする。けれど人によっては、仰々しく思うかもしれない。
「リミナ、作法とかはあるの?」
台に上がる前に尋ねると、リミナは首を左右に振り、
「この国の作法はわかりません」
そう答えた。
ならどうするか――考える間に、後方から靴音が聞こえた。
「先客がいましたか」
やや高めの、おそらく男性の声。振り返るとそこには、
「どうも」
柔和な笑みを浮かべる、青い髪の男性が一人。
黒い貴族服ような衣装を身にまとうその人物は、肌が非常に白く、この森の中で際立っている。さらに線の細い体と、どこか中性的なものを感じさせる顔立ち。なんとなく、薄幸めいた印象を抱く。
だが同時に俺は、何か言い知れぬ気配を感じ取る。不可思議な壁を周囲に生み出し、自分の領域に踏み込ませない――そんな、強い気配。
これは――どこか既視感を覚えながら、彼が口を開くのを視界に捉えた――