英雄の墓
――アクアや村の人に見送られ、俺とリミナはフロディアと共に村を後にし、フィベウス王国へと入った。
都は以前と変わらない姿をしている……まあ以前来訪して一年も経っていない以上、様変わりするようなことがあるはずもないか。
で、俺達はまず『聖域』にあるアレスの墓に行こうと決め、城を訪れた。王から『聖域』へ入る許可を手に入れるためだ。
「入る必要はないぞ」
けれどフィベウス王ジルグスと謁見し、事の内容を伝えた直後そんな返答が来た。ちなみに今日は王妃の姿はない。
「騎士団がアレス殿の墓を移送した。埋葬されている周囲の土地ごと魔法により移したことで、ドラゴンであっても墓を訪れることができるようになった」
「そうなんですか」
「しかし」
と、王は渋い顔をする。
「英雄アレスが亡くなったことはまだ世間に知れ渡ってはいない。そのためあまり上等な物を用意できていないのだが……」
「十分だと思いますよ」
俺が言う。それに続けてフロディアも口添え。
「彼は元々、英雄と呼ばれることを煙たがっていた人物ですからね。そのくらいの方がいいのかもしれません」
「そうか。では、案内させるよう取り計らっておく」
「はい」
というわけで俺達は謁見の間を後にしようとする。だがそこへ、
「ああ、レン殿」
「はい」
「墓を訪ねた後、一度城に戻って来てはもらえないだろうか」
……歓待でもするのだろうか。言い含めるような言葉遣いに引っ掛かりを覚えたが、特に拒否する理由もなかったので俺は「はい」と返事をした。
それから城を出て、案内役である騎士ルーティに従い歩き出す。彼女の話によると、アレスの死は王国騎士の中でも知る者と知らない者に分かれており、基本的に知る者は魔王との戦いに参戦した面々という話だ。
「いつか公になるのかな……」
「難しい所だね」
フロディアが言う。歩きながら口元に手を当て考える様は、アレスのことに対し慎重な考えを抱いているのがわかる。
「いつかは世間にしらせないといけないけれど……今回の戦いでアレスやリデスが参戦しなかったことに疑問を浮かべる人もいる。それほど経たない内に、公表する必要があるかもしれない」
と、ここでフロディアは肩をすくめた。
「本当なら、前の戦いの時にドサクサに紛れて公表した方が良かったかもしれない」
「そんな余裕なかったですよね……」
「確かにね。まあ、その辺りは色んな国の偉い人たちが判断するよ」
それでいいのかと思ったが、俺の一存で決められるわけでもないので、とりあえずフロディアの言う通り偉い人に任せるしかないだろうとは思った。
やがて俺達は墓地に辿り着く。共同墓地のようだが、おそらく一般人とは違う、騎士達などを埋葬する場所だろうと思う。
そして墓の前――他の物と変わらない十字の墓標。『聖域』にあった時は木製だったが、今回は石となっている。さすがにここは変えたのだろう。
「……こういう形で再会するとは、思ってもみなかったよ」
フロディアは墓へと告げた。
「できれば生きている時に、もう一度出会って色々話をしたかった……」
風が流れる。俺はそれをじっと聞きつつ、アレスのことを考える。
俺としては、英雄アレスと関わりがあるわけでもない。写真や夢でその姿を確認していたけれど、直接話をしたことがないため、墓の目の前に立っても思うことはあまりない。
とはいえ、アレスは命を終える時無念さを感じただろうとは思う。仲間であったシュウに殺され、さらにその目的は妻――先代魔王であるティルデを救うため。
「――終わったよ、アレスさん」
ふいに、自然と言葉が口から漏れた。
「アレスさんとしては、不本意な結果かもしれない……それに、結局レンだけが残ってしまった」
風が頬を撫でる。そこから俺は魔王やシュウとの戦いのことを話した。ここで語ってもアレスに伝わるとは思えなかったけれど――
「……俺も、アレスさんと過ごしていたレンじゃない。けれど、アレスさんが託した力はしっかりと受け継いでいる。魔王やラキを倒せたのは、アレスさんのおかげだ……ありがとうございました」
礼を述べる。そうして俺達は墓参りを終えた。
「いずれ、他の仲間達とも来たいな」
城へと向かう時、俺はそんなことを呟く。それにはリミナやフロディアも賛成だった。
「うん、いいと思う。アレスは元来陽気な性格だった。しんみりしているより、墓前で宴会でもした方がいいかもしれないな」
「そうなんですか……あ、それと英雄リデスについても――」
「彼がどんな風に亡くなったのかも詳細は掴んでいないけれど……それについて調べているよ。これは私に任せて欲しい」
「わかりました。お願いします」
こうしてフロディアは目的を終えた……なので、今後のことを尋ねてみる。
「フロディアさんは、これからどうしますか?」
「少しばかりここに滞在する予定だ。レン君達は?」
「このままナナジア王国へ」
「そっか。フィクハさんに会うつもりかい?」
「それ以外にも行く所がありますから」
「なるほど」
フロディアはそれ以上何も訊かなかったが、どこへ向かうのか推測はできたのか笑みを浮かべた。
俺はリミナに視線を移す。どこに行くか彼女も予想できているらしく、小さく首肯した。
それから少しして城へと近づく。そこで、なんだか様子がおかしいことに気付いた。
「……あれ?」
城の前に辿り着く。そこにはなぜか、多くの護衛の騎士を伴った――王妃パールの姿が。
「待っていたわ」
笑う王妃。謁見の時は所要のため不在だと言われたが……もしや、歓待の準備でもしていたのか?
「どうやら、もてなしてくれるようだね」
フロディアが言う。そこで彼は視線を別に向ける。
俺ではない。彼の視線の先にはリミナがいた。
「……あの?」
「レン君が主役ということはあるだろうけど、王妃の血を所持するリミナさんもまた、同じように主役ということだろう」
「その通り」
王妃はリミナに近づくと、微笑を見せながら語る。
「前の時は満足にもてなしもできなかったから……血を継いだあなたと、勇者レンを歓迎するわ」
「あ、あああの……」
緊張し始めるリミナ。きっと以前王達と食事をしたこととかを思い出しているのだろう。俺としては苦笑する他なかった。
「……ともかく、招待されている以上受けないと」
「ありがとう勇者レン。ほら、リミナさんも」
「は、はい」
というわけで、俺達はフィベウス王国王族から招待を受け、城へと入った――ただ正直、ここから三日三晩宴会をやることになるとは思いもしなかった。