元勇者との会話
やがて、俺は就寝することにした……だが、まだやることはあった。
こればかりは俺の一存でできるわけではないのだが……思っている間に、俺は白い空間に立っていた。周囲を見回し、振り返った時――
「蓮、どうも」
俺の元の世界に星渡りによって移動した――本物のレンがいた。
「や、レン」
「……戦いを前にして、話したかったんだろ?」
「ああ。それに、レンがどう思っているか訊きたかった」
「そうだよな……座ってくれ」
レンはその場に座り込む。俺は彼の正面で腰を下ろし、言葉を待つ。
「まずは、礼を言いたい。こうやって真実を知れたのは、紛れもなく蓮のおかげだ」
「……真実を知って、どう思った?」
「複雑な気持ちになったよ……そして、正直俺はラキ達の行動に少なからず共感してしまったのも事実だ」
「もしラキと同じ立場だったなら……」
「きっと、同じことをしていたと思う……いや、そればかりか――もし事情を知っていた上でああした悲劇に遭遇したなら、俺はラキと共にティルデさん達を復活させるために行動していたように思う」
そこで、レンは影のある笑みを見せる。
「もちろん、それは大陸を崩壊させることに繋がるんだろうけど……それでも、止まらなかったと思う」
言うと、彼は俺に頭を下げた。
「そういう意味でも……お礼を言いたい。蓮がいなければ、絶対ラキ達を止めることすらできなかったと思うから。本当はもっと色々話したいんだけど……」
「詳しいことは、全ての決着がついてからかな」
「そうだな」
そこで、レンは小さく笑う。
「とにかく……ラキの友人として頼みたい。あいつの凶行を、止めてくれ」
「ああ」
力強く頷いた俺。すると彼は安堵したような面持ちとなった。
「……正直、魔王と戦い、そして勝つなんて思わなかった。本当に、俺が到達できない領域に行ってしまったんだな」
「それは……」
「別に嫉妬しているとか、そういうわけじゃないよ。ただ、なんというか……俺も復讐心に捕らわれなければ、そこまで到達できたのかなって」
「できたさ。絶対に……何せ、俺は意識だけこっちの世界で、レンの体を使っているわけだから。そういう才能は眠っていたんだよ」
「……そうかな」
ちょっとばかり嬉しそうに語るレン。けれどすぐに表情を戻し、
「ともかく、俺はもう何もできないから、後は蓮に任せるしかない。他力本願というのはわかっているけれど……頼む」
「大丈夫。絶対に勝つよ」
「ああ」
そして俺達は笑い合う……そこで、
「そういえば、レン。アキからこういう話が――」
と、先ほど話したアキとの会話を説明。すると彼は驚いた表情を見せた。
「なるほど、こっちの世界に渡って来た面々と……か。うん、英雄シュウと出会うのは難しそうだけど……やれるだけやってみるよ」
「そっちのシュウさんはどう考えているんだろうな」
「決して今のような展開は望んでいないとは思うよ……その人を安心させる意味でも、この戦いで決着をつけないといけないな」
「ああ」
しかし、英雄シュウとの決戦か……魔王と戦ったこと経験だってある以上、それほど緊張する必要はないと思うんだけど……彼とはずいぶんと因縁もある。だからこそ、尻込みしてしまう点もある。
けど、その辺りは考えても仕方がない……俺はそう頭の中で結論付け、レンに口を開いた。
「ところでレン、そっちの状況は?」
「特に変わりはないよ……あ、けど成績がずいぶんといいみたいで、結構先生から褒められたりしているけど」
「……そんな経験一度もない俺としては、羨ましい限りだよ。いや、この場合レンの努力が実ったという感じかな」
そう考えれば、レンの方も俺の元の世界で相当頑張っているということ……なんだかこれは励みになるな。
「あ、それとだけど」
「うん」
「ラブレター貰ったんだけど……どう思う?」
「ぶっ!?」
まさかの――俺は驚き聞き返す。
「おいおい、ちょっと待てよ……ちなみに、誰から?」
「いや、他のクラスの子なんだけど……なんか部活やっている俺を見て、かっこいいとか思ったらしい」
「部活……!? それ、前には言っていなかったよな?」
「言っていなかったっけ? なんか入った方がいいとか言われたんで、サッカー部に入ったんだけど」
「……ちなみに、ポジションとかあるのか?」
「まあね……そうか。蓮もこっちの世界でポテンシャルを活かしきれなかったのかもしれないな。実際、魔法もない世界だけど、俺は蓮の体を使って結構頑張っているよ」
おいおい、マジかよ……それはつまり、もっと頑張っていればもうちょっと違う人生を歩むことができたかもしれないってことか。
まあ、だからといってレンのことを羨ましいと思っているのとは少し違うけど……沈黙していると、レンは笑った。
「結論どうするかは後々考えるよ。とりあえず近況はそんな感じ。ところで」
「ああ」
「リミナとの関係が少しは進展したようだね?」
……今日の話のはずなのだが、その辺りもきっちり把握しているらしい。
「その辺りは……そうだな、戦いが終わってから考えるということにしているから」
「きちんと結論出すんだろうね?」
「もちろん……たぶん」
「いきなり自信がなくなったな……まあいいよ