訓練の成果
森へ入るとすぐ、木々に囲まれ土で踏み固められた広場のような場所があった。その場所の中央には横倒しになった天幕のついた馬車が一台。それが音の原因だと確信する。
さらに馬車を囲むようにして、青色の毛並みを持つ狼が五頭。
「ひ、ひいぃぃ!」
そこへ今度は男性の悲鳴。見ると倒れた馬車近くに恰幅の良い男性が一人。
彼は剣を狼達へ振り回し牽制していた。けれど素人だと一目でわかるものであり、狼達は警戒しながらも飛びつこうかと構えを見せていた。
「アーマーウルフです」
確認した時、横にいるリミナが告げた。
「以前戦ったチェインウルフよりも凶暴かつ、体毛の性質が特殊で物理攻撃が効きにくいモンスターです」
「魔力攻撃なら通用するのか?」
「はい」
リミナが答えた直後、俺は柄に手を掛ける。握った瞬間魔力を込め、勢いよく剣を抜き放った。
アーマーウルフが、俺へと反応を示す――おそらく魔力を察知し気付いたのだろう。こちらが迫る中、五頭の内手前の二頭が体をこちらへ向けた。
対する俺は魔力を刀身に込める。一ヶ月前、かなり苦労していた技術だが、今の俺にはすんなり行うことができる。
次に生じたのは、刀身が僅かに黄色く輝く姿。雷の力を剣に収束した結果であり、
「ふっ!」
剣を振った。
それにより剣の先端から魔力が放出され、光の矢となってアーマーウルフへと襲い掛かる。
狙いは俺に体を向けた内の一匹――アーマーウルフは警戒していたようだが、こちらの速攻に対し回避が僅かに遅れる。結果、狙ったモンスターに矢が見事直撃し、僅かな唸り声と共に一頭が消滅した。
どうやら楽に倒せる。けれど数が多いため油断せず剣を強く握る。剣先に力が集中させ――残った四頭はこちらへ首を向け攻撃態勢に入る。
モンスターの位置としては、真正面に一頭。馬車に対し左右にそれぞれ一頭。そして男性の奥に一頭いる。アーマーウルフは例外なくこちらに警戒を向け始めているので、当面男性への攻撃はなさそうだが――
男性が下手に刺激しないよう祈りつつ剣を振るう。狙いは真正面にいる一頭。先ほど同様光の矢を放つが、アーマーウルフはそれを身を捻って避けた。
そして左右にいるアーマーウルフと共に、こちらへ牙を剥き攻撃を仕掛ける。モンスター達は同時に跳躍し、俺の首元へ狙いを定める。
対する俺は、剣に対する力の入れ具合を変える。今度の力は雷ではなく、氷。
「はっ!」
掛け声と共に地面へ一閃。すると切った地面から凍り始め、瞬間的に横一線に高さ二メートル程の氷の壁が出現した。
アーマーウルフ達は跳躍していたため空中で身動きが取れず、三体とも氷の壁に衝突し僅かに動きを止める。
すかさず追撃を掛けた。素早く雷の力を収束させ、光の矢を放つ――それは氷の壁を貫通し、真正面にいる一頭の頭部に直撃。消滅させた。
同時に氷の壁が消失する。アーマーウルフは体勢を立て直し、左右同時に俺へ目掛け突進を仕掛ける。
「炎よ!」
そこへ、リミナの援護が入った。
俺の右を火球が通過し、アーマーウルフに直撃。魔法によって突進は失速し、焦げた臭いと共にモンスターは消滅する。
そして左から来るアーマーウルフの突進を、俺は横に足を向け避けた。反応速度は変わっていない。しかも、今の俺には訓練した成果もある。
俺は剣を軽く振り、アーマーウルフとすれ違うように剣を薙いだ。結果、アーマーウルフの胴に刃が入り、空中で消滅していく。名前としては防御力が高いように思えるが――俺の剣の威力では通用しないようだった。
残るは一頭。目を向けるとあっという間に四頭倒されたためか、アーマーウルフは前傾姿勢のまま硬直していた。
俺はすかさず剣に魔力を集める。とはいえ、今度は男性を挟んでいる状態なので注意しなければならない。
もし男性目掛け攻撃した場合――男性に当たらないよう矢を放つ必要がある。精度を高める訓練も一ヶ月の間に行ってはいるが、それでも多少怖い。外さないようにと頭で考えつつ、姿勢を維持したままアーマーウルフを見据える。
やがて――アーマーウルフは動き出す。身を翻し、俺達へ尻尾を向け森の中へ入ろうとする。
追撃するか――俺が一瞬迷った時、突如俺の横を光の筋が駆け抜けた。
「え――」
呟いた直後、疾駆した光が逃げようとするアーマーウルフを正確に捉え、背中に直撃。それにより、最後のモンスターも完全に消滅した。
「ああいう魔物は、倒せるうちに倒しといた方がいいわよ」
次に聞こえたのは、聞き覚えの無い女性の声。
振り返ると、リミナの真後ろに弓を携えた女性が一人。
「ここは人が通る街道近くだしね」
さらに彼女は言う。対する俺は声を発さず、女性を観察する。
燃えるような赤髪をショートカットにした女性。キリッとした澄んだ瞳と鼻筋の通った顔立ちは間違いなく美人と呼べるものだが、醸し出す雰囲気が氷のように凍てついており、こちらを僅かだがたじろがせる。
そして装備は弓と、無骨な具足が特徴的。体に身に着けている物も無骨な軽鎧。一目見て傭兵の類であるのはわかる。
「けど、正直びっくりしたわ。お手並みを拝見させてもらっていたけど、アーマーウルフをこんな簡単に倒しちゃうなんて」
「……どうも」
褒められているのだが、雰囲気と相まって上から目線な気がして、なんだか釈然としない。どうしたものか――思案し始めたのだが、
「……あの」
リミナが小さく手を上げた。俺は我に返り、彼女へ目を向ける。
「あ、どうした?」
「ここで話しこむのもなんですし……ひとまず、あれを何とかしませんか?」
彼女の指差す先には、横倒しの馬車。見ると、最初目に着いた男性以外に、天幕から這い出るように数人の男性が顔を出していた。
「そうだな」
俺は同意するように頷く。
そして現れた女性を見ると、彼女もまた了承するように首肯していた。