旅の中で
目的地――ベルファトラスという地名はギアの口から聞いたのが最初だった。位置としてはアーガスト王国の北西。ルートとしてはクルシェイド王国を掠めるようにして行くとのこと。
リミナの解説によると、その都市は闘技場がいくつもあり、年に一度大規模な闘技大会が行われるらしい。さらに三年に一度周辺国から騎士や勇者を募り、さらに大きな闘技大会が行われるとのこと。
「ちなみに、今年はどっちなんだ?」
街道を歩く中、俺はリミナに問い掛ける。
「今年は、三年に一度の大きな方です」
「そっか……」
「そちらに参加なさいますか?」
「……いや、目立つような行動は避けるべきだろ」
リミナの言葉に、俺はそう言及した。
目的としては、俺の鍛錬――闘技大会は人間同士で行われるが、中には魔物との戦いというのもあるらしく、俺とリミナはそれを利用しようという算段だった。
「大会までまだ期間はあります。参加するご意思があれば出場できますよ」
リミナは言うが……正直勇者レンが目立とうとしなかったので、俺としては彼の行動を尊重したい。なので、大会とかはパスしようかと思っている。
けど、こういうパターンって「何か理由」が出てきて強制参加、とかそういうのにならないだろうか。大丈夫だろうか。
……まあ、その時はその時で考えよう。
そんな会話を何度かこなしつつ、俺達は街道を進み続ける。空は晴天で、時折すれ違う行商人なんかは表情明るく、会釈なんかもしてくる。
「なんだか、のどかだな」
目の前に広がる街道を見ながら、俺は呟く。
「遺跡に行った時もそうだったけど、平和だ」
「そうですね」
リミナも同意し――ふと、こうして二人して歩くのは久しぶりだと思った。
遺跡へ向かう時から誰かしらと行動を共にしていた。遺跡攻略後もすぐにクラリスと出会ったので、なんだかんだで二人きりなのは久しい。
「なあリミナ。ベルファトラスまではずっとこんな感じ?」
「はい。街道は整備されていますし、不都合が出る場面はないと思います」
「そっか」
まあ、今までが仕事なんかの理由で動いていたので、こうしてのんびりするのも良いかもしれない。
「こうして落ち着いて旅をするのも最近ありませんでしたから、少し新鮮なくらいです」
リミナも俺と同意見なのか、そう話す。
「実際、こうして旅をするのはミファスの方々に関する仕事の前まで遡りますし……」
と、告げた所でリミナは言葉を止めた。
「……勇者様がご記憶を失くされてからは、初めてですね」
「そうだな」
頷く俺。なんだか暗い雰囲気になりそうな流れだったが――リミナは微笑んでいた。
「ご記憶についても、いずれ戻りますよ」
彼女は楽観的に言った。俺は「そうだといいな」と答えつつ、ふいに考え始める。
この世界に来てから一ヶ月以上経過している。その間俺は仕事や剣の訓練なんかに必死で、自分自身のことを考える余裕はあまりなかったかもしれない。今こそ、思案するチャンスだろう。
色々と疑問はある。まずこの世界に来たという根本の理由だが――答えなんて出ないだろうし、調べられるのかどうかもわからないので、ひとまず保留だろう。
次に気になるのは勇者レン――彼の意思が、今どこにあるのか。体は勇者レンのものだと思うので、このどこかにありそうな気はするが、呼び掛けて現れるはずもない。
結局、目的を含め自分自身に関わることは何一つ不明……ただ、調べようと思えばできることはある。勇者レンの目的などがそうだ。
だから最終的な結論としては、わかりそうなところから調べていく――これだった。もしかすると、それを通してこの世界に来た理由とかが……望み薄だとは思うけど。
「その辺のことは、今は気にしても仕方ないな」
頭を整理すると、俺はリミナに明るく言った。
「今、できることをやらないと」
「その意気です」
リミナは嬉しそうに言う。
旅を始めてから――というか、屋敷の一件以降、彼女の表情が明るくなった気がする。
従士と認められたとか、色々思うことを俺が話したからとか――理由はいくつもあるはず。パートナーである俺としても非常に嬉しい。なので、釣られるように笑い返しながら話す。
「ま、特にやらなきゃいけないこともないから、ゆっくり行こう」
「はい」
承諾するリミナ。そこからはまたも無言となったが――不快な沈黙ではなかった。
その後一つ宿場町を挟み、移動を続ける。予定では夕方に次の宿場町に到着する。
「……なんだか、人が変わってきているな」
なおも街道を進みながら、俺は周囲を歩く旅人を見て呟く。
「商人が少なくなり、同業者みたいな人がかなり多くなっている」
「言われてみれば、確かに」
リミナも同調する。
周囲を見ると、剣を腰に差している人物や、斧を担ぐ大男などが前をズンズン進んでいる。
「皆ベルファトラスを目指しているのか?」
「闘技大会があるなら、こういう光景があってもおかしくないと思いますが……まだ時期は先ですし、ないと思います」
リミナが断定。別に理由があるのだろうか?
「この辺で遺跡を発掘したとか?」
「それなら学者の方々がいないと変ですし……」
「あ、そうか」
返事をした時、リミナは目を細め前方にいる傭兵達を眺める。
「何か心当たりが?」
俺が問う。リミナは答えず口元に手を当て――突如、首を向けた。
「勇者様」
「ああ、どうした?」
「一つ、思い出しました」
「何を?」
聞き返した――その瞬間、
ガダン――と、何か大きな音が周辺に響いた。
「ん?」
俺は辺りに目をやる。
方向を特定できなかったが――右にある森から音に反応した鳥達が飛び立つのを視界に捉える。
「森か?」
街道を見ると、少し先に本道から枝分かれし森に入る道が一本見える。
「勇者様」
リミナも音を聞いて、口を開いた。
「森の奥は野営地だと思うので、何かあったのかもしれません」
「野営地?」
「宿場町ができる前、キャンプできる場所が街道沿いにあったんです。今は宿もあるので普段は利用しませんが」
「……行ってみよう」
「はい」
返事を聞いた瞬間、俺は駆け出した。