勇者としての願い
「……これが、この事件の全てです」
――王子は俺達と共に自室へと戻り、机の上で手を組みながらペンダントの護衛をしていたリミナ達へ事情を話した。それにより彼女達の表情は例外なく険しくなる。
「なんというか、しこりの残る終わり方ね」
右の本棚近くにいるラウニイが口を開くと、王子は「はい」と同意した。
「それに、エンスは色々と理由を語っていましたが……私達が色々と動き回っているのを、どこか楽しんでいたように感じられました。そこが、彼にとって傍観する一番の理由だったのかもしれません……」
王子は沈鬱な表情で語る――長い間共に行動してきた間柄であるからこその、顔つき。
もしかしてラキという名を明かしたのも、それが理由かもしれない――俺はエンスが笑みを浮かべる姿を思い浮かべ、暗然とした気持ちになる。
「……過ぎたことは仕方ありません。次に進むとしましょう」
王子は気を取り直し語る。瞳には複雑な感情を宿していたが、誰も言及はしなかった。
「敵の目的がわかった以上、儀式を止めることを優先とします。つきましては、皆さんにもご協力願いたい……事情を知る方々として、力を貸して欲しいのです」
「儀式を止めるべく、活動するということですか?」
質問をしたのはラウニイの隣にいるクラリス。王子はそれに小さく頷きながらも、
「表だった行動はアーガスト王国が行います。皆さんには、もしもの時の援護をお願いしたい」
そう告げ、やや俯きながら語る。
「黒衣の戦士……エンスによるとジャークという戦士は倒しましたが、彼に比肩しうる戦士がいる可能性は十分ある。無論、私達は対応策を講じますが、作戦をより盤石とするため彼と互角に戦えた人員を確保したい」
「事情は、わかりますが……」
王子の言葉に、彼の真正面にいる俺が声を出す。
「俺で、良いのでしょうか? ジャークに対し苦戦していましたし……」
「無論です」
確認の問いに、王子はしっかりと答えた。
「今回の戦いは皆様の協力がなければ達成できなかった……それに、例え全力を出さずとも勇者殿の力は私も理解しています。それに能力については、補強することで、彼に対抗できるようになるはず」
「補強、ですか?」
「はい。儀式が執り行われるまでの一ヶ月、できる限りのフォローを致します」
「その点は、私がご説明します」
続いて、王子の傍らにいるルファーツが声を発する。
「勇者殿、これから一ヶ月の間城に協力して頂けるなら、訓練を進んでお手伝いいたします」
「訓練を?」
「はい。制御訓練……それと共に剣技の訓練を行うことで、経験を体から出すことができるはずです」
――なるほど。そうして訓練を重ねれば、ジャークに等しい相手とも互角に戦えるかもしれない、か。
「実の所、ジャークに対抗できる戦力はそう多くはない……だからこそ私達としては、貴重な戦力となるあなたの協力が欲しい。勇者殿は記憶を失くされているとはいえ、体にはその経験が眠っている。その力を目覚めさせれることができれば、これ以上の戦力はないと思います」
「……こちらとしても、願ったり叶ったりですしね」
俺は言葉を紡いだ。途端に王子の顔が明るくなる。
「では……」
「わかりました。俺は協力します。ただ……」
言い掛けて、隣に立つリミナを見る。彼女は小さく頷いたので、今度はクラリスとラウニイを確認。
「リミナの方はいいとして……残る二人は」
「当然、請けるわよ」
先に応じたのはクラリス。続いてラウニイが頷き――意見はまとまった。
「わかりました。こちらこそ、よろしくお願いします」
「はい」
王子は微笑みながら答える。思う所もあるはずだが――それは陰の見当たらない、安堵を含んだ笑みだった。
話し合いが終わった後、俺達は街へ戻ることになった。訓練もクラリスと赴いた施設などを使うとのことだ。
ちなみに宿代なんかも全て城側の負担。生活費に困ることがないのは有難かった。
「なんだか、長い戦いだった気がしますね」
馬車を待つ間、隣に立つリミナが言う。その言葉に対し、俺は小さく息をつく。
「色々、あったからな」
「……私達のこととか、ですか?」
「うん、まあ」
答え、リミナと目を合わせる。途端に彼女は苦笑した。
「すいません……色々と」
「いや、こちらこそごめん。今度からは、気を付けるよ」
言って――俺は周囲を見回した。
ラウニイは王子と話があるとのことでまだ部屋にいる。クラリスは馬車が来るまで庭先を散歩しており、ここにはいない。
ふと、空を見上げる。リミナの言う通り、長い戦いだった気がする。そして――
「……リミナ」
「はい」
呼び掛けに、彼女は即座に応じた。
「君にだけは、話しておくよ」
前置きをする――王子はエンスとの顛末は話したが、ラキの件については話さなかった。
「遺跡で出会った人物……彼とエンスは知り合いらしい」
「知り合い、ですか。同じ組織にいる以上、当然かと思いますが」
「そうかもしれないな……そして名をラキといい、俺と彼は親友らしい」
――沈黙が、俺達を包む。
こちらはそれ以上言葉が続かない。けれどリミナは俺へ視線を送りじっと、言葉を待つ。
やがて――俺は小さく、呟くように話し始めた。
「正直、実感はわかない。記憶を失っている身だから当たり前だけどさ……けど、一つ言えることがある」
「はい」
「どういう経緯なのかわからないけど、彼はアークシェイドという魔族と手を組む組織にいる。そして俺は勇者……間違いなく、俺とラキは敵同士だ」
「そうですね」
相槌を打つリミナ。その顔は、どこか次の言葉を予測しているように思えた。
「……俺は彼と会った時、絶対に勝てないと思った。この体が……この体の経験が、俺にそう警告していた」
クラリスに話した、弱音。それをリミナに伝えた瞬間、俺は心の底から一つの結論に導き出す。
勇者レンに大いに関係あるのならば、自分自身に関わることだと思った。この世界で活動する以上無下にはできないし、何より俺は勇者レンのことを知りたい……いや、知るべきだと思った。
色々と不可解な行動をとる彼のことを調べ、そして――
「勇者である以上、俺は彼を止める必要があると思う……だから、強くなりたい」
「……はい」
リミナは深く頷く。その言葉を、待っていたかのよう。
「私も、どうしようか考えていました。いくつか案はあります……ですが、今は目前に迫る儀式阻止と、訓練を優先しましょう」
「……ああ」
「大丈夫です。勇者様は、あの人を止めることができます」
確信を伴い、リミナは言った。
俺はそうでありたいと願いながら首肯し――やがて、遠くから車輪の音が聞こえ始めた。