最後の剣
聖剣を握る手から伝わってくる確かな手応え。それと同時にラキの体には、左肩から腹部にかけて傷が走り鮮血も生じた。
「――なるほど、ね」
ラキは一気に後退し、俺達を見据え納得したように呟く。
「足元を破壊できるのを確かめた後、それを悟られないように剣戟の嵐によって僕を押し留めたわけか」
言葉は極めて冷静……だが、その出血は決して小さくない。
「これを、前もって計画していたのかい?」
「――打ち合わせていただけだ」
答えたのは、セシル。
「といっても大したことじゃない。リミナさんが残ることだけはほぼ確定だったろうから、残った戦士の誰かが食い止め、足場を崩す……事前に示し合わせたのは、それだけだ」
「……レンは知っている様子じゃなかったけど?」
「レンはこういう駆け引き上手くなさそうだったからね」
……俺は苦笑する。とはいえ事前に話をされていたら、変に意識していたかもしれない。
「もうちょっとお前が人間をやめていたら、勝負は別の所にあったとは思うよ」
「人間を?」
「例えば魔王アルーゼンのように人間が用いるものとは異なる能力を所持していたら、こんなことをしても意味はなかっただろう。シュウの力を得ても最後は剣術に頼った……それが、一番の敗因だ」
セシルの言葉に、ラキは納得したように頷いて見せる。
「なるほど、ね。確かにそれは理解できるよ……純粋な剣術勝負に持ち込まれれば、あなたに勝つことはできなかったかもしれない」
ラキは笑う。その間も、出血は生じている。
「確かに、僕とシュウさんは最後の最後まで人間を捨てるということをどこか敬遠していた……それは明確な事実だ」
「人間である以上、それだけの怪我を負えば動きは鈍るでしょう」
リミナが告げる。それにはラキも頷いた。
「まずは、魔法を止めてください」
「もし止めたら、僕の事は見逃すのかい? できない以上、僕はもう止まることはできないな」
告げた直後、ラキは歯を食いしばる。
「確かに君達の作戦で僕は窮地に立たされた。だが、僕はまだ負けていない!」
叫ぶと同時に彼の左腕から魔力が迸る。魔法はまだ完全ではないはずだ。だがそれでも、この状況では負けると踏んで、魔王復活の賭けに出た。
俺はそれに対しすかさずラキへ踏み込む。すると彼は来い、とでも言わんばかりに視線を向けた。
俺に選択肢はないと言ってもよかった。このまま魔王復活の魔法が発動すれば、大陸が崩壊する。
間合いに踏み込んだ瞬間、ラキが襲い掛かる。出血し、なおかつ魔力が発せられる左腕はほとんど動いていない――その状況下で、恐ろしい程の鋭さを持った斬撃だった。
自動防御の『時雨』を発動させる余裕すらなかった。一度目は防いだが、二度目は完全に弾けなかった。左腕を浅く斬られ、痛みが一時俺の体を走り抜ける。
だが――負けられないという思考がその痛みを感じなくさせ、横薙ぎを放った。
今度はセシルが援護に入る。ラキが防ごうとした剣を的確に弾き、反撃のスペースを作る。そして二度目の直撃。傷が横に入り、ラキはそれでも笑みを見せる。
確実に死へと近づいているはずだった。けれどその考えに反するように左腕の魔力はどんどん濃くなり、顔は喜悦に満ちていく。
終わりがないようにも感じられる。このままダメージを与え続けても無意味なのでは――そんな感覚を抱いた直後、俺はそれを振り払うかのように声を上げ、ラキへ突撃を仕掛ける。
彼も魔法発動までは耐えるつもりなのか、剣を構え直す。俺が放った剣を弾き反撃に転ずるが、それをセシルがカバーに入り事なきを得る。次いでリミナの放った槍がラキの傷口に触れる。それで動きが鈍ったりはしなかったが、痛みはあるのか少しばかりラキの表情が変化する。
効いているのか――そういう態度が見え隠れした時、俺は追撃をかけた。だが剣を振った瞬間ラキもこちらを見据えており、剣が薙がれた。
刹那、セシルがフォローを入れてくれたが今度は右腕を浅く斬られる。対するラキへの斬撃はまたも体に走る。彼の方が明らかにダメージが大きい。出血からいつ倒れてもおかしくない。
けれど、いつまでも立つことができるような錯覚を抱く……左腕の魔力が肥大しているため、そう感じてしまうのか。
その時、突如足元から魔力が鳴動する。これは、始まってしまったのか!?
