様々な旅人
――翌日。
俺達は早朝から街道を進み始める。日が昇った直後なわけだが、街道を使っても昼過ぎまではかかってしまうらしい。
「結構遠いんだな」
感想を述べると、横にいるリミナは「はい」と応じた。
「しかも他に街なんてありませんから、休憩もなしです」
「わかった……と、昼食は?」
「もちろん準備してあります」
なら大丈夫――そんな風に思いつつ周囲を見る。
なだらかな起伏に加え、木々が少ない原っぱが広がっている。見晴らしは良いのだが目を見張るようなものはなく、見慣れてきた俺としては退屈な景観となっている。
しかし注目すべきことが一点。俺達の前には、同じ宿場町から出発したと思しき傭兵が何人もいる。
「あの人達も同じ目的でしょうね」
リミナもまた俺と同じように傭兵達を見据えつつ語る。
「できれば干渉しない方がよいでしょう。ガラの悪い方々もいますし」
「……勇者目指しているのにガラ悪いの?」
「勇者という称号目当ての人も多いでしょうし……事例を挙げれば、戦績だけを考慮し認可され、暴れまわったという勇者もいるので、性格は関係ありませんよ」
「だとすると、下手に目立たない方がよさそうだな」
端の方にいればきっと相手にされないだろう――そんな風に高をくくっていると、後方から車輪の音が聞こえ始めた。
「ん、今度は馬車か――」
と、後方を振り返った直後、足が止まる。
「どうしました?」
リミナがこちらに気付いて振り返り――同じように、停止した。
後方から来るのは馬車――なのだが、異様なまでに金細工の装飾が施され、全身鎧を着た騎士が騎乗し馬車を囲み進んでいる。行軍でもするような物々しい気配に、何かの冗談かと思ってしまった。
俺とリミナは慌てて街道を離れた。さすがにあれを無視して歩き続けるのは、気が引ける。
一団が俺達の横を通過する。次に気付いたのは、先頭の馬車の後方には数台の馬車と、兵士が追随していること。
「完全に軍隊だな……」
小声で感想を漏らすと、リミナが首を傾げた。
「あんな装飾過剰な馬車、戦場にいたら狙い撃ちですよ」
「……そうだな」
会話をする間に馬車が目の前を通過する。時折兵士がこちらに一瞥するのだが、声は発しなかった。
俺達はそこからしばらくの間馬車を見守る。その中ふいに確信したのは、もし関わったら面倒が起きるだろうということ。理由を具体的に語ることはできないが――そんな予感がする。
先ほど考えた通り、目立たないようにしていればいいか……頭の中で再度結論付けた時、疑問が生まれた。
「あんな馬車に乗る人が、勇者の証を求めるのか?」
「色々、理由があるのでは?」
理由――リミナに言われたが、特に追及はしなかった。まあ、勇者の証にはああした人を引き寄せる程の力がある……そう解釈しておこう。
「いやぁ、仰々しいな」
と、今度は後方から声。目を向けると、上背が俺より一回りは高い男性が立っていた。
「兄さんもライメスへ向かうんだろ?」
男性が陽気に問い掛けてくる。こちらが小さく頷くと、彼は「はっはっはっ」と豪快に笑った。
「そうかそうか。こんな辺鄙な場所だから人は少ないと思っていたが……いやはや、英雄アレスの権威は恐ろしいな」
笑いながら語る彼に、俺はじっと見返すしかなかった。
男性の容姿は短く刈り上げられた黒髪に、濃い顔に濃いひげ。むさ苦しいという言葉がひどく似合う容姿をしている。なおかつ装備は背中に大剣を背負っているのか彼の右肩から柄が見え、体には紅色の胸当て。
「ライメスへ着けば敵同士となるんだろうが……よろしく頼むわ」
と、観光気分で語る彼は大股で俺達の横を通り過ぎた。
「……どうみても、勇者って感じではないな」
彼が通過して結構経った後、呟いた。リミナも同様らしく、神妙な顔つきで首肯する。
「……ま、俺達は下手に敵を作らないよう注意しながら動こうか」
「そうですね……あ、でも知り合いの方がいらっしゃったらどうしますか?」
「知り合い?」
「はい……もし勇者様の知り合いがいたら」
「ああ、そういうことか」
俺は辺りに目をやりながら彼女に返答する。
「相手が友人なのか仕事仲間なのかによるけど……目立たないようするから、と言い含めれば大丈夫だと思うよ。ただ、俺は記憶喪失中だから話し掛けられるまで気付かないわけだけど」
「もし私が発見したら、ご報告します」
「頼むよ」
俺が言った後、移動を再開。前方ではどんどん先に進んでいく先ほどの男性や、ひたすら豪華な馬車を傭兵らしき人物達が避ける姿。あれ、どう考えても迷惑だよな。
「あの馬車に、どういう人が乗っているんだろうか」
「貴族の方、でしょうね」
「こんなところまで来て目立とうとしなくてもいいだろうに……」
「もしかすると住んでいる場所では、あれが地味なのかもしれませんよ」
「……その可能性は高そうだな」
世間知らずの貴族か何かが勇者の証を……どういう理由なのか思いつかないけど。
今は足を動かすだけなので想像してみようか頭を掠めたが――やめた。無駄この上ないと悟ったからだ。
「しかしあの調子だと、ライメスに着くころには人ばかりになりそうですね」
ふいにリミナが話題を変える。俺は「そうだな」と頷きつつ、その場所がどういう所なのか気になった。
「リミナ、ライメスって行ったことあるか?」
「私はありません。ただの農村なのでこういう事例でもなければ行かなかったでしょうね」
「そっか……でも英雄の仲間が住んでいるとあらば、リミナも同じ魔法使いだし、会ってみたいと思ったこととかないの?」
「私は、特に。でも話に聞かないだけで、訪問者は多かったのかもしれません」
「だな……そして、今回の騒動か」
「はい……あの、勇者様」
リミナは小さく手を上げつつ、改まって俺に言う。
「ああして貴族や傭兵が入り混じるようなので、もしかすると一悶着あるかもしれません」
「そのくらいならどうってことないよ。あ、前に会った勇者グランドみたく、最初は低姿勢でいくから」
「わかりました」
リミナの承諾を聞くと、俺は遠くにある馬車や横に逃れる傭兵を見据えた。
なんだか避けた傭兵が騒いでいるような気がする……ああして目立つと、結果あの馬車のように非難が向けられるのだろう。だから俺は改めて、目立たないよう決心するのだった。