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異世界で勇者をやることになりました  作者: 陽山純樹
決戦前夜編

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宴の誓い

 屋敷に住んでいない面々は朝食の時間の後、屋敷を離れた……あれだけ騒々しい朝食もなかったなどと思いつつ、俺はひとまず剣を振るべく庭園を訪れる。


「……同じことを考えていたか」


 セシルの声。振り向くと、剣を下げた彼が。


「セシル、酒は残っていないのか?」

「あいにく二日酔いする程飲んではいないよ。我も忘れて飲みまくっていたのはマクロイドくらいじゃないかな?」

「にしても、マクロイドは朝元気だったな」

「あのテンションで決戦に来られると面倒そうだね」


 そんな感想を彼が漏らした時、別の足音。目を転じると、リミナだった。


「ああ、リミナ」

「勇者様も訓練ですか?」

「まあね……ロサナさんは一緒じゃないのか?」

「仕事だということで屋敷を離れました。残っているのは新世代の面々だけですね」

「そうか……俺達も動いた方がいいのかな」

「――きっとロサナさんとかフロディアさんとかは、裏方に回るから色々やっておきたいんじゃない?」


 そこで今度はフィクハの声。リミナの後方にいた。


「シュウさんに対する対策をしっかりとやらないといけないだろうし……解析能力のある魔法使いは、きっと今回裏方だよ」

「フィクハはいいのか?」

「私は前線に立てということじゃない?」

「そっか。となると、塔に直接踏み込むのは俺達や、現世代の戦士というわけか……」

「フロディアさん達からすると、歯がゆいかもしれませんね」


 リミナの言葉。俺は「そうだな」と同意しつつ、語る。


「ただまあ……そういうことに従事することができるということは、こっちも相応に信頼されているということだろうから」

「そうかもしれませんね……ともあれ、私達は最前線に立つことになるかと思います」

「だろうな。頑張らないとね」


 セシルが軽い口調で言う。わざとそんな感じで言っているような雰囲気もあり……緊張を押し隠しているように感じられる。

 魔王城における決戦の時と比べ、戦いを待つ状況の空気が重いような気がする。魔王との戦いの時はシュウに関する謎もあったし、始終バタバタしていた記憶がある。なので、こうやって落ち着いて考える余裕はあまりなく、戦いへ向かった気がする。


 一方今回は全ての謎を理解した上、最終決戦というのも緊張を高める要因となっている……なおかつ、皆は言葉に発しないがある予感を抱いているのも大きいとは思う。

 すなわち――魔王との戦いよりも、ずっと厳しい戦いになるだろうと。


 魔王アルーゼンとシュウ達どちらが強いと言われると正直わからない。だが、シュウはあらゆる手法でこちらを欺き続けてきた……その事実を考えるに今回の戦いも単純に正面から向かい合って戦うなんてやり方にはならないだろう。俺達やフロディア、さらにナーゲンといった英雄すらも欺き続けてきた事実――それが俺達に厳しい戦いだと確信させられる。


 そういったいくつもの要因があって、魔王城の時と比べ空気が重い……仲間達も俺と同じようなことを考えているからだろう。

 何か話した方がいいのかと思い口を開こうとした――その時、


「お、集まって訓練?」


 ノディだった。彼女はフィクハの後方からこの場を訪れ、俺達を一瞥する。


「ずいぶんと重たい感じだね」

「……ま、仕方がないけどね」


 セシルがわざと軽く言うと、大袈裟に肩をすくめた。


「まあ、僕らも自信を持って戦うしかないな……不安がってばかりではお話にならないだろうし……ところでノディ。そっちは戻らないのか?」

「騎士ジオの所に?」

「ああ。彼が昨晩言っていたんだけど」

「直接騎士ジオに訊かれ、私は自分の意思でこの場に留まる事にしただけだよ……理由は、特にないんだけど」


 そう述べると、ノディは俺達を再度一瞥。


「けど、決戦前にここを離れたくなかったというのはある」

「……なるほど」

「ちなみに、何の話?」


 フィクハが質問。それにノディは神妙な顔つきとなって、


「騎士イーヴァのこと。簡易的であってもお葬式はしないといけないって」

「……そっか」


 フィクハは沈黙――魔王との戦いで犠牲となったイーヴァ。彼がいなかったら間違いなく魔王との戦いは勝てなかった……全ての戦いが終わった後、墓参りに行こう。そう決意した。


「――あれ、ここで何をしているの?」


 そこでまた声。今度はアキだ。ノディ達が赴いた道とは違う所から……さらに、彼女の隣にはグレンがいた。


「こんな所で作戦会議か?」


 グレンが俺達に問う。そこでセシルが小さく笑い、


「そんなものじゃないよ……まあ、色々あって感傷的になっているのかな」

「それは戦いが終わった後考えるべきだろう」

「……グレンって、結構あっさりとした性格しているよね」


 フィクハがコメントを述べると、彼ではなくアキが返答した。


「真実を知って頭がこんがらがっているというのもあるかもしれないけれど……真実を知りどうするかは、戦いが終わった後ゆっくり考えればいいことだよ」

「そうだな……さて」


 俺は気持ちを切り替えて、手に持っている聖剣をかざした。


「訓練でもするよ……いつまでも宴の時の気分ではいられないし」

「同じく。僕が付き合おうか?」

「……セシルとやるのは、嫌な予感がするな」

「前からしていたじゃないか」

「そりゃあそうだけど……なんか最後の訓練だということで無茶しそうな……」

「しないよ、さすがに」


 俺達の会話を聞いてか、他の面々が笑い始める。その瞬間硬質な空気が消え去り、いつものような雰囲気が構築された。

 意図してやったわけじゃないんだけど……まあリラックスできたんならいいか。


「あのさ、レン」


 するとふいにフィクハが口を開いた。


「昨日あんだけ騒いだ状況で言うのもアレだけど……戦いが終わったら、また宴でもやろうよ」

「今度は、全部終わってお疲れ様でしたって感じか?」

「そうそう。で、昨日と違って十日くらいぶっ続けで」

「マクロイド辺りは、死にそうな気がするな」


 そんなコメントを発するとフィクハは笑う。だがまあ、提案自体は悪くないと思う。


「わかったよ……今度は昨日よりも盛大にってことでいいんだよな?」

「もちろん。で、会場は?」

「さすがにここじゃなくて、お城にでも行ってド派手にやろうじゃないか」


 セシルが言う。その顔には深い笑みが。


「よし、それならすぐにでも王様に連絡しないと。ノリはいい人だから二つ返事だと思うよ」

「今から確認とるのか?」

「もちろんだよ。戦いが終わってから準備したんじゃ遅いからね」


 セシルは俺と訓練やるのを忘れたかすぐさま歩き出そうとする。けれどその寸前になって彼は俺へと視線を向け、


「レン」

「何だよ?」

「それだけ盛大な宴をするわけだから、主役がいなくなっては始まらないよ?」


 ――遠まわしに死ぬなと言っているんだろう。


「……わかったよ。その宴を成功させるために、俺は生き残らなきゃいけない。これでいいか?」

「それでいい。じゃあそういうわけで、とっとと約束を取り付けてこよう」


 言い残しセシルはこの場を去った。他の面々も「楽しみにしている」とだけ言って、各々動き始める。

 それと同時に、俺は思う……誰もがその宴に参加する――つまり、生き残る気で戦いに臨むというわけだ。


「……ま、辛気臭いよりマシか」


 なんだかずいぶんと軽い理由のような気もしたが、このくらいが丁度いいかもしれないなどと考え……俺は一度頭の中をリセットして、訓練を行うべく鞘から剣を引き抜いた――


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