ある一つの真実
その後、襲撃者の残党は騎士達によって全て捕らえられた。
さらに屋敷をくまなく調べ上げ、他に敵がいないことも確認。黒衣の戦士を倒したことにより、事件は解決方向に進むこととなった。
「後は、敵の動機についてですね」
ルファーツから説明を受ける俺は、そう呟いた。
リミナを初めとして他の仲間達は、念の為王子の部屋でペンダントの護衛をしている。俺はと言えばルファーツから言われ、玄関ホールで待機していた。
「ええ」
こちらの発言に、ルファーツはやや言葉を濁しながら返事をする。
「そういえば一つ……どうも賊達は、洗脳されていたようです」
「洗脳?」
聞き返すと、ルファーツは一度大きく息を吐いてから答えた。
「賊を雇い、操って屋敷を襲撃していたということです。怖いものなしに王子の屋敷へ潜入していたのは、これが理由です。そして今回の件は間違いなくアークシェイドの仕業……ですが、実際その構成員だったのは黒衣の戦士一人だけだった、ということでしょう」
「単独行動、ですか?」
「だと思われます」
ますます疑問が生じる……ただ黒衣の戦士自身の目的のためにやっていたのかもしれないので、これ以上語らないことにする。
「それで、俺達はこれからどうすれば?」
ここで話を変える。ひとまず護衛の任は達成した。色々あったが期間としては丸一日ほどだったので、多少拍子抜けではあるが。
「黒衣の戦士を捕らえた以上、これで終わりでしょう」
ルファーツは断定した……が、表情は晴れない。
「残っているのは残務処理だけですが……」
「どうしましたか?」
ここに至り、俺は彼に疑問を呈する。
「何か気になる点が?」
「……それは」
彼が応じた時、一人の兵士がこちらに近寄ってくる。
「騎士ルファーツ」
「……ん、ああ」
「王子がお呼びです……それと」
兵士は視線を俺へと移す。
「勇者レン様も、王子の所へ」
「わかりました」
承諾し、俺とルファーツは階段を上り、二階を進む。
廊下の途中で、車椅子に乗った王子が待ち構えていた。
「王子」
ルファーツがすぐさま背後に回り、車椅子を押し始める。
「広間まで……勇者殿も」
「はい」
頷き歩き始めると同時に、両者の顔を確認する。
双方とも事件が解決したというのに、良い顔をしていない。
「一つ、勇者殿に言っておかなければなりません」
移動する最中、王子が俺に声を掛ける。
「この事件、一応の解決を見ました……後は黒衣の戦士の正体を探り、賊を罰し終了になるかと思います」
「そうですね」
「しかし、これはあくまで事件の表層部分でしかありません」
きっぱりと語るその言葉に――俺は、眉をひそめる。
「表層部分、とは?」
「事件は解決しているようで、実の所根本的なことは何一つ解決できていません」
「アークシェイドのこと、ですか?」
「はい」
王子は明瞭に答える。
「そして、そうなってしまったのは……私に責任の一端があります」
責任? 俺が疑問に思った時、広間に辿り着いた。そこは舞踏場の真上に位置する場所。
「開けます」
ルファーツは言って車椅子から離れ、扉に手を掛ける。
彼の手によって扉が開かれ、室内が姿を現す――
「どうも、フェディウス王子」
声が、聞こえた。
見ると、部屋の中央にはエンスの姿――途端に、何かが異常であると悟る。
「そしてレン殿……どうも」
さらにこちらへ挨拶をする。俺は小さく頷きつつ、エンスを改めて観察した。
初対面の時と格好は変わっていない。黒い執務服に腰にはサーベル。だが、銀髪の髪を僅かに揺らす相手を見て、異常性を感じた。
何か――黒衣の戦士と出会った時とも違う、異質な雰囲気。今までどうやって隠していたのかと思う程の、圧倒的な気配。
それを目の当たりにして、王子に解答を訊かずとも相手がどういう存在であるのか理解した。
