本当の勇者
「君と故郷で暮らしていた時は、本当に幸せだった。僕はレンのことを兄弟のように思っていた、と」
「……ちなみに、どっちが兄だ?」
「僕は弟だよ。色々と手を焼かせていたからね」
冗談めいた俺の言葉に、ラキは律儀に返した。
「現に、僕はこの大陸を崩壊寸前にまで追いやった。とんだじゃじゃ馬だ」
「そんな話では済まないと思うけれどね」
セシルが言う。ラキは「確かに」と軽く返答し、
「……レンは、何か言いたいことはあるかい?」
「特にないな。本当はこちらの世界のレンに色々と訊いておくべきだったのかもしれないけど……もう、いい」
首を振る。するとラキは空を見上げた。
「ああ、いい天気だ。故郷の空を思い出す」
零すと、ラキは一点の曇りの無い綺麗な笑顔を見せた。
「僕はきっと、こんな形でしか事を成せない人間だったのかもしれない。けれど、レンにそれを断罪してくれたのなら、本望だ」
「俺は、お前の知っているレンとは違うぞ?」
「けれど、レンはレン。そうだろう?」
――その言葉に決して納得できたわけではない。しかし、セシルやリミナ。そしてフィクハはラキの言葉に同意するように頷いていた。
「もう君は、この世界の勇者レンだと名乗ってもいいだろう」
「それは……」
「元の世界に未練があるのなら、僕の言ったことは忘れていいさ。けど、もし……この世界で生きていくのなら、君はもう本物の勇者レンだ」
――まさか敵であるラキにそんなことを言われるとは思わなかった。
もしかするとこれは、凶行を止めてくれた俺に対する餞別なのかもしれない。
「僕の言いたいことはこれだけだよ……さて、そろそろ時間のようだ」
気付けば、ラキの目の焦点が合っていない。魔王の力を手に入れたラキは常人よりも耐えていたようだが、それでも限界が来た。
「レン一人だけ……しかも別世界に残していなくなるのは悲しいけれど、レンならきっと僕のように道を違えることなく、進んでいけるだろう」
「ああ、俺もそう思う」
同意するとラキは俺の方に首を向け、
「……ありがとう、レン」
それは、俺に対する言葉なのか、それともこの世界にいたレンに対するものなのか。
迷った後きっと二人に対するものだろうと思った時――ラキは、眼を閉じ眠るように命を消した。
「……最後の敵が、ずいぶんと安らかに逝ったな」
セシルが、嘆息しつつ声を発する。
「けどまあ、こういう終わりも悪くないか」
「そうだな……」
同意した直後、背後から物音。見ると、そこには――
「終わったようだな」
ルルーナ達だった。さらに塔の外を守っていたマクロイドやアキの姿もあった。
「ああ、倒したよ。なんだかしんみりとした終わり方だけど」
俺の返答にルルーナは「そうか」と答えた。知り合い同士である以上、こういう展開は予想できていたのかもしれない。
「……魔力が途切れたため、森のモンスター達も消えたようだ。もう出現することもないだろう。騎士達も塔を上がっている。後の処理は彼らに任せればいい」
「そっか……俺達は戻っていいのか」
「ああ」
こちらの質問に答えると、ルルーナは笑った。
「戻るとしよう……凱旋だな」
戦いのことをルルーナ達を話し合いつつ塔を下りる。外に出た瞬間、その場にいた騎士や勇者達から歓声が上がった。
気付けば攻略に参加していた面々のほとんどがここに来ているようだった。シュウに対する対策を行っていたフロディアやロサナ。さらにリュハンやアクアにナーゲンの姿もあった。
俺達は一度互いに顔を見合わせる。その後なぜか俺とセシルを先頭にして歩き出した。
騎士や勇者達が俺達を称える中で、フロディア達に近づく。そして、
「無事で良かった」
フロディアの言葉。
「これでようやく、魔王との戦いに挑んでいた英雄としての称号を下ろすことができるかもしれないな」
「……え?」
聞き返すと、フロディアは笑う。
「現魔王を倒し、さらに先代魔王の力を持つ人物を倒し大陸の崩壊を食い止めた。その活躍は私達が行った戦争と規模は違えど、功績は同じだと考えていいだろう」
「つまり、僕らが新たな英雄というわけか」
セシルが言う。その目は嬉々としている。
「そんなところだ。その中で特に大きい功績なのは――」
「当然レンと、その仲間達だな」
ルルーナが言う。すると彼女はフロディアと目を合わせた。
何やらアイコンタクトをしている模様。一体――考えている間に、ルルーナが口を大きく開けた。
「騎士よ! 勇者よ! 聞け! 此度の戦いでその実力を見せつけた新生代の戦士の名を!」
声と共に周囲の騎士や勇者達が叫ぶ。い、一体何が始まるんだ?
