塔の前
一見すると相打ちの状況。そして青い衝撃波は縦横無尽に森を薙ぎ、枝を落とし木々に穴を開ける。
それでも俺はどうにか氷の盾で回避した。光が消え視線を送ると、アキもまた無事だった。だが、
「マクロイド!」
「大丈夫……とは、言い難いな」
片膝をついた状態のマクロイドは、さすがに無事ではなかった。
あちこちに負傷……重篤というレベルではないが、それでも戦闘に支障が出るレベルなのは間違いない。
「特に腹部をやられた。あいつ、全身に結界を構成しているのを察し、腹部分に魔力を集中させたらしい」
マクロイドは正面を睨む。エンスの姿は既にない。だが、彼のものと思しき血が地面に点々と残されている。
「最後に俺を負傷させ、離脱させようという魂胆だったんだろう……レンやアキを押し留めることはできなかったが、それでも俺に怪我させることは成功ってわけだ」
「マクロイド……」
「外で魔物を倒す分には問題ないが、この調子じゃあ塔に踏み込むのはきつそうだな」
苦々しくマクロイドは告げる。
「治癒魔法を使える人間がいればいいが……それでも一時戦場を離れる必要がある」
「じゃあ、どうする?」
「ともあれ、進むさ。負傷した状態で戦うのは覚悟の上だ。そもそも、戦闘が始まれば痛みも忘れる」
マクロイドは立ち上がる。動きは多少ぎこちなかったが、それでも彼は進む気らしい。
「それに、後方だって魔物だらけで安全とは言えんし……進むぞ」
動き出す。俺とアキは無言で追随。真正面には森の出口らしき場所がだいぶ近くなっている。あそこが塔近くではなくて単なる開けた空間という可能性もあるのだが……エンスがここにいた以上、何かしら意味合いはあるだろう。
周囲を警戒しつつ、俺達は進み続ける。悪魔やモンスターの類も姿を消し、俺達の動きを制限するような障害は存在しない。それが却って不気味であり、なんだか誘われているような気もしてくる。
それはきっとアキやマクロイドだって感じているだろう……ふと前を歩くマクロイドの背中を見据える。そこには決意を秘めるような気配が見え隠れしている……何も発さないが、俺が危なくなったら自分が庇ってでも、という決心を抱いているように思えた。
やがて俺達は森を抜ける――その先には、
「到着、ね」
アキの呟き。言葉通り目の前には、森に入る前に確認した塔が存在していた。
とうとう着いた……間近で見ると相当な迫力があり、また最上階まで到達するのには時間が掛かりそうな大きさ。俺は見上げた後入口を確認し――そこで、
「来たか」
エンスと同様、黒衣を着込んだ……ミーシャの姿があった。さらに傍らには止血を行ったらしいエンスの姿。
「門番は彼女のようね」
アキが呟く。エンスは森の中にいたが、どうやらミーシャは塔の前に立っていた様子であり……アキの言う通り、塔の入口を守る役目を担っているようだ。
「そして、マクロイドは負傷と。エンス、よくやった」
「ええ。しかし――」
「勇者二人は健在だと言いたいわけだな? 無論、その辺りは想定済みだ」
想定……こうやって俺達が来たこと自体は予定の内だとでも言いたいのだろうか。
「ともあれ、初めての客人だ。相応のもてなしをしなければならないな」
「おっと、まだレンに手を出させるわけにはいかないな」
手負いにも関わらず、マクロイドが先頭に立ち剣を構える。
「それに、この程度の怪我で戦線離脱とは、さすがに甘く見ないでもらいたい」
「当然そんなことは思っていないさ……エンス」
「ええ」
ミーシャの隣にエンスが立つ。二人が連携してということか。できればエンスを森の中で沈めたかったところだが、後悔しても仕方がない。
「――行くぞ」
ミーシャが走る。本来ならば守っているはずの彼女達が攻めてくるなんて考えられない――だが、敵が俺達三人だけだと判断し、来た。
