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理由と――その『名前』

「まずは、なぜペンダントを奪取しようとしたか。その経緯から話しましょう」


 エンスは悠然と腕を組みつつ、俺達に告げる。


「彼……黒衣の戦士ジャークは儀式魔法により魔族を呼び寄せようとしていた。その媒体として、とある土地を利用しようと考えた」

「土地?」


 王子が聞き返す。エンスは小さく頷きながら答える。


「ええ。アーガスト王国領内の……アグタ湖です」


 ――地名を聞いて場所まではわからなかったが、国内なので、近しい場所だとは理解できた。


「王子は月や太陽の周期により、大気の魔力量が変化するのを知っていますね? その周期を計算し、アグタ湖周辺に今から一ヶ月後、莫大な魔力が集まるとわかった。しかし土地の魔力だけは呼び寄せられる確証がなかった……そこでペンダントの登場です」


 エンスは一瞬だけ視線を逸らした。ペンダントのある王子の部屋方向に目をやったのかもしれない。


「あのペンダントは純度の高い魔石……しかも、召喚系の魔法に有効な力を持ち合わせていました。ジャークは何らかの方法でその魔石を王子が手に入れたと知った。そのため、彼はリスクを冒してでもペンダントを奪おうとした」

「土地とペンダントを利用し、魔族を呼び寄せようとしたわけですね」


 そんな彼に王子は険しい顔つきで言うと、


「その魔族とは?」


 そう質問した。対するエンスは肩をすくめ、


「その辺りは私にもわかりません……しかし諜報員からの話だと、強大な魔族を呼び寄せようとしていたようです」


 彼は言うと、愚痴でも零すかのように続ける。


「先ほどアークシェイドは一枚岩でないと話しましたが……ジャークは言わば、強硬派の人間です。アークシェイドは魔族と繋がりのある組織……ですが基本、私達は魔族に付き従い仕事をこなすだけ。しかし強硬派は魔族を呼び寄せ、逆に使役しようと企んだ。要は現状に不服を感じ、人間が魔族を支配しようと画策したわけです」


 物騒極まりない――俺は思いながら、エンスの言葉を待つ。


「対する私は穏健派……魔族という強大な存在を相手にしている以上、できるだけ穏便に済ませるべきだと考える一派です。正直、強硬派の人間のやり方には辟易しているのですよ。無理矢理使役したからといって、魔族が言うことを聞くはずがないというのに」

 同時に、にっこりと微笑む。


 ふと、そんなことをしなくとも良い方法がある――そう考えている気がした。根拠は、一切なかったが。


「で、私達穏健派と強硬派は常々対立しており、大抵トラブルを起こすのは強硬派です。今回の事件、同じ組織であるため協力していましたが、実際の所成功してもしなくてもどちらでも良かった。もしジャークがペンダントを奪取したら、私はここで話した一切を王子に言い、アグタ湖で決着をつけてもらうつもりでした」

「……つまり、全てあなたの手のひらの上ですか」


 王子が言う。エンスは再度肩をすくめる。

 俺には、肯定しているように思えた。


「そして王子……どちらにせよ私からアークシェイドの情報が出た以上、討伐に赴くでしょう?」

「事情はどうあれ、行くしかありませんね」

「でしょうね。彼らはペンダントの奪取が失敗しても、儀式を行おうとするでしょう。成功率は極端に低くなりますが……彼らは強硬派です。組織内でふれ回っているため、退くことができない」


 語るとエンスは嬉しそうに、口の端を歪め不気味な笑みを浮かべる。


「しかも今回の事例は、強硬派における中心人物もいる。その人物が捕らえられたとなれば、弱体化は必定でしょう」


 ――どうやら、組織内闘争のダシに王子は使われたようだ。


「なるほど」


 対する王子は感情を含まず淡々と受け答えをして、


「ある程度の事情はわかりました。けれど、一つ疑問が。今回の件で一番不可解な点……なぜ人を殺すような真似をしなかったのですか?」

「ああ、そこですか」


 エンスは言うと、笑みを柔和なものに変える。


「私が助言したのですよ。誰かを殺せば王子も重い腰を上げる可能性がある……今は疑心暗鬼に捕らわれ公にしていませんが、もし殺せば最悪計画が露見する可能性がある、と」

「そうですか……ならば、なぜこんなまどろっこしいやり方を? 私に事情を話し協力を持ちかければ、早々に強硬派の弱体化ができたはず」

「王子がそれに従うか確証がありませんでしたし……私としてはできれば正体を知られたくないと思っていましたから、ご自身で解決して欲しかった。まあ、王子は私をも捕らえようとしたため、名乗る必要が出てしまいましたが」


 エンスはさらに笑う。どこか無邪気な笑みに、王子は呻く。


「……この屋敷に住まう時から、アークシェイドに?」


 王子は質問の矛先を変える。エンスは首を左右に振った。


「いえ、私は屋敷で仕事をするようになり、とある人物と出会い、アークシェイドに入りました」

「とある人物?」


 聞き返した王子に対し――エンスは、俺に顔を向けた。


「レン殿、あなたとも取引をする必要がありますね」


 急に話を変えられたため、俺は眉をひそめる。


「何?」

「事情は知っていますよ……『彼』と、遺跡で会いましたよね?」


 ギクリとなった。そうだ――あの遺跡で出会った知り合いと思しき『彼』の存在。


「彼はあなたが記憶を失っていることは知らない……上手く誤魔化したのだと思いますが、私が知ってしまった。実を言うと、私は彼と出会い組織に入った。だから、報告しようと思えばできる」

「……取引とは、何だ?」


 知られるのは――嫌な予感がして、問い掛ける。

 対するエンスは、優しく告げた。


「無茶をさせる気はありません。もし今回のようにアークシェイド……事件を起こすのはほぼ強硬派と言って良いので、彼らを叩き潰して欲しいのです」

「……従うしか、ないだろうな」


 奥歯を噛み締める。言うことを聞くのは拒否したかったが、この場はそう言うしかなかった。


「ありがとうございます。では私は交換条件として、私の口から何も話さないでおきます」


 それもまた信用におけない言葉だったが、頷く他なかった。


「そして、もう一点」


 さらにエンスは、俺に告げる。


「彼の名を、教えておきましょう」


 何――? 俺は目を見開き驚く中、エンスの口が開かれた。


「彼の名はラキ……記憶を失うまでのあなたと、親友だった人物です」


 親友――その言葉に驚愕していると、エンスは王子に顔を戻した。


「さて、この辺りでお暇させて頂きます。使用人達には、上手く言っておいてください」

「……ええ」


 答えると――彼の足元に突然、魔方陣が出現する。


「では、レン殿……また会う日まで」


 直後光が生じ――彼の姿がかき消えた。

 残ったのは静寂。しばし俺達は動かず、やがて――


「……ルファーツ」


 王子の声が、沈黙を破った。


「もしこの場で彼と戦えば……どうなったと思いますか?」

「……おそらく、私達は殺されていたでしょう」


 ルファーツは言いながら、大きく息を吐いた。

 俺は二人を眺めながら、ふと両手に力が入っているのに気付いた。開けると、手のひらが汗ばんでいる。


「……エンス、か」


 それを見ながら、名を呟く。


 遺跡で出会った――ラキの知り合いにして、アークシェイド所属の人間。俺は小さくため息をつき、新たな敵の登場に不安を覚えることとなった。

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