新しい目標
「いやぁ、本当に助かりました」
アーマーウルフと対峙していた男性――商人の彼が俺達に言う。
場所は森を抜け本道に位置する街道。他の男性達二人は馬車の点検をしており、異常がなければ間もなく出発するらしい。
「商品の確認と思いあの場所に立ち寄ってみたら、いきなり襲われてしまったのです」
「大変でしたね」
俺は彼に言いつつ、周囲に目をやる。
街道は平穏そのもので、先ほどの戦闘が嘘のよう。耳に入る音は点検をしている男性の声と森方向から鳥の鳴き声が聞こえる程度。
そして、先ほど出現した女性――彼女は男性が礼を言う中、挨拶もそこそこにスタスタと立ち去った。なんだか急いでいるようだったが――仕事でもあるのだろうか。
考えながら次に馬車を眺めた。見た目上、異常は無い。車輪を確認している男性も大丈夫だとわかったのか、小さく「よし」と呟くのが聞こえた。
「お怪我がなくてなによりです」
続いてリミナが言う。男性は頷きつつ頭に手をやり、
「もしよろしければ、次の街までご案内しますが」
「いいんですか?」
俺は答えるとリミナに視線をやる。彼女もコクコクと首を縦に振っている。
ならばと、お言葉に甘えさせてもらうことにした。
「すいません、ではお願いします」
「はい」
男性はにっこり笑みを浮かべ、手で馬車へと促した。
「ほう、ベルファトラスにですか」
車上で、俺達は男性に簡単な説明を行う。無論、下手に噂されるのもあれなので俺が勇者であることは伏せておく。
ちなみに男性はフェイと名乗った。薬草や魔石を主に販売しているそうで、実際車上は薬草の香りがした。
車上の中には俺達三人。残る男性二人は、御者台で手綱を操作している。
「ふむ、てっきりライメスへ行くものだと思っていましたが」
ふいにフェイが言葉を漏らす。対する俺は首を傾げ、
「ライメス?」
聞き返す。どうやら地名のようだが――
「あ、それです」
と、今度はリミナが声を上げた。
「その、一つ思い出したんです」
「……何を?」
「近日中に、ライメスという場所で勇者の証の争奪戦をやると」
争奪戦……? しかも対象は勇者の証? そういうのって、奪う物じゃなくて与えられるもののような気がするけど。
「ふむ、そちらの方は事情を把握していないようですね」
フェイが言う。俺は「はい」と答えると、彼から解説がやってきた。
「半年程前に、ライメスで一人のご老人が亡くなりました……その人物はあなたもご存知かと思いますが、英雄アレスに付き従っていた老魔法使い、ザンウィスです」
英雄アレスの――聞いた途端、俺は僅かに身構えた。
「そして彼の遺言では、半年後にアレスから託された『勇者の証』を誰かに渡すとのことでした。その方法は、とあるダンジョンの踏破、とのこと」
「踏破……」
つまり、実力のある者に渡すということなのだろうか。
「そして、今がその半年後となります。現在、彼の暮らしていたライメスには多数の勇者他、傭兵などが訪れていることでしょう」
「勇者……は、わかりますが、傭兵も?」
「傭兵の中には、勇者として認められたいと考えている者も少なからずいますからな」
「あ、なるほど」
つまり、認可されていないアマチュア勇者がこぞって参加し、証を手に入れ勇者となろうとしている――その定義でいくと俺もアマチュアに入るから、参加するなら傭兵側になるだろう。
「先ほどの女性も、おそらくそうした人なのでしょう。近日中にそのダンジョンがどこか言い渡され、攻略するために動き始めるはずです」
「そうですか……だからこの街道に傭兵が多かったわけですね」
「そうです」
俺の言葉にフェイは頷いた。
うん、感じていた疑問は解消された……そしてそれは、英雄アレスに関わる内容。おそらく、勇者レンの目的にも合致するだろう。
リミナへ確認を込めて視線を送る。彼女ははっきりと頷き、寄り道することに同意する様子。
「俺達も、行ってみます」
最後にフェイへ告げる。彼は「そうですか」と答えた後、
「ご武運を、お祈りしております」
俺へと短く告げた。
その後馬車は無事宿場町へと到着。彼らとはお別れとなった。
車上でフェイが手を振る中、俺達は黙って見送り――やがて見えなくなると、リミナに質問した。
「そういえば、思い出したって言っていたけど」
「はい。ご記憶を失う前の勇者様も、そのことについて言及していました」
リミナは俺に視線を送りながら返答した。
「行かないといけない……義務のように語っていらっしゃいました」
「義務、か……」
どういう意味合いの言葉だったのだろうか――とはいえ、今の俺に推し量ることはできない。しかし、行くべきなのは間違いない。
「わかった。今の俺にも重要性は理解できるから……ライメスに行こう」
「はい」
というわけで進路を変更。俺達は一路ライメスへ向かうこととなった。しかし現在は夕方に近い時刻。行くのは明日にする。
リミナの説明によると方角はここから北東に少し行くらしい。道中も街道が整備されているので、移動自体に不便はないとのこと。
「問題は、俺の立ち位置をどうするかだな」
宿を探しながら、俺はふと呟いた。
「リミナ。勇者や勇者を目指す人間がそこに集まるんだよな?」
「でしょうね」
「なら、言わない方が良いだろうな」
「因縁をつけられる可能性もあるので、それが無難です」
「……偽名とか使った方がいいかな?」
むしろ名前も変えた方がいいか――けれどリミナは首を左右に振った。
「名を呼ばれても反応できず、逆に怪しまれる可能性もあります。同名の人間ということでいいのではないでしょうか?」
「そっか……と、リミナ。一つだけ」
「はい、何でしょうか?」
「認可されている身でもないから、勇者であることも隠した方が良いと思う……ということで、リミナも名前で呼んでくれ」
言った瞬間、リミナは途端に硬直した。
「え、あ……そ、そうですね」
「ん? 何かあるのか?」
「いえ……その……な、名前ですか」
戸惑うリミナ。名を呼ぶことになぜ抵抗があるのか。
「どうしたんだ?」
「ああ、いえ……慣れていないので上手くできるかどうかが心配なんです」
おそらく共に行動し始めてから「勇者様」で通していたのだろう。
「じゃあ練習だ」
なので、俺はそう提案した。
「はい、名前を呼んでみる」
「……レ、レン様」
「勇者を名乗らない以上、様付けも変だ。さん付けか呼びつけで」
「で、ではレンさん……」
「うん、ちょっとばかし声が硬いな。もっとやわらかく」
「は、はい……」
そんな感じで俺とリミナは宿を探しつつ、ひたすら練習し続けることとなった。