一つの決着
襲撃者が扉を開こうとする。俺はどうにか接近できないか考え――半ば無意識に足に魔力を込めた。
戦闘により、魔力を使い移動することを失念していた。内心歯噛みしながら俺は、襲撃者へ疾駆する。
一気に間合いを詰めることはできた。だが、剣の届く遥か手前で失速する。
距離制限がある。俺は再度魔力を足に込めようとしたが、遅かった。
襲撃者が扉を開く――見た目の上では丸腰だが、短剣などを隠し持っていてもおかしくない。中にいるのはおそらく王子と、リミナとクラリス。もし無理矢理襲撃者がペンダントを奪取しようとすれば、止められないのではないか。
そういう考えがあったため、俺は扉が開いた瞬間警告のため叫ぼうとした――しかし、
「精霊よ! 押し潰せ!」
リミナの声が廊下にこだました。
直後起きたのは、襲撃者が吹き飛ばされる姿。口上から昨夜の魔法だと想像がつき――襲撃者は反対側の壁に体を押し付けられる。
待ち構えていたのか――そういう結論に俺は達する。思えば兵士達は廊下にいた。彼らが何かしら報告をしていてもおかしくない。
もし魔力を加え襲撃者の下へ到達していたら、魔法に巻き込まれていたかもしれない――まあ、結果オーライだと思っておこう。
考える内に魔法が収束し、襲撃者は床に座り込むようにして倒れる。その間に、俺やルファーツは到着した。
王子の部屋を背にして剣を構えつつ、俺は一瞬だけ背後を見た。リミナが杖の先端をこちらに向ける姿と、横にはクラリス。そして奥には王子が変わらずいた。
確認して視線を戻すと、襲撃者がゆっくりと立ち上がり――同時にはらりと、頭を覆っていた覆面が床に落ちる。中から口の端に血を滲ませた男性の顔が現れた。瞳の色と同様白銀の髪を持った、顔のはっきりとした美青年――
「限界、みたいね」
横からラウニイの発言。それにより、俺は魔法による防御ができなくなりつつあるのだと悟る。
「あなたは最後……ペンダントを奪取した時大丈夫なよう、魔法の強度を維持していた……王子は魔法を使える以上、部屋に何か仕掛けているかもしれない。だからペンダントの情報を訊き出すにも、連れ去るにも、結界の強度を最大限に維持し罠を突破する必要があった……だから強度を維持するために攻撃を避けていた……そんなところでしょう?」
話す彼女の言葉に、襲撃者の目が僅かに揺れる。
「けど、それももう無理。魔法の強度が限界にきている以上、このまま突入してペンダントを奪うことはできない」
宣告するラウニイに対し、襲撃者は俺達を一瞥し――目を細める。
俺にも理解できた。取り得る選択は一つ――すなわち、退却だ。
ここで廊下の左右を確認。右は俺達が通って来た道で、ラウニイが立っている。そして左は、兵士が数人いて剣や槍を構え襲撃者を威嚇していた。
脱出路は左。しかし二階から出現した経緯から、窓から脱出もできるだろう。なので、右に行かないとも限らない。
俺はどちらに動いてもいいように、足に力を込める。瞬間的な反応は勇者レンとしての感覚が残っている以上、大丈夫なはず。
「さて、どうする?」
余裕を含ませ、ラウニイは告げた――直後、襲撃者が動く。
その先には、兵士達。
「させ――るか!」
俺は即応し、一気に間合いを詰め剣を振る。
対する襲撃者は懐を探り、短剣――先ほど使っていた物よりも一回り小さい物――を取り出し防御の体勢に入る。
互いの武器が衝突する。襲撃者は剣戟に耐えられなかったか、剣に注力し動きが止まる。さらに短剣の刀身にヒビが入る。先ほどの物と比べ、耐久力もほとんどない。
俺はヒビを見て勢いに任せ剣を振り抜くと、短剣の半分から先を切り飛ばした。けれど襲撃者は俺の斬撃を伏せて避けると、そのまま兵士達へ走ろうとする。
そこに、ルファーツの援護が入る。兵士達の前に立ち切っ先を向け――襲撃者は即座に足を止めた。
「――雷よ!」
さらには扉の奥からクラリスの魔法。
直線状に雷撃が放たれ、隙が生じた襲撃者へ直撃する。
「――かはっ」
短い声が、襲撃者から漏れる。だがまだ倒れず、鈍い動きで足を反転させる。
刹那、俺が接近した。
「おおおっ――!」
声を上げ横へ一閃する。それはブレスレットをはめる俺にとっては全力かつ、魔力を最大限刀身に込めた一撃。
果たして――その一撃が見事襲撃者の体に入る。瞬間、相手の顔から表情が抜け、
「――っ」
僅かな息と共に、彼は今度こそ、その場に倒れ伏した。
「……やった、か」
俺は倒れた襲撃者を見据えながら、思わず呟く。
「ええ、そうね」
背後からラウニイがやってきて、俺に答える。そこでルファーツ他兵士達も緊張を解き、構えを崩した。
「やぶれかぶれの攻撃は成功せず、ついに黒衣の戦士は気絶というわけね」
ラウニイは呟きつつ、俺に向かってウインクする。
「最後の一撃、良かったわよ。しっかり制御できていたみたいだし」
「……ありがとうございます」
俺は礼を告げつつ、彼女の言葉に疑問を抱く。
「あの、やぶれかぶれって?」
「ん? ああ、黒衣の戦士はペンダントを見つけられたことにより、最後の作戦に出た。きっと王子の所に襲撃し奪おうとしたのかもしれない。けれど私達と遭遇したことにより、それは潰え……けれどここで逃すともうペンダントは手に入らない……だから、特攻を仕掛けたわけよ」
解説に俺は逐一頷きつつ、気絶する襲撃者を眺める。兵士達がその体を囲み、どこかへ運ぼうとし始める。
そこへ――新たな兵士がこちらに急行してきた。
「ご報告です!」
兵士はルファーツに向け叫ぶ。
「どうした?」
「騎士団の方々が到着しました! 現在、エンス様が対応されています」
彼の言葉に、ルファーツは目を見張りながら答えた。
「来たか……よし、三分の一をこちらに呼び、残りを屋敷周囲へ。おそらく、どこかにこの襲撃者の仲間がいるはずだ。その掃討をお願いするよう伝えてくれ」
「わかりました」
兵士は答え、すぐさま駆けていく。
「……ひとまず、終わりですね」
そこで王子の声。
見ると――安堵しながらも、どこか陰を含ませた微笑を浮かべる王子がいた。