「まず筆頭に上げられるのは、闘士セシル! 此度の戦いで最前線に立ち、魔王に匹敵する剣士と互角に渡り合い、戦局を大いに傾けた!」
「大袈裟だなぁ」
セシルが言う。けれどルルーナの声に反応して周囲の面々は騒ぎ始めた。
「続いて騎士ノディ! 内に眠る力を用いこの戦いの重要な局面に対処! その武勇は騎士随一と呼んでも差し支えないだろう!」
「う、うーん……そうかな?」
「そうでないと思うなら、そうなるよう頑張るしかないな」
セシルが言う。ノディは苦笑しつつも、今回の戦いで役に立てたことが嬉しい様子。
「加え勇者グレン! 先にあった魔王アルーゼンとの戦いにおいて最初に一撃を与えた者……! それによって私達は魔王に勝てたと言ってもいい!」
「ずいぶんと壮大だな」
「まあ事実だし」
ノディが横槍。するとグレンは肩をすくめた……が、悪い気はしないらしい。
「続いて勇者アキ! かの者は他大陸の人間ながらこの戦いで敵幹部と互角に戦い、さらに塔に迫ろうとする魔物達を例外なく殲滅した!」
「なんだか、最後まで付き合えなくてゴメン」
「構わないさ。それに、もし塔の前で守ってくれなかったら、俺達だってどうなっていたかわからない」
俺が返答するとアキは笑う。
「さらに勇者フィクハ! 魔王アルーゼンの能力を打ち破った他、この戦いでも敵の目論見を食い止め、決着の時間を生み出した。その魔法技術は、英雄フロディアとも並ぶだろう!」
「並んでいるとは思えないけど、まあそうなるよう頑張るよ」
謙遜しつつフィクハが言う。けれどルルーナの語った通り、彼女がいなければアルーゼンにも、ラキにも勝てなかっただろう。
「そして魔法使いリミナ! 勇者レンの従士にして、フィクハと共に前線で戦い続けた当代きっての魔法使いだ!」
「……な、なんだか恥ずかしいですね」
照れ笑い。こちらが目をやると、彼女は笑い返した。
「最後の一人……この場にいる者達なら誰もがその名を知っている。魔王アルーゼンを倒し、大陸の崩壊を止めた勇者レン……今この時をもって、この名は永遠に語り継がれるものとなるだろう!」
歓声。誰もが俺達を称える声であり、俺は声を一身に受けながら空を見上げる。
ラキが言った通り、どこまでも綺麗な青空だった。ずっと見ていると吸い込まれそうな色。先ほどまでの俺ならそれを見て悲しくなったりしたかもしれないが、今は違う。
「レン」
セシルが言う。俺は首を向け、
「歓声に応じた方がいいんじゃないか?」
――それに俺はすぐさま頷く。どうすればいいかなんて最初わからなかったけれど、俺は剣を抜くとそれを綺麗な空へ向け掲げて見せた。
さらに大きくなる歓声。それと共に太陽の光によって聖剣の刀身が白銀に輝く。
きっと俺は、ルルーナの言葉通り語り継がれる存在となったのかもしれない……ただがむしゃらに戦ってきた結果だから正直まだピンと来ないけれど。
他の仲間達を見る。全員が一様に俺に笑みを向けていた。だから俺は笑い返す。それと同時に、戦いが終わったんだと実感した。
――こうして、俺がこの世界に来てからの長い戦いが終わりを告げた。
戦いは終わりましたが、物語はもう少しだけ続きます。