何か他に策があるのか……考えている余裕はほとんどなく、マクロイドがミーシャを迎え撃つ。
だがその前にアキの援護が入った。光の鞭がミーシャを狙い仕掛ける。だが彼女は、それを手で容易く弾いた。後続からはエンス。状況的に前衛がマクロイドだけではまずい。俺は咄嗟に剣に魔力を込めマクロイドと共に応じようとしたが、
「レン!」
気配で察したのかマクロイドは叫び――ミーシャと剣を合わせた。
この組み合わせは、聖剣護衛の時と同じような状況……再戦という形となったが、今度のマクロイドは負傷している。さらにミーシャは何か隠し玉を持っていそうな雰囲気。
マクロイドの剣戟を、ミーシャは腕で防いだ。彼の剛剣と呼ぶべき一撃をしかと防いだその様は、聖剣護衛の時と比べ大きく力を増やしているのを確信できる。
反撃。懐に潜り込むように動いたミーシャに対し、マクロイドは後退を余儀なくされる。だがミーシャの進攻速度の方が上回っており――そこでアキの援護が入った。短剣が地面に突き立てられ、使い魔が生み出される。
「邪魔だ!」
だがミーシャはそれを腕を振り一蹴。さらに後続からエンスも迫り、マクロイドは窮地に立たされる。
このままでは――そう思った矢先、マクロイドはあろうことか足を前に出した。
何を――声を上げそうになった瞬間、ミーシャとエンスが同時に迫る。アキも短剣を放ち援護しようとするが、それよりも先にマクロイド達がぶつかってしまった。
彼の剣が横に一閃される。だがそれをミーシャは細腕で弾いた……魔族である以上見た目では判断できないが、それでも人間と比べて相当な力があるのだろう。
そして反撃。恐ろしい速度で放たれたのは右腕の突き。槍のように鋭く、まともに受ければ体を貫くのは間違いないと直感した……それをマクロイドは体を捻り避ける。
だが、掠めた――左脇腹から出血する。
「ぐっ……!」
痛みが相当あったか、マクロイドの声が聞こえ――さらに、エンスが追撃した。
そこでアキの短剣がマクロイドの正面地面に突き刺さる。使い魔が結界のようにマクロイドを取り巻き、完全に直撃しようとしていたエンスの剣を見事防いでみせる。
「面倒な能力だ。だが――」
ミーシャは呟きながらもアキの存在は無視し、再度突きを放つ。狙いは腹部。負傷している所をさらに狙おうという魂胆か。
マクロイドは再度回避しようと試みる――ミーシャはアキの使い魔を突き破り、突きが命中しそうになる。
それでもマクロイドは全力で後退し――避けた。しかし、
「惜しかったな」
見れば、ミーシャの右手に鮮血。浅くは攻撃が当たってしまったのか。
マクロイドはそれが原因かわからないが――動かなくなった。
「さすがに痛みでかなり辛いだろう? いい加減降参するか、勇者レンの援護を受ければいい」
「そのアドバイスに従うわけにはいかないな」
マクロイドが剣を構え直す。見れば首筋に脂汗らしきものが。ダメージは相当深かったのか。
状況的には、マクロイドではもう対応することは難しいだろう。接近戦を行う相手が二人となれば、こちらも相応の人物が必要となる。マクロイドともそれはわかっているはずだが、彼は退く気が一切なさそうであり――
「そこまで必死になるとは、ずいぶんと殊勝じゃないか」
ふいに、背後から声――振り返ると、
「セシルと……ノディ!」
「少し後ろにフィクハもいるよ」
セシルが言う。同時に茂みの奥からフィクハが出現。
「遅れたけど、どうにか到着だな。さて、相手はエンスとミーシャか」
「ふん、ぞろぞろと面倒なことだな」
「そんな余裕も今の内だ……さて」
セシルとノディは剣を構える。
「反撃開始といこうじゃないか」
セシルが宣言。同時に、エンスとミーシャは警戒のためか大きく退いた。