「お前も……アークシェイドなのか?」
俺の質問にエンスは微笑を浮かべ、懐から何かを取り出した。
それは金色の懐中時計。その蓋の部分には真紅の色合いをした紋章――六芒星の中央に十字を刻んだ、アークシェイドの紋章。
「ええ。この度は身内が騒いでしまい、申し訳ありません」
にこやかに答えるエンス。
俺は雰囲気の飲まれ納得せざるを得なかったが、疑問符ばかりが頭に浮かぶ。
「さて、王子……取引通り事情を話しましょう。お入りください」
エンスが言う。ルファーツが再度王子の車椅子を押し、中へ入る。
遅れて俺が入ると、彼は手をかざした。
「閉じろ」
瞬間、背後のドアが魔法により閉まる。
「さて、どこから話すべきでしょうか」
エンスは呟く。俺は王子とルファーツへ視線を送ると、共に警戒を露わにしていた。
なるほど、二人はこれを知っていたため、そういう顔をしていたのか。
対するエンスは、俺達が纏う空気を一切気に掛けず、提案をする。
「あ、ですが事情を知らないレン殿もいます……まずは、経緯を――」
「そこは、私が話します」
王子がエンスの言葉に応じ、俺へ口を開いた。
「勇者殿……最初、このことは公にできないとお話したかと思います……無論、先に話した理由も十二分にありますが、エンスがアークシェイドであるという推測が、そうさせていた部分もあります」
「推測、ですか」
「はい……私がそうだと知ったのは、ルファーツからの報告です。気配を断つ魔法道具を渡し調査していた時、エンスが屋敷の警備にかこつけ窓を開錠しているのを見たことからでした」
「上手く誤魔化していたつもりでしたが、魔法道具を使われてはこちらもお手上げだったというわけです」
エンスが肩をすくめる。対する王子はトーンを変えないまま、話を続ける。
「黒衣の戦士がアークシェイドであるとその時点で認識していたため、エンスが手引きをして屋敷へ進入していたのがわかりました……しかし、ここで疑問が生じた。私の命を狙うなら、エンス一人で事を起こすだけで十分でしょう。それをしないのは、他に目的があるからではないか……そういう結論に達したわけです」
王子は一度言葉を区切り、エンスを見据えながらなおも語る。
「ですが、そこからの詳細まではわからなかった。しかも絶えず襲撃を受ける以上、警戒を怠ってはならない。加えてクーデタによる可能性を考慮し、信用のおける人物によって人を探し……勇者殿に行き着いたわけです」
「……そう、ですか」
俺は王子とエンスを交互に見ながら相槌を打つ。どうやら両者の間で、策を巡らせていたようだ。
「そして私は……黒衣の戦士だけではなく、エンスも捕らえるようルファーツにお願いした。昨夜の時点で敵の目的がわかり、このまま罠にはめようとしていたのですが――」
「察知した私が、取引をしたわけです」
続きを、今度はエンスが話す。
「私の安全を保障し、事情を話す代わりに、黒衣の戦士……彼の名はジャークといいますが、彼を確実に捕らえる策に協力する」
「……本来なら、ここであなたを捕らえるべきでしょうが」
と、王子はじっとエンスに視線を送りつつ、言う。
「取引には、従いましょう」
「ありがとうございます」
エンスは優雅に一礼し――ゆっくりと、語り始めた。
「さて、色々と疑問に思う所はあるでしょう。その一切をこの場でお話致します。そしてできれば――」
と、エンスは俺に視線を移す。
「――彼らの野望を止めてもらいかと、思います」
「……何?」
野望を止める? 彼らというのは黒衣の戦士を含む、アークシェイドのことだろう。なぜ同じ組織の人間がそう話すのか――
「アークシェイドも、一枚岩ではないということですよ」
俺の心の疑問にエンスは答える。そして一拍置いてから、説明を始めた――