塔へ――
旋風の原因は魔法――風の魔法が、ミーシャに向かって奇襲同然に降り注ぐ。
直前まで俺も、おそらくセシルやノディも気付かなかった。けれどカインやルルーナは分かった上でミーシャと話していたのだろう。そしてこの風の魔法は……間違いなく、リミナのものだ。
ミーシャは突然の奇襲に対し瞠目し、防ぎにかかった。風が炸裂し、周辺に風が舞う。直撃した彼女の表情は苦痛で歪み、出血すら見られる。
なおかつ、その動きが大きく鈍った。おそらくミーシャの動きを制限するような効果を付与した魔法だ。
刹那、セシルとノディが動いた。次いで俺の背後にいたカインやルルーナも疾駆する。カイン達は恐るべき速度で、一瞬の内にセシル達に並んだ。この瞬発的な動きは、さすが現世代の戦士といったところだろう。
対するミーシャは四人の攻撃に対抗する必要があった。風の魔法によりまだ動きに制限がついている。なおかつ襲い掛かる四人は全てが手練れ――ミーシャは、覚悟を決めたようだった。
ならば誰かを道ずれに……そういう意図が、表情からわかった。
「――させないさ」
だがその決意を、カインはひどく冷静な声音で応じた。
ミーシャの腕が振られる。だがその攻撃を、カインとルルーナが息を合わせたかのような一閃により、相殺した。
次いでセシルとノディのミーシャへ剣戟を繰り出す。捨て身の攻撃に出ていたミーシャに二人の攻撃を受ける術はなく……まともに、攻撃を浴びた。
カインとルルーナは、最初から彼女の攻撃を受ける気で突撃したのだろう。そしてセシルとノディに攻撃を任せ――直後、
「――さすが、だな」
ミーシャの体が、傾く。
「だが、私のやるべきことは果たした……お前達がどう動こうとも、結末は変わらない」
「変えて見せるさ」
カインが言う。それにミーシャは微笑で応じ――地面に、倒れ伏した。
鮮血が地面を染める。魔王などは塵と化したが、彼女は肉体を維持しそのまま残っている……これは、
「彼女は本物の魔族であったが、人間に近しい存在になっていたようだな」
ルルーナが告げる。それに反応したのは、フィクハ。
「魔の力に侵食されたシュウさんに、何かしら取引を持ちかけたのかもね……魔族に関する情報を与える代わりに、自分の事を人間にしてくれと」
「なぜ……そんな事を?」
俺は訊くが、フィクハは首を左右に振った。
「わからない。けど、少なくともミーシャは人間に近しい存在となっていたのは事実……シュウさんに訊いてみてもいいけど、この状況では無理かもね」
フィクハは塔を見上げる。ズシリとした魔力はいつのまにか途切れていたが、それでも塔の機能が活性化しているのか、淡く魔力を感じ取ることができる。
その間に、左の茂みから人影。魔法を放ったリミナと、見慣れない騎士達。さらに、グレンの姿もあった。
「勇者様」
「リミナ、無事か?」
「はい、怪我はありません」
なら、よかった……思っていると、フィクハが発言した。
「塔は完全に起動した……急がないと」
「ああ……だが、この場にいる面々全員で踏み込むわけにはいかないのも事実」
ルルーナが言う。視線を向けると、彼女は手短に説明を始めた。
「私やカインは、まずモンスターを発生させていると思しきロノを探した。結果、途中でリミナとも合流し、彼を倒すことに成功した」
「けど、モンスターや悪魔は消えていないね」
セシルが言う。言葉通り、どこからかモンスターの雄叫びが聞こえる。
「ああ……ロノを倒せばそれで終わりかと思ったが、二段構えだったらしい。モンスターや悪魔はなおも出現し、さらに命令系統を失い無秩序にこちらに攻撃を仕掛けている。集団で攻めるようなことはなくなったが、森の中をバラバラに行動しているため、動きが読みづらく対処が面倒となった」
