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異世界で勇者をやることになりました  作者: 陽山純樹
勇者進撃編

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耐える理由

 魔族の魔力を持つノディは、言ってみれば普通の人間と比べミーシャやエンスに近しい存在。だからその似通った魔力の性質を利用して、攻撃を相殺し防御。効果のほどは、ノディが無傷であることからも証明できる。

 さらに、魔力の一点集中……こちらも確実に効果があったようで、エンスはずいぶんと負傷している。


「……さて」


 エンスの表情が変わる。先ほどまでの余裕が消え、何か決意を秘めたような眼差しを見せる。

 これはもしや――いよいよ正念場と、覚悟を決めたということか。


「ミーシャさん」

「ああ。わかっている」


 エンスの言葉に頷くミーシャ。何をするつもりなのか……疑問に思っていると、エンスが駆けた。

 それに合わせるようにミーシャも動く。先ほどのやり取りから考えておそらく何か策があるはず――セシルとノディも同じことを思っただろう。


 先んじて仕掛けたのはミーシャ。刺突は恐るべき速度ではあったがセシルはそれを弾くと反撃。そこでノディとエンスが交戦を開始。だが、エンスは最初の頃見せたような切れがない。

 体は限界に近いということなのだろう……察した直後、ノディの剣がエンスの剣を大きく弾いた。のけぞるまではいかなかったが、それでも確実に隙を作ることには成功。


 ノディがとどめを刺すべく前に出る。エンスは避ける素振りを見せない……いや、この場合は避けられないと解釈した方がいいだろう。セシルとミーシャはなおも交戦中であるため、援護はできない。ノディの刃はしかと、エンスに入る。