「リミナ!」
そこへ、フィクハの声が飛んだ。呼ばれた彼女はすぐさま理解し後退する。
次の瞬間、鳴動していた魔力が急に落ち着き始めた。それは漏れ出ようとしている魔力をふたか何かで塞ごうとしているような感じであり――振り返らなくともわかった。フィクハが魔法を行使し食い止めている。
けれど人間の彼女ではすぐに限界が来る。だからリミナの魔力を活用してようと考えたわけだ。
「レン! 時間は稼ぐ! ラキを――」
「わかった!」
前に出る。少々の傷は構わない。ラキはシュウと同様こちらに怪我を負わせる手に出たようだが、構わず俺は前に出る。
ラキは迎え撃つ構え。そこへ間合いを詰め、さらに隣ではセシルが剣を振る。
斬撃の応酬が始まる。ラキは一本の剣で俺とセシル三本の剣を受けているが――負傷してさらに魔法を行使しようとしているような状況では、限界があった。
ラキの体に、幾重も斬撃が入る。セシルの剣戟は衝撃を与え一時ラキを動けなくする。そこへ容赦なく俺の剣が入り、さらに傷を増やす。
気付けば黒衣の上からでもわかるくらいに出血をしていた。俺が生み出した傷は体に足、腕にもある。さすがにラキも急所は避けていたようだが、そうした場所を庇ったがために負傷した傷もある。
限界は近いはずだった。けれど、ラキは耐え続ける。それは全て――目的を、ティルデとエルザを復活させるため。
「――まだだ!」
ラキが吠える。これまでに見たこともないような必死の形相。俺はそれを見て、悲しくなった。なぜこうなってしまったのか。間違いはどこから始まったのか――
考えながらも剣を振るう。最早ラキは立っていることすら限界のはずだ。けれど左腕の魔力は相変わらず解き放たれている。フィクハ達が堪えてはいるが、俺達だってギリギリのはずだ。
「レン!」
そこで、セシルの声が飛んだ。彼は苛烈な剣戟を繰り出し、俺に攻撃させるスペースを生み出す。
場所は――胸部。心臓を狙えということだ。
ラキは後退した。セシルの目論見に気付き――俺は、足を前に踏み出した。
「ラキ!」
声を上げる。同時に刺突を放ち、セシルが生み出したスペースへ通すように胸部を狙う。
ラキは避けようとしたはずだった。けれど後退だけでは限界があった。彼の身体能力に用いた魔力も、左腕に吸い取られてしまったのだろう。
魔法が完成していないために、自身の魔力で補おうとしたのだ。シュウの力を蓄えていたラキなら、その組み合わせで魔法を発動できると考えたのかもしれない。
刺突を放ったと同時、大地が鳴動するような感覚に襲われる。フィクハ達が耐えてはいるけど、それでも魔法が発動しようとする。
させない――俺は刺突で心臓を狙う。ラキはそれを防ごうとする。けれどセシルがそれを阻む。
「――レン」
そして俺は、ラキの声を聞いた。いや、それが本当に彼から発せられたものなのかは俺にもよくわからない。
だけど彼の表情はわかった。俺を見据え、笑う彼。
口が動く。声は聞こえなかったが――ありがとうと、言われた気がした。
刹那、聖剣がラキの心臓を貫く。そして左腕に保持していた魔力が、とうとう弾けた。