森の中の戦い
森に入った直後、いきなりの罠……とはいえ、魔力の感触から瞬時に攻撃的なものでないのはわかった。
なおかつ、例えばその魔力が体に上ってくるとか……拘束しようとするような気配もない。これはフロディアが予想した通りの機能だと考えてよさそうだった。
そう感想を抱いた直後、視界がブレた。回避するには一歩足りないくらいの時間であり、この辺りは計算して罠を張ったのだろうと推測できる。
そして気付けばまたも森の中。ただ周囲に人がいない。なおかつ、右側から戦闘音がした。
そちらを向くと、騎士や戦士達が魔物と交戦開始している姿。さらに短距離転移の罠に引っ掛からなかった他の仲間達が進む姿も見えた。
転移距離は、はっきり言って短い。これで分断するのはさすがに無理では……そんなことを思いつつ俺は仲間達と合流するべく足を右へと踏み出す。
その直後――またも、光が。
「なっ――!?」
連続で――そう思った矢先またも視界がブレた。考える暇など与えることなく連続転移。これがシュウの策なのだろうか。
次に見えたのはやはり森。距離が短いようで戦闘音は相変わらず響いている……が、先ほどよりも遠い。
「そうか、転移距離が短いぶん、罠の数で補おうというわけか」
ここで理解する。長距離飛ばすような罠は当然拘束や攻撃をする罠と同じように相当な魔力を込める必要があるだろう。よってシュウ達は短距離転移の罠を多数利用し、連続転移させることで対処しようと考えたわけだ。
タネがわかれば、俺もそれに基づいた動きをする……とはいえ他に罠がある可能性も否定できないので、ここからはさらに慎重に――
だが予想外にも、数歩歩いた時点でまた罠が発動。
「ええい……!」
ちょっとばかり苛立ちつつ、俺は回避できないか動く。だが光は一瞬で俺を包み転移魔法により視界がブレる。おそらく魔力なども調整されているのか、動き出すより前に転移魔法が起動してしまう。
また視界がクリアになった時、戦闘音がずいぶんと遠くに感じた……直線距離ではおそらく百数十メートルくらいかもしれないが……それでも、視界に入る人の姿はずいぶんと小さい。
しかも森であるためこの程度離れただけでも人影を見つけるのが難しくなっている……俺は呼吸を整え、まずは周囲を確認。分断することが目的である以上、当然ながら周囲に人はいない。だが、モンスターの姿だって見当たらない。
「俺にけしかけるだけ無駄だと考えているのか……それとも……」
とはいえ、このまま転移魔法を使われただけで終わりだとは思えない。塔へ近づけば時間稼ぎのためにモンスターが攻撃を仕掛けてくるだろう。
俺は剣を一度強く握りしめた後、さらに考える……そうやってバラバラになった面々を各個撃破する。そんな感じだろうか。
「ラキやシュウさんが攻撃してくるとは思えない……おそらく、ロノや、エンス……あとはミーシャだな」
塔の外は彼らが守っているのかもしれない……そんな推測を行った後、俺は足を前に踏み出す。今度は転移魔法が起動しなかった。
「……戻ろうとすれば、おそらく同じように罠があるだろうな」
予想をしつつ、森の中を進む。もらったブレスレットにより塔が見えなくとも進むべき方角はわかる。つくづく持っていてよかったなどと思いつつ……歩み続ける。
そこで、俺は先ほど転移した直後の光景を思い出す。そういえば、転移した直後他の仲間達は突き進んでいたように見えた。それだけでなく戦士や騎士達も転移したような素振りを見せてはいなかったが……俺だけ偶然踏んだということか?
「いや、これだけ連続で罠を踏んだ以上、至る所に仕込まれていると考えた方がいいだろうな……となると、これは……」
もしかすると、魔力などによって人を選別して転移させるのか。それなら俺だけ飛ばされたというのも理解できる。
もし俺達の存在を魔力で選別し、特定の人間にだけ罠を適用させるとしたら、分断するにしてもある程度コントロールできる。それができるならシュウ達は迷わずそうするだろう。
となると、だ……仮に俺をこうして選別して転移させたのであれば、この森の中でシュウ達はある程度戦況を制御できるという話になる。仲間の中で魔力を調べられているのは、とりあえず統一闘技大会に参加していた面々は確実に該当するだろう。魔物を討伐するような騎士や戦士についてはわからないが……多少なりとも調べがついていてもおかしくない。
今回参加している面々は統一闘技大会出場者でなくとも間違いなく精鋭ではあるのだが……単独行動させてしまえば、倒すとまではいかなくとも時間稼ぎが容易なのは簡単に想像できた。
「この段階ではまだシュウ達の策の中か……」
まあ見事に罠にかかった以上それは仕方がないか……俺は考えつつ走り始めた。森の中でやや速度は遅いが、それでも茂みをかき分け確実に前へと進む。
罠はとりあえず見受けられない。あるのかもしれないが、俺が踏んでいないのかそれとも俺の魔力に反応しないだけか……ともかく、どんどん突き進む。
塔とベースキャンプはそれなりに離れてはいたが、このペースでいけば一時間もせずに到達できるかもしれない――そんな風に思った時、
突如、周囲からモンスターの咆哮が……それも、俺達を歓迎でもするかのような大合唱。
「出たか……さて、どうするか」
剣を握り直しつつ一度止まり、周囲に目を向ける。フロディアはモンスターは敵じゃないと言っていたが……やられなくとも孤立し囲まれるというシチュエーションでは大変面倒なことになるのは間違いない。警戒してしかるべきだろう。
とはいえ、この場に立ち尽くしてはいられない。俺は周囲を観察しつつ移動を再開。移動速度は先ほどと比べ遅くなったが、それでも予想以上に塔へ到達しそうな雰囲気――
だがその時、真後ろからモンスターの咆哮が。振り返ると、一体の虎のような形状をした漆黒の存在が向かって来ていた。
「シュウさん達が生み出した魔物である以上、何か特殊能力を持っていてもおかしくないけど……!」
そんなことを口にしつつ俺は突撃するモンスターと交戦。ここは氷の魔法を用いて動きを封じつつ攻撃。氷柱に串刺しとなり、モンスターはあっさりと光になった。
「あまり魔力を消耗するわけにもいかない……とにかく、先に進まないと」
大合唱はまだ続いている。俺はそれらを無視するように走り始め、どんどん塔へと近づいていく。
そこで今度は右方向から交戦音。誰かが戦っている様子だが……俺は、何も発さずただ前に進む。
ここで援護していてはさらに体力や魔力を消費する。シュウ達の狙いはそこかもしれないし、魔物達の進撃を食い止めているのなら役目の違う俺が出張るべきではないだろう。
だから俺は――その時、前方から気配。しかも複数。
「これは、さすがに避けられないか……?」
戦闘もやむなしかと思い剣を構える。見えたのは先ほどと同様漆黒の、動物や悪魔を模したモンスター達。とはいえ気配的にはそれほど強くない。俺を倒すのではなく、足止めと魔力を使わせるための役目だろう。
本来なら避けたい所だが、さすがにここは突破しないといけないようだ。それに素通りできたとしても、後ろから攻撃されるというのも避けたいところなので……俺は強行突破を選択する。
行くぞ――心の中で呟いた、次の瞬間、
「待った!」
聞き慣れた声が、俺の耳に飛び込んできた。