 だがそれでも、エンスは前に出る。自らの命と引き換えに、ノディを追い込むつもりか――


「させないわよ!」


 ここでアキの援護が入った。光の鞭が正確にエンスの剣を狙い、大きく弾いた。

 それはほんの僅かな隙――だがエンスの攻撃よりも、ノディの追撃の方が早く攻撃できるくらいの隙を作り出すことに成功した。


「――やはり、無理ですか」


 エンスの呟きが俺にははっきりと聞こえた。同時、彼はノディの剣をなおも受けながら、後退する。

 同時にミーシャが引き下がる。セシルは追撃を行おうとする素振りだったが、彼女が魔力を噴出したことにより足を一時止めた。


 ――それが、ミーシャに次の行動をさせる余裕を与えてしまった。


 彼女は即座にエンスに近寄り、そして、

 右腕がミーシャに向き直っていたエンスの胸部に突き刺された。


「――っ!?」


 俺達は一瞬硬直する。だが次の瞬間目論見を理解する。ミーシャの魔力が、さらに増幅していく。


「エンスの力を……!?」


 ――先ほどの言葉から、これは予定の内だったのだろう。もし死が近づけば誰かに力を与える――そうすることで、単独でも俺達を抑えられるという考えなのか。


「ミーシャさん、後は……」

「ああ。任務は遂行する」


 腕が抜かれ、エンスは倒れる。そしてその体は、塵となった。

 エンスもまた魔王に力によって人間をやめていた……それはわかる。そしてミーシャは――


「数は減ってしまったが、それでも不利な状況ではなさそうだな」


 ミーシャが述べる。顔は笑みに満ち、エンスの力を手に入れた高揚感が取り巻いているようだった。


「なるほどね……エンスが最早どうにもならないとわかったから、それを是正するために動いたというわけか」


 セシルは言葉を発しつつも、やり方が気に入らないのか肩を怒らせた。


「正直、僕としてはやって欲しくなかったよ」

「何とでも言えばいい……私達は、お前達さえ始末すればそれでいい」


 ミーシャはそう語り――駆けた。力を得たためか先ほど以上に速度がある――だが、セシルはそれに反応し、放たれた手刀を上手く弾いた。

 ノディが横から援護に回る。エンスを打ち破った一撃をミーシャに加えるべく振り下ろす。


 ミーシャはそれを腕で弾き返した――が、無傷ではないのか苦悶の声を上げた。


「なるほど、想像以上に厄介な技のようだな……!」


 ミーシャは声を荒げると同時に標的を彼女に変えようと動く。だがそれを、今度はセシルが制した。

 一歩進み出て彼は二刀流で怒涛の如く攻勢を仕掛ける。ミーシャはそこでセシルに再度目を向け――次の瞬間、回避に転じた。


 セシルの全力攻勢――彼女は未来予知という技法を持っているが、今回はそれを使用している気配がない。いや、もしかするとセシルがそれを前提で剣を振っているのかもしれない。ともかく、彼の全力は未来を察することができるミーシャでも対応に苦慮するようなものなのだとわかる。

 彼の攻撃を後退によって避けようとするミーシャ。だがそこへノディが迫る。限界まで力を高めた彼女の剣を、ミーシャは受けようか迷うような表情を見せた。


 追い込んだか――そう思った直後、周囲に変化が起こる。

 突如、ズシンとくるような魔力が、塔の方から感じられた。

「な……!?」


 それが何なのか――いち早く察したらしいフィクハは驚愕の声を上げた。次いでセシルやノディの動きが僅かに鈍り、ミーシャは虎口を脱することに成功する。


「……始まったか」


 ミーシャがセシル達と距離を置いて、呟く。始まった……まさか――


「お前達がどの程度予測していたのかはわからないが……いや、シュウ様の結界対策をしていた以上今以上に作戦を早めることはできなかったのかもしれんな。ともかく、こちらはもう塔の機能を発動させる最終段階に達したというわけだ」


 早過ぎる……! 俺は内心の驚愕と共に、塔から発せられる力を漠然と感じ取る。


「とはいえ、まだ時間は多少ある。もし私を手早く突破できたなら、勝機はあるかもしれないな」

「なるほど……だから、こうまでして耐えていたということか」


 セシルが呟く。対するミーシャは先ほどの余裕の無さとは一転、笑みを浮かべた。


「お前達に手はそう残されていないはずだ……さて、勇者レン。動くか?」


 それこそ敵の思う壺――だが、もし時間がないとわかれば――


「――焦るな」


 そこで、後方から声が聞こえた。聞き覚えのあるその声は――


「カイン……!」

「まだ時間はある。レン、ここは抑えろ」


 その言葉と共に姿を現したのは、カインと……ルルーナの姿。


「フロディアは塔の機能が活性化した後も、止める手だてはあると言っていた。塔の機能を発動させたら、今度は魔法を発動させる準備をする必要がある……数時間くらいの余裕はあるはず。まだ猶予は残されている」

「果たしてそれまでに到達できるか?」


 ミーシャが笑う。既に大勢は決したと言わんばかりの声色だった。


 味方は集まりつつある……だが、それでもシュウ達はこちらが想定していたよりも遥かに早く準備を済ませた。だからこそ、彼女は余裕の表情を見せているのかもしれない。


「戦士カイン、ルルーナ。確かに二人の登場により私の勝機はなくなったと考えていいだろう。だが、勝てなくとも負けることのない戦いをすればいいだけの話」

「なるほど、指摘はもっともだ。いかに単独とはいえ守勢に回った魔族……さらに別の人間の力を取り込んだ存在を相手にするのは骨が折れるのは確かだろう」


 認めるカイン。しかしその表情は決して悲観的ではない。


「塔の機能をこれほど早く掌握したことについては、多少なりとも想定していた。まだ最悪のケースではない」

「ならば、どうする?」


 ミーシャが問う。もしかかってくるならば刺し違えても――そんな気配すら滲ませる。

 対するカイン達は挑発に乗らなかった。


「――こうするんだよ」


 回答はそれ。一体何が――胸中呟いた時、俺から見て左――森から、突如旋風が吹き荒れた。


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