待ち受ける存在
まず扉が開いた瞬間に感じたのは、冷気。凄まじい魔力により、底冷えするような感覚に襲われた。
そして入口周辺は、フロアを照らす最低限の明かりがあるだけで、基本何も存在していない。石床の無骨な広間がそこには存在していた。
「魔物や悪魔は、いないみたいだね」
セシルが呟く。それと共にカインが先行し、静かに塔の中へと入っていく。
「フィクハ、グレン、ノディ。三人は後方を固めろ」
ルルーナが指示をする。同時に彼女はカインやセシルのように前に出る。
俺は言われなくともわかっていた。なおかつ呼ばれなかったリミナも同じように動き、真ん中に立つ。
そうして塔の中へ。魔力が不気味なくらい存在している以外は、何も気配がない。石造りの室内は明かりで照らされていてひどく無機質で、人工物であることが嫌と言う程認識させられる。
「階段があるな……時間もない。進むぞ」
ルルーナは部屋の隅に階段を見つける。塔の内周に沿って螺旋階段が形成されているようだった。
前を歩くカイン達は周囲を警戒しながら階段へと進む……中に入っても魔物が出現する気配がない。罠の一つくらいあってもよさそうなものだが、それすらないことを考えると、塔の機能を利用するためにわざとそうしたものを設置していないということなのだろうか……楽観的な考えさえ浮かんだ時、カインを先頭にして階段を上り始めた。
靴音が嫌に響く。緊張感が周囲を取り巻き、今にも悪魔が仕掛けてきそうな雰囲気が漂う。けれど俺達が発する物音以外には何も聞こえず、濃密な魔力とは反し敵が現れることはない。
そうして俺達は階段を上がった。最上階というわけではなく、おそらくどこかに別の階段があるはずだが。
先に進むと今度は扉。カインが開けると、そこは入口の扉をくぐった時と同じような広い空間が広がっていた。さらにその部屋にはまた階段が。
ここで俺は構造を理解する。各フロアに大きな部屋があり、そこから上へと進んでいく……魔物の気配はまったくないため、俺達は無言でなおも進む。ただし下にいた時よりも魔力は濃くなっている気がした。これからさらに重くなるのだろう。
さらにフロアを進む。階段を上ればまたも扉。開ければ広間と階段。それが数度繰り返され……何もないことがひどく不気味だった。
「ここに罠を仕込んでおく時間はあったはずだが」
ルルーナが口にする。誰もが疑問に感じていること。とはいえ真相はシュウ達しか知らない。
さらに階段を進む。この時点で塔の下層部は抜けたと思う。中層か、もしくは上層部か……ともかく、敵の攻撃など一切なくここまでこれた。
もしや、シュウとラキは最上階で待ち構えているということか……どこで魔王を復活させる魔法を使うのかわからないが、少なくとも上に行けば行くほど魔力が濃くなっているので、普通に考えれば最上階のはずだ。となると、シュウ達はそこにいるはずだ。
そんな予想をしつつまたも扉の前に立ち――そこで、
「気配が……」
カインが小さく呟いた。俺にも理解できた。どうやらいよいよ敵が現れるらしい。
ただ、その気配は周囲の濃密な魔力によってどういった存在かを特定できない。魔力の濃さは戦闘する分には問題ないが、索敵なんかをする場合は支障が出るレベルに達していた。カインやルルーナは互いに目を合わせ一時どうするか迷ったようだが……やがて、カインが扉を開けた。
そして、見えたのは――
「来たか」
男性の声――それに、俺達は一同瞠目する。
「な――」
「私がここにいては何か問題があるのか?」
問い掛けた相手――黒衣のシュウは、両手を広げて俺達を出迎えるように微笑を浮かべていた。
その様子に俺は彼を凝視する……シュウが、ここにいる? となれば、最上階には――
「君達の考えている通り、最上階にはラキ君が待っている。彼を止めなければ、目的は果たせないぞ?」
「……まさか、そちらが門番とはな」
ルルーナは表情を戻しつつ、シュウへと告げる。
「となれば、ここにいる以上主役はラキの方というわけか」
「魔王城でも話したはずだ。私はラキ君の目的を叶えるために動いていると。当然、私が主役ではない」
「そうか……まあ、二人同時に仕掛けてこないだけマシと思おう」
ルルーナは言うと、部屋に隅にある階段に目を向ける。するとシュウは視線を察し、発言した。
「言っておくが、簡単に行くことができるとは思わないことだ。というより」
シュウは階段に目を向ける。俺も合わせて視線を向けると……何か、塔に存在するものとは別の魔力の存在を感じ取った。
「階段の入口には強固な結界を張ってある。私が術を制御しているのため、突破するには私を倒さないといけない」
「……わかり易くてよいとだけ言っておこう」
ルルーナは肩をすくめ、剣を構えた。
「色々聞きたいこともあったが、結局時間もないからご破算だ。まったく、お前にはとことん裏をかかれるな」
「それが狙いだからな」
「だが、それもここで終わりだよ」
カインが言う、先頭に立っていたルルーナ、セシル、カインの三人が合わせて前に出る。
続けざまに、グレンとノディも前に出る。フィクハは俺の隣に立ち、リミナも槍を構えつつも動かず、事の推移を見守るような構え。
俺が足を踏み出そうとすれば、他の皆に止められるだろう……となれば、戦うのは前に出た五人だ。こちらは数で圧倒的なわけだが、相手はシュウ。これでも足りないのではと思ってしまうくらいに、不安に思う。
「……レン君は戦わないのか。残念だ」
シュウが述べる。それに対しルルーナが肩をすくめ、
「お前は、私達だけで十分だということだ」
「本当にそうなのかどうかは、実際に戦ってみればわかることだ……とはいえ、魔王を滅する力を所持する人間がいる以上、レン君を抜きにしても十分私を倒すことはできるだろう。だが」
告げると、シュウは体に魔力をまとわせ始めた。
「私も、そう簡単にやられるわけにはいかないからな」
「今まで、どこまで裏をかき続けてきたそのお返しをしようじゃないか」
セシルが冗談めかしく言うと、シュウは笑う。
「確か、フロディア達が対策を行っているのだったか。実際私はこの塔の力を利用した固有結界は使えない……うん、今までとは違い私を仕留めることができるのは間違いないな」
語った後、シュウは小さく息を吐く。
「予定の内とはいえ、やはりこうしたリスクを取る必要があるというのは、大層面倒だな」
「面倒、か。恐怖はないのだな」
ルルーナが言及。対するシュウは笑みを見せ、
「私自身魔王の力を得て死というものに恐怖したことはないな」
「それは良いのか? 悪いのか?」
「感覚が麻痺しているというだけだろう。きっと死ぬ寸前となれば、死にたくないと思うだろうさ」
――会話をする間に、ルルーナ達は飛び掛かるような態勢を整える。おそらく今の会話の中で動けるようならそうしていたのだろう。けれど、シュウは自然体でありながら隙がない。
彼の魔法をまともに食らえば無事では済まない。だから最大限の警戒をしなければならないが――時間もあまり残されていない。
「……では、始めるとするか」
シュウが言う。同時に足で軽く床を叩くと、ギギギ、と後方にある扉が閉まった。
「決着をつけよう……この計画を止められるものなら止めてみたまえ」
「――望むところ」
ルルーナが代表して答えた瞬間、五人は同時に走り出す――とうとう、英雄シュウとの戦いが始まった。