始まりの場所
異世界を訪れた時目覚めた最初の場所――リシュアに辿り着き、俺とリミナは改めて村長に礼を述べた。どうやら風の噂で俺の事は知っていたらしく、逆に委縮させてしまったくらいだ。
予定では挨拶をした後立ち去るつもりだったのだが、もし良かったら一泊してもいいという村長の言葉に俺は反応。あてがわれた家は、それこそ目覚めた最初の家だった。
「……ここが、全ての始まりだったな」
「そうですね」
狭い家の中で、俺とリミナは会話をする。
「記憶喪失と言って、顔を青くしていたよな」
「そういうこともありましたね……倒れた時は本当にどうしようかと思いましたし」
「記憶がないと言った時は、相当な衝撃だったろ?」
「それはもう。天地がひっくり返るくらいに」
互いに笑う……俺は部屋を見回し、大きく息をついた。
「……リミナ」
「はい」
「挨拶をする旅を終えたら、結論を出すと言ったはずだ」
「はい」
彼女を見る。どういう答えであっても従う――そういう表情だった。
「……俺は――」
言葉を述べようとした、その時だった。
俺達の会話を阻むように、入口にドアがノックされた。やむなく会話を中断。リミナがちょっと笑い、俺はどことなく憮然とした表情をしつつ、扉に向かう。
一体誰なのか――もしや村長の話を聞きつけた村人か。そういう配慮はすると約束してもらったはずなんだけど。
俺は扉を開ける――そこにいたのは、
「やあ」
「……え?」
呆然とした。黒衣を着た男性。年齢は二十代半ば。腰まで届こうかというくらいの灰色の髪に、虚無を想起させる黒い瞳――
「ジュリウス……?」
「ああ、悪いな。唐突に来訪して」
ここにいるはずのない、魔族のジュリウスだった。
「どうしてここに……?」
「少しばかり調査のために」
「調査?」
「魔族側が何かをしでかそうというわけじゃない。魔王を失い復讐を考える輩もいない。安心しろ」
「そこはいいけど……口ぶりからすると、個人的に何かをしているのか?」
「ああ、そうだ。で、一つ訊きたいのだが――」
と、ジュリウスは部屋を見回し、
「この場所が、もしや君がこの世界に訪れた、始まりの場所なのか?」
「……え?」
目を見開く。俺。するとジュリウスは催促するように「どうだ?」と問う。
だから俺は頷いた。すると彼は神妙な顔つきとなり、
「そうか……どうやら、勇者レンは相当な運の持ち主のようだな」
「運って……どういうことだ?」
問い掛けた矢先、ジュリウスは俺に視線を合わせ、
「君が元の世界に戻れる方法を見つけた」
とんでもないことを言い出した。
「ただし、いくらか条件がいる……そして今、その条件がそろっている」
「ちょ、ちょっと待て! 戻れるって!?」
「説明は必要だろうな。まずは落ち着かないか?」
ジュリウスが言う。俺は逸る気持ちを抑え、小さく頷いた。
テーブルに俺とジュリウスは向かい合って座り、小さなキッチンでリミナがお茶を淹れる。彼女のそうした後ろ姿は異世界来訪初日にもあったななどと思っていると、ジュリウスが話し始めた。
「まず、君から『星渡り』に関する情報を手に入れ、魔王との戦いと並行して調査を行った。こちらにもそういう文献がないかを調べ始めたわけだが……ビンゴだった」
「見つかったのか?」
「そもそもこの魔法は、魔族が生み出したものだったのだよ。それを改良し、人間が扱えるようにしたのが『星渡り』という魔法だ」
魔族が……驚いている間に、ジュリウスは続ける。
「元々この魔法は、魔界とこちらの世界を行き来するための魔法の発展形だ。で、こちらの世界と魔界を行き来するためには私達も魔法を使うわけだが、そこには数えきれないほどの様々なプロセスがある。それを改良し異世界と繋げた……そういう魔法だったわけだ」
「それで、俺が戻れるという結論に至った理由は?」
「調査を開始して、単純に魔法を使ってもどうにもならないことはすぐにわかった。一度使用する分には条件は特に必要はないが、二度目……つまり元に戻ろうとする際、条件が必要となる」
ジュリウスは語り――俺に、条件について説明を始めた。
「といってもそれほど条件は複雑じゃない。戻るために大前提なのは、入れ替わった時両者がいた場所にいなければならないということだ」
「え……? それってつまり――」
「そうした場所には目に見えないが特殊な魔力が滞留する。君から経緯を聞いた時、レンは旅の途中で魔法を使用したわけだが、どうやら入れ替わったのはその後。ここに寝かされた時らしい」
ということは、今いるこの場所が元の世界に戻ることのできる所、というわけか。
「よって、この条件はクリアしている……しかし、制約も存在する」
「制約?」
「二度使用したら、この魔法は使えなくなる……詳しく説明すると、この魔法は異世界にいる使用者と似た特性を持った人物との意識を入れ替える魔法なのだが、一度目でその意識を共有させ、二度目に入れ替わるとその繋がりが断たれ、魔法が効かなくなる。即ち、もう二度とこの世界に来ることはできなくなるといっていいだろう」
「……なるほど」
もし戻る場合、もう二度とこの世界に来ることはできなくなる。
「ここまで話せば十分だろう……私がここにいるのはそうした魔法の特性を確かめに来たというわけだ」
俺はジュリウスと目を合わせ、沈黙する……戻ることができる。それが少し信じられなかった。
「期限は特に設けるつもりはない。もし戻りたいのならば私に言えばいい」
「……勇者様」
リミナが声を掛ける。俺は小さく頷いた……選択肢が、できてしまった。
今まで元の世界に帰るかどうかを尋ねられても、手段がないと返すことができた。けれどそれもできなくなった。決断しなければならない。
「……ジュリウス」
「ああ」
「一日、考えさせてもらえないか?」
「一日? それだけでいいのか?」
「一定の結論を得るには、それほど時間は必要じゃない。けれど、こればかりは俺の一存で決められるものじゃない」
その言葉にジュリウスは理解した様子。彼は頷き、
「ならば、話をしてくるといい……こちらの世界にいた本来のレンと」
俺は頷く……どうやら俺は、岐路に立たされたようだった。




