勇者への言葉
「……僕の、負けだね」
ラキが崩れ落ち、あおむけとなって地面に倒れる。気付けば鳴動していた魔力は消えていた。
振り返る。フィクハがへたり込んでいてリミナが肩でそれを支えるような状況。けれどフィクハは俺に頷いて見せた。魔法の発動は阻止した――そういう意味合いだ。
視線を戻す。セシルがラキの横に立ち動き出さないかを注視している。
「最後は……フィクハさんやリミナさんにしてやられたのかな。あれさえなければ魔法は発動していた。やっぱり、君達は最強の相手だったよ」
「何か、言い残すことはあるか?」
セシルが問う。するとラキは小さく笑い、
「まだ、やり残したことがある……それまで僕の体がもってくれればいいけどね」
セシルが剣を構えようとする。だがラキは剣を投げ捨て右腕をかざしそれを制すると、左腕で懐を探り、ティルデ達の魂が眠るペンダントを取り出した。
「……きっと、怒るだろうな」
ラキが呟く。まさか、と思った次の瞬間、左腕から魔力が発せられた。
左腕に魔力を保持し弾けてしまったが、全てなくなったわけではない……セシルが何事かと剣を突き立てようとするが、それよりも先に魔法が完成してしまった。
ペンダントが壊れる。それと共に周囲に魔力が満ち――
『……ふむ、こういう結末となったか』
男性の声。気付けば俺の正面に、先ほど戦ったシュウが立っていた。
けれど、それは幽霊のように半透明で、今にも消えかかりそうな雰囲気。
「シュウさん。あなたは――」
『ラキ君が魔法を行使したら、すぐさま私も復活できるよう手筈を整えていただけだ。しかし……』
と、シュウは地面に倒れるラキを見据える。
『……やられたな』
「申し訳ありません」
『こういう結末も覚悟の上だったはずだ。結局、私達は届かなかった。残念だが、認めるしかないな』
目の前で喋るシュウは、魔に侵された狂気は一切なかった。ひどく冷静に、彼は俺へと視線を向ける。
『……言いたいことは色々あるだろうが、消えゆく前に遺言を残しておかなければいけないな。フィクハ』
言葉に、後方にいたフィクハがリミナに支えられながら返事と共に近づいてくる。
『屋敷の管理は、以後フィクハに任せる。荷が重いと感じたのならば、国に管理を明け渡してもいい。だが、きちんと書物などを管理することを条件にしてくれよ』
「……わかりました」
悲しそうに受け答えするフィクハ。素の――助手をしていた時のシュウであるのを感じ取ったか、泣きそうな顔をする。
『そんな顔をするな。私の行動を止めたフィクハは、間違っていなかった』
「……本心では、こうした行動をすることは望んでいなかったと?」
『そう断言することはできない。けれど、こうして残り少なくなった命を鑑みた時、愚かな行為をしていたのではと思うのもまた事実』
次いで、ラキを見る。
『ラキ君には悪いけどね』
「……僕も自覚はありましたから」
笑うラキ。結局彼らは、罪悪感に苛まれながらも自分の手を止めることができなかったということか。
『まあいい……私から言えることはあまりない。ああ、だが一つだけ――』
そう言った後シュウが発言した言葉は――間違いなく、リミナ達には理解できないものだっただろう。
「……え?」
フィクハが聞き返す。セシルやリミナもシュウが告げた言葉の意味を、理解できなかったはずだ。
けれど、俺は違った。彼は――
『レン君』
そしてシュウは、俺の名を呼ぶ。
『彼の事を、頼んでもいいか?』
「シュウさん、あなたは……」
「気掛かりといえば、そのくらいだろうな」
シュウは一方的に告げた後、次第にその姿が薄くなっていく。
言いたいことはいくらでもあった……少なくともこの戦いが始まるまでは頭に浮かんでいた。けれど、こうして消えようとしている時、何一つ口にできなかった。
結局何も言う事ができないまま……彼の姿が消えた。残された俺達はしばし無言で佇み、そして、
またも気配。そして同時にラキが、笑った。
直後、何が起こったのか理解する。目の前に……俺にとって夢でしか見たことのない二人が現れた。
「これは……」
「僕の魔力で生み出したんだ。文句は言わせないさ」
ラキが言う……シュウと同様半透明でありながら、目の前には夢で見たティルデとエルザの姿があった。
『……ラキ』
エルザがラキの所に駆け寄り、膝をつく。
『ごめんなさい……私のせいで……』
「エルザのせいじゃない。あの場で君が死んでいなくとも、僕はティルデさんを生き返らせるために行動していたはずだ……エルザだってそうだろう?」
エルザは何も答えない。その間にティルデはひどく悲しそうに、笑みを浮かべた。
「……ティルデさん」
俺は目の前の……先代魔王であるティルデに口を開く。すると、
『……あなたのことは、ラキを通して見ていました』
ティルデが話す……俺が勇者レンそのものでないことは理解している様子。いや、俺に夢を見させていたんだ。当然だろう。
『同時に、あなたに礼を。こうして大陸の危機を防いだことについて』
「いえ……」
なぜか俺は首を振る。わかっている。それが正しいことであるのはティルデに言われなくてもわかっている。
けれど――
『ラキ、どのような形であれ、きっとあなたはこんな風に私やエルザを蘇らそうとしたのでしょう』
「咎められるのは、覚悟の上だったよ」
『……魂だけになった後も、後悔ばかりが胸にあった。アレスが死に……そして、今こうして終わりを迎えようとしている』
もし肉体があったのなら、彼女は泣いていたのかもしれない。けれど実体のない彼女からは、一滴すら零れなかった。
『……こちらの世界のレンに、伝えてもらいたいことがあります』
ティルデが言う。俺は無言で頷き、彼女の言葉を聞く。
『先立つことを許して欲しいのと……後は、後悔しない人生を送って欲しいと』
「きちんと、伝えます」
答えると、彼女は笑い掛けた。消えてしまう――そう感じた俺は、咄嗟に言葉を出した。
「レンはあなたと共に過ごせて間違いなく幸せだったと思います。だから――」
『ありがとう』
ティルデは笑う。そして、
『身勝手かもしれないけれど、私は幸せな記憶を胸に、消えることにします。本当に、ありがとう』
その姿が一瞬で消える。息を呑んだ直後、今度はエルザが俺に視線を向けた。
『……レン』
「俺は――」
『わかっている。けれど、私からもお礼を言わせて欲しい』
エルザは語る。そして彼女はリミナへと首を向けた。
『リミナさん』
「は、はい」
『あなたという存在がいたことで、この世界のレンは救われたはず……そしてレン。こちらの世界に偶然やって来たにも関わらず、こうしてラキの暴走を止めてくれた。本当に、ありがとう』
消えようとする。ただ俺はそれを黙って見送った。未練がましい言葉はいらない……こうして、少しだけでも会話できただけで十分だ。
二人の存在があっという間に消え、塔の魔力も完全に消滅した。戦いが終わり、色々思う所はあるけれど……ともかく、この大陸は救われた。
「……レン」
そして倒れたままのラキが声を発する。思い残すことはない……そういう顔だった。
「ひどく身勝手な僕の行動に付き合ってくれて、ありがとう」
「……まったくだな」
俺は苦笑する。するとラキはこちらに微笑し、
「もし、こちらの世界にいたレンと出会ったら、伝えて欲しい」
前置きをして、彼は話し始めた。