英雄の戦い
ルルーナ達五人に迫られてもシュウは一時動かなかった。だが間合いに迫ってきた段階で――彼はその体を傾ける。
横に逃れるつもりか。だが真正面から迫るルルーナやカインの横にはセシルやグレンの姿もある。とてもじゃないが逃げられるような状況では――考えた矢先、
シュウの右手に、光が集まる。魔法か、それとも剣でも生み出すのか。
そこへ、ルルーナが先陣を切った。魔王アルーゼンに対抗できた一撃。しかしシュウはそれを光が収束していく右腕で弾く。
「接近戦対策か?」
ルルーナの言葉と共に、カインとセシルが同時に斬りかかる。その後方にはノディとグレンがいる。逃げられない――その時、
「最早君達は、私を滅ぼす力を有している」
シュウは後退した。同時に右腕を掲げ、それを振り下ろす。
光が拡散する。光熱波かそれとも……考える間にルルーナ達はそれを避ける。剣で打ち払えるらしく、後続のノディやグレン達も光を上手く捌き、全員無事に対処した。
一方のシュウは壁際まで寄っており、ルルーナ達に追い込まれたかのように見える。
「加え、私自身先代魔王の力を宿しているとはいえ……完全というわけではない。そもそも先代魔王そのものになることはできないし、ましてや人間の身で魔王アルーゼンに近づけるわけでもない」
「何が言いたい?」
ルルーナが問う。今にも飛び掛かりそうな雰囲気だが、シュウが発する気配に何かを感じ取ったか、様子を窺っている。
「さらに、フロディア達のアシストも効いている……この塔の能力を使い君達に対する結界を構築しようとしたが、結局できなかった。やはり英雄……いや、魔法使いであることにおいては、フロディアは私を上回っていると言ってもいいだろう」
ルルーナは剣を構える。悠長に喋り時間稼ぎでもするつもりかと思っているようだが――
「わかっているはずだ、ルルーナ。私の所へ踏み込むことはできないと」
シュウが述べる。それに対し俺は彼を凝視した。一体、どういう意味だ?
「ここにいるのは五人……普通に戦えば決着は、それほど経たずしてつくだろう。なにせ五人が全員私を滅する力を持っていると言ってもいい……だが、それはあくまで五人で仕掛けられたらの話」
「できない、とでも言いたいのか?」
カインが問う。言葉と共に踏み込もうとした様子だが――動かない。いや、動けないのか。
じっと目を凝らすと、気付くことができる……シュウの立っている壁際周辺には、何やら魔力が存在している。それはシュウのものでも、塔が発するものでもない。
「罠……か」
「こちらはどう立ち回ろうとも数が少ない以上、多数の敵と渡り合うための策が必要だった……だからこそ、準備しておいたという話さ」
シュウは語る……なるほど、罠を用意してそれを利用し時間稼ぎをしようという策なのか。
「さっきも言ったが、君達は以前……それこそ、聖剣を巡る戦いをした時とは状況が異なっている。誰もが私を滅する力を有し、なおかつ私は単独……至極単純な攻防で退散させられればそれにこしたことはないが、それができないと悟った結果の処置というわけだ」
シュウの言う通り、単純な攻防ならば剣を彼に突き立てられる可能性がある以上勝機もある。だが何が起こるかわからないような状況に陥った今は、対応を間違うと何もできず敗北する可能性だって考えられる。だからこそ、ルルーナ達は警戒している。
だが、動かなければ勝てない……現状、時間稼ぎはシュウ達の望むこと。俺達は魔王復活の魔法を使わせないようにラキの所まで行く必要があるため、ここで立ち止まってはいられない。シュウが待ち構えるのならば、いずれは仕掛けなければならない。
そう悟り、いち早く動き出したのは――カインだった。
一瞬にして、シュウとの間合いを詰める。瞬きをする間に彼はシュウへと向かい――
「言っておくが」
シュウが呟くと同時にカインの斬撃が放たれ――同時、彼の周囲が光に包まれた。
「罠といっても、床を踏んで発動するタイプとは限らないぞ」
空間が爆ぜる。声を上げそうになった時、カインが光から脱し元の位置へと戻った。
衣服は多少ながら爆破の余波を受けて汚れている。そしてシュウがそれを見て笑みを浮かべる。
「本来ならばこの広間全体に罠を張れれば良かったんだが、それをすると力が拡散するからな。だからこそこうして、壁際で最大限に罠の威力を発揮できるよう一部に張り巡らせてもらった」
「……面倒この上ないな、このやり方は」
ルルーナが吐き捨てるように告げる。するとそこで、
「これは……」
フィクハが呟いた。俺はそれに反応し、問い掛ける。
「どうした? 何かあったのか?」
「……ううん、もし私が考えた通りだとしても、シュウさんがああして戦う以上戦局に影響はない」
何を言っているのか……疑問を口にしようとしたが、寸前で再度カインが動き出した。
先ほどの罠は、おそらく一定の空間内に侵入すると罠が起動する仕組みだろうか。ともかくああした罠が待ち受けているとわかったため、カインとしても覚悟を決めて踏み込んだと言えるだろう。
次いでルルーナが動く。遅れてノディやセシルが動こうとして――突如、カイン正面の空間がまたも爆発した。
傍から見て奇妙な光景――けれど今度は強引に突破した。光を抜けたカインは、そのまま力技で接近しシュウに対し剣を振り下ろす。
しかし、
「さすがだが、そんな簡単に突破されるような構成にはしていないさ」
シュウが言う。カインが振り下ろした剣は、ギリギリ到達しない。
何か仕掛けたということか――だが爆発など見た目でわからないため、遠目からは何をされたのか確認できない。
カインは一度後退する。続けざまにルルーナが横薙ぎを放つが、それもシュウに到達するギリギリを通過し、当たらない。
「――なるほど」
だがルルーナは何をされたのか理解したらしく、声を上げた。
「セシル達、一度下がれ」
攻撃を行おうとしていた残りの三人へ告げる。するとセシル達は即座に指示に従って引き下がった。
「罠、というよりその壁面辺りに何か仕込んだな?」
「さすがルルーナだ……剣を振った直後何をされたのかは理解できたはずだ」
「――斥力でも操っているのか」
ルルーナが問う。するとシュウは笑みを浮かべた。
「さすがに結界で身を固めている君達をこれで殺すことはできない……が、衝撃は殺せない。こちらは時間を稼ぐだけでいいわけだから、刃を届かせないよう無理矢理後退させればいいというわけだ」
――ここで俺は、疑問に感じた。
シュウの主張はもっともだ。単純な戦いを行うよりもこうして時間稼ぎに終始する方が明らかにメリットがあるのは事実。戦えば滅ぼされる可能性があることを考慮すれば、納得がいく点もある。
だが、違和感があった。何が、とまでは言えないが、それでもこの戦いは変だと思った。
フィクハはその辺りのことを察したのだろうか……俺はなおもルルーナ達の戦いを観察する。おそらく仲間達の誰もが、シュウと出会えば死闘になると思っていただろう。しかし実際は罠を張り巡らせ待ち構える、派手さのない極めて静かな戦い。これが果たして何を意味するのか――俺は、じっと戦いの行く末を観察し続けた。