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別れと旅立ち

「よし……これで準備できた」


 ――宿の一室で荷物をまとめ、俺は呟く。そして軽く伸びをして、ザックの紐を握り締めた。


 そこへノックの音。俺が「はい」と答えるとドアが開き、リミナが姿を現した。


「準備、できましたか?」

「ああ、オッケーだ」


 頷くと、リミナはにっこりと微笑み、


「では、出ましょう。私は先に行っています」

「わかった」


 承諾すると扉が閉まる。残された俺は、一度だけ部屋を見回した。


「……この部屋とも、お別れだな」


 一ヶ月間生活していた場所なので、少しだけ愛着が湧いている。俺はなんとなく部屋に対し礼を込めて頭を下げた後、部屋を出た。

 廊下を進み、階段を下りる。一階は酒場兼食堂となっているため、本来ならば人で賑わっていてもおかしくない。しかし早朝であるためか、火の気すらなかった。


「おかみさんに一度挨拶しときたかったけど……まあ、昨日済ませたからいいかな」


 呟きつつ宿を出る。日は昇っており、外は眩しい光が降り注いでいた。

 その中正面にはリミナが背中を向けて立っており――


「見送りか」


 彼女の正面に立つ三人の姿を見て、俺は呟いた。






 ――王子の護衛から一ヶ月以上過ぎたこの日、俺とリミナは新たな旅に出ることとなった。


 その間の出来事は、正直語る程のこともなかった。訓練をこなし、訪れた儀式の日――精鋭を結集したアーガスト王国の騎士団が、その全てを解決した。

 後詰めで控えていた俺やリミナの出番は無かった。結局、ジャークという人物が最高戦力だったらしく、交戦開始からすぐ全員捕縛という結末だった。


 だから、結果的に俺達はタダ飯食らい同然となってしまったのだが、王子はそれでも満足そうに報酬諸々を支払い、ひとまず一連の事件は終わった。

 それから数日後、城では事後処理に追われているかもしれないこの時期ではあったが、一応の解決を見たということで俺達は街を離れることにした。


 目的地は決まっている。リミナが提案し、俺が承諾した場所だ。


「あ、レン」


 考えていると――三人の内クラリスが声を出した。


「いよいよ、出発なわけね」

「ああ……ところで、クラリスはどうするんだ?」

「アーガスト王国の方から直々に臨時教官の仕事を仰せつかったから、しばらくここにいる予定」

「アークシェイド対策を強化するとの方針なので、彼女にお願いしました」


 次に発言したのは、俺から見てクラリスの右にいるルファーツ。


「それと、勇者殿……長い期間、ご協力ありがとうございました」

「いえ……というか、俺達は儀式の時何もしていなかったわけで、逆に申し訳なかったというか」

「その点はお気遣いなく……こちらとしてはあなたに旅の目的がある以上、それを止めてしまったことを申し訳なく思っています」


 決然とルファーツは言う。俺は真面目な彼に苦笑しつつ、


「あ、それと……訓練、ありがとうございました」


 頭を下げる。対するルファーツは「こちらこそ」と答え、頭を下げた。


 俺はこの一ヶ月の間、剣技の面はルファーツに見てもらっていた。彼曰く「私も良い訓練になりました」とのことだ。


 そして魔力の制御訓練はクラリス。彼女によって、前と比べずっと力を扱えるようになった。

 次に俺は、そんな彼女に礼を述べる。


「クラリスも制御訓練、ありがとう」

「よしてよ。友人である以上、当然でしょ?」


 軽い口調で答えるクラリス。俺は友人という言葉にちょっと嬉しく思いつつ「そうだな」と返答した。

 さらに今度は彼女の左を見る。そこには腕を組むラウニイの姿。


「ラウニイさん、それで……本当にもらっていいんですか?」


 俺は最後の確認とばかりに、ブレスレットをかざしながら問う。


「ええ。いいわよ」


 彼女の返答はとても明快なもの。なおかつ笑みを伴い、俺に告げる。


「約束だし、何より王子の護衛を完遂できたのはレン君のおかげでもあるし。ぜひ受け取って」

「ありがとうございます」

「レン、ちゃんと道中も訓練やるのよ」

「わかっているよ、クラリス……さて」


 俺は見送りの三人を再度見回した後、リミナへ顔を向ける。


「行くか」

「はい」


 リミナは即座に返事をした――直後、いきなりクラリスとラウニイがリミナに接近し、


「ちょっと、いいかな?」


 クラリスは彼女の手を強引に握り――俺と距離を取る。


「いい、リミナ。レンとのことだけど――」


 と、なんだか女性陣で会話を始める。


「そ、そんなこと言われても……」


 すぐにリミナが困ったような声を上げる――あれか? もしかして、ガールズトークとかいうやつか?


「何やら始まりましたね」


 今度はルファーツが接近してきて、俺に声を掛ける。


「まあ、クラリスさんは友人としばしのお別れですから、名残惜しいのでしょう――」

「だ、だから違うって!」


 ルファーツの声を遮るようにリミナが叫ぶ。

 人がいない街中で声は異様に響き、途端にリミナは口を押さえた。


「……そういう雰囲気でもなさそうですけど」

「……かも、しれませんね」


 ルファーツと俺は共に苦笑する。


 けど、しんみりしたお別れになるよりはこっちの方がずっといい――そんな風に思った。






「それじゃあね」


 クラリスの最後の言葉と同時に、気を取り直して出発する。彼女が手を振る中、俺とリミナは街の入口へと歩を進める。


 やがて、街の角を一つ曲がり――三人の姿が完全に見えなくなる。


「……リミナ、思い残すことはないか?」

「大丈夫です」


 俺の問いに、リミナはそう答えた。


「勇者様も、どうですか?」

「俺は大丈夫……ちなみに、最後の会話で何を話していたんだ?」

「秘密です」


 即答。俺は反応にちょっと興味を抱きつつも、とりあえず言及はしなかった。


「……勇者様、では改めてですが」


 リミナは話を変える。俺は「ああ」と相槌を打ち、言葉を待つ。


「これからの予定は、以前決めた通りでよろしいですね?」

「いいよ。俺も聞いて、それが一番鍛錬になると思ったし」


 言って、俺は自分の手のひらを見つめる。


「訓練中、ルファーツさんに言われたよ。俺の体には経験が眠っている……それはきっと、実戦で戦った方が早く取り戻せるだろうって」


 語った後リミナの顔を見る。彼女も俺を見返し、すぐに小さく頷いた。


「制御訓練はまだ完全ではありませんが、それは旅の道中でもできます。がんばりましょう」

「うん」


 返事をすると、リミナは改めて俺へと語る。


「では次の目的地は、ベルファトラス……闘技の都です」

「ああ」


 俺は答え、街の外を目指す。新たな旅が、今始まろうとしていた――

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