発展した技法
「フィクハ! マクロイドは任せた!」
セシルは言葉と共にノディと疾駆する。ミーシャとエンスはセシル達の動きを警戒し、それに合わせるようにアキもまた鞭を生み出し援護する構えを見せる。
その間にフィクハがマクロイドに駆け寄る。治癒魔法を発しようとしたところで、彼が口を開いた。
「やれやれ……セシルに任せるとは、今後の課題だな」
「課題って……」
「ま、それだけあいつが強くなったという意味もあるが……」
どこか褒めそやすような雰囲気も垣間見えた――直後、セシルがミーシャと打ち合いを開始する。彼女の拳に双剣は弾かれているが、それでもスピードを重視したセシルの剣戟を弾くだけで手一杯の様子。
エンスがそこへ割り込もうとするが、それをノディが阻んだ。二対二の状況となり数の優位性がなくなったミーシャ達は一転不利な状況に陥る……いや、そればかりではない。マクロイドを治療するフィクハの存在もある上、援護しようというアキの姿もある。状況は完全に俺達へ傾いている。このまま押し切る事ができれば――そういう考えが生まれたのは事実。
だが、ミーシャが発した魔力により――セシルが一気に押し返された。
「おっと……さすがに一筋縄じゃあいかないか」
後退するセシル。一方のノディとエンスは睨みあいの状況に陥り……一時、静寂が生まれた。
「……このまま時間が経過すれば、有利になるのは僕達だな?」
セシルが意見。それにミーシャは無言だったが、険しい顔をしたのは事実。
確かに、シュウ達は悪魔の援護があるわけだが、現状援軍が来ていない以上他で足止めを食らっていると考えた方がいいだろう。となるとミーシャ達にこれ以上味方が来る可能性は低そうな雰囲気。一方、俺達の方は仲間が駆けつける可能性は十分ある。なら時間稼ぎした方が有利になるのはこちらの方。
こちらにも時間制限は存在するが……正直仲間を待つだけの時間くらいは余裕があるだろうし、攻め込むことによって不利な状況になっているのはシュウ達だと言っても過言ではないだろう。
この辺り、シュウはどう考えているのか……そして、ミーシャ達に何か策があるのか。
「――塔の周辺に、罠らしきものはないわ」
そこで声を発したのは、フィクハ。彼女は右手で魔力を放出しマクロイドを治療しつつ、左手を地面に押し当てていた。
「もっとも、塔の機能をきちんと発動させるために、大きな罠を設置できなかったってことだろうけど」
「それがわかったからといって、どうにかなるようなものではないぞ」
ミーシャが告げる。エンスは剣を構え直し――出血はどうにかなくなっているが、傷は非常に痛々しい。
「なるほど、彼の言う通り時間が経過すれば私達が不利になるのは認めよう……だが、お前達なんぞ私達だけで十分だ」
「ですね」
エンスが同意。傷を受けながらも超然とする姿は、人間の器を飛び越しているように見えた。
いや、実際シュウから力をもらったことで人間を半分やめているのかもしれない……俺は無意識の内に剣を握り締め、仕掛けようかと足を踏み出しそうになる。
だがそれを、フィクハが制した。
「待った。まだよ」
「フィクハ……」
「まだレンは戦ってはいけない。焦る気持ちはわかるし、セシル達が心配なのもわかるけどね……ここで戦ってシュウさん達を倒せなくなるのは、元も子もないでしょ?」
「行かせんさ。私達が」
会話を聞いていたかミーシャが告げる。それにフィクハは小さく笑みを浮かべ、
「助手をしていた時から、そういう自信だけはあったよね、ミーシャ」
「憶えていないな」
「……そう。ま、色々と訊きたいこともあったけど問うのはやめておくよ。というか、魔族だからの一言で終わりそうな気がするし」
「そういうことだ」
ミーシャの発する魔力がさらに濃くなる。全開かどうかはわからないが、力を節約しようという意図はなさそうだ。
とにかく時間稼ぎを……そういう考えなのだろう。仮にシュウ達の準備がまだ掛かるのであればもう少し何か策があってもおかしくなさそうだし、そうでなければ俺達を押し留めるのは難しいだろう。
だがミーシャ達は全身全霊で応じている様子……これはもしかすると、シュウ達の準備がそれほど掛からず発動するためであり、その時まで時間を稼ごうという意図があるのではないか――そんな風に思ったりもする。
無論、これはあくまで推測だが……考えている間に、セシルが走った。
ミーシャはそれを受ける構えを見せる。おそらくカウンター狙い――だがセシルも単純に仕掛けるだけではなかった。
両腕に、魔力が集まるのを感じる。そして放たれた剣戟は、先ほど以上に速度があった。
ミーシャはそれをからくも弾く。そこへセシルが追撃。圧倒的な速度で、ミーシャを追いこんでいく。
このまま力押しで勝てるのか……? 疑問が頭を掠めた時、ノディとエンスの交戦も始まった。
ノディは魔族の力を活性化させ、突撃する。あの闘技大会で見せたような暴走状態ではない。相当訓練したのか、発する力は相当なものなのにまったく暴走する気配はない。
「そちらも、訓練したようですね」
「当たり前でしょうが」
ノディは答え、エンスに対し剣を振る。豪快な一撃。エンスはそれを認識したか応対しつつ受け流す――けれど、負傷していることを差し引いてもマクロイドの時以上に引き下がった。
「力だけなら、マクロイドより上かもしれませんね」
俺の推測を裏付けるような言葉を述べるエンス。だが表情に焦りは見られない。
衝撃波――エンスは刀身に青い光を注いだ。それはマクロイドに対し放ったような強力なもの。あれに飲み込まれればノディとて無事では済まない――そう思ったのだが、
ノディはそれでも突撃する――マクロイドの場合は捨て身のような雰囲気だったが彼女は違う。問題ない、という意思が込められた動きのように感じた。
一体どうなる――エンスが衝撃波を放ち、ノディが飲み込まれた。俺が目を見張りつつ氷の盾を形成し、衝撃波の余波を防ぐ。セシルとミーシャは元々ノディ達の奥で戦っているため攻撃範囲外。そしてフィクハはマクロイドを庇いつつ結界で防いだ。
そして、次に見えたのは――
「ぐっ!」
声と共に、エンスが吹き飛ぶ光景。その体には明らかにノディにつけられた傷が。
何が起こったのか――興味深く注視している間に青い光が消え、ノディが姿を現した。見た目上の変化はない。だが、
「……それが、貴様の切り札というわけか」
何かを察したミーシャが告げる。対するノディは「そう」と答え、
「魔族の血が流れている……この事実をどうにかできないかと色々検証した結果、これに落ち着いたというわけ」
「その手法、紛れもなくジュリウスの指導だな?」
「ヒントを教えてもらった程度だよ。けどまあ、あの魔族の言葉がなければできなかったかもしれないね」
ノディは剣を構え直す。悠然と語る彼女の姿は、今までにないくらい勇壮さが滲み出ている。
「――そうか」
エンスが呟く。ノディの力に気付いたらしい。
「私達と同じような魔族の力……それを防御に転用すれば人間の魔力と比べ相殺も難しくなくなる」
無傷なのはそのためか……そしてエンスはなおも語る。
「次いで、一瞬ではありますが魔族の力を一極集中させる……衝撃波を防いだ後刀身に魔族の力を結集させ、攻撃を仕掛けたというわけですね」
ノディは何も答えないが――それが肯定の沈黙であることを、俺は察した。