そこまで説明された直後、気配を感じ取る。これは悪魔の――
「そして、どうやら私達がここに来たことにより悪魔達も反応したようだ」
「塔に近寄る人間がいたら攻撃しろというわけか」
俺が述べると、ルルーナは首肯。
「今までバラバラに行動していた奴らが、塔の魔力に引き寄せられているのかもしれん……ともかく、ここに残って悪魔を倒す人間が必要だ」
「なら、それは俺が担当する」
マクロイドが手を上げた。フィクハの治療により怪我もだいぶよくなったようだ。
「治療したとはいえ、全快には程遠いからな……そっちの騎士と一緒に塔の周辺に出現した敵を倒そう」
「なら、私が援護を」
そして次に手を上げたのは、アキ。
「私はミーシャやエンスにも攻撃があまり効かなかったし……私の攻撃手段はシュウ達に読まれているはず。なら、ここで援護した方がいいでしょ」
「俺は構わないが……他は?」
「私も同意見だ」
マクロイドの質問にルルーナは賛同。
「塔に入った方が戦力に厚みが加わりいいかもしれないが、ここを抑えられなくなるのもまずい」
「俺って、そんなに信用ないか?」
「既にロノ、エンス、そしてミーシャというシュウの配下が消えた。だが、これまでのシュウの作戦上、三者が敗北した場合の対処法だってあるはずだ……というより、それを前提として策を組み立てているはず」
「なら、まずい状況になっても対応できるメンバーを組み込む必要があるということだ」
カインがルルーナに続いて話す。それにアキは頷いた。自分の役割は重要だと認識しているのだろう。
合わせて、これはアキの能力を評価していることを意味する――俺は「わかった」と告げ、
「では、そのような形で……ルルーナ、リュハンさんは見なかった?」
「彼は森の中で騎士や勇者達の統制を行っているのを目撃した。直にここに到着するかもしれないが、あまり悠長にもしていられないだろう」
となると、突入するのはこの場にいるメンバーか……俺とリミナにセシル、ノディ。フィクハとグレンに、カインとルルーナ。
最終的に、俺と共に戦い続けた面々が残る形となった。これは果たして偶然か、それともシュウの計画の内か――さすがに考え過ぎだとは思うが。
ともあれ、ここにいるのは魔王を倒した面々も含まれている。さらに魔王を滅する力を有するルルーナやグレンもいる……人数は少ないが、シュウ達を討てる面々であるのは間違いない。
「塔の機能が活性化した以上、いよいよ魔王を復活させる魔法を準備するはず。だが塔の機能を利用してそれを使用する場合、まだ時間を要する……しかし数時間以内には発動するだろう」
俺は塔を見上げる。不気味な魔力を湛えている塔……その最上階にシュウやラキはいるはずだ。
「ここが正念場だ……マクロイド、ここは任せた」
「ああ。お前達がシュウ達を倒すことを祈っているぜ」
言葉に俺達は全員頷き――塔へと、走り出した。
それと共に、魔物や悪魔が森の中から出現し始める。マクロイドが号令をかけ、さらにアキが使い魔を生み出すような魔力を背中越しに感じる。
俺は塔へ向かう途中でそれぞれの表情を窺った。セシルとグレンは厳しい表情ながら目的を遂行するべく引き締めた顔つき。フィクハは何か思う所があったか物憂げな顔を見せ――それもすぐに収まった。
ルルーナやカインは冷静さを保った雰囲気で、静かに覚悟を決めているような感じ。そしてノディは塔を見据え負けられない、という決意ある表情をしていた。
そして、リミナとは目が合った。すると彼女は微笑を浮かべる。大丈夫――そう俺に言い聞かせているような感じだった。
俺はそれに頷き返し――同時に塔に到達。指示を受けるわけでもなくセシルとカインが前に出て、入口である鉄扉を、開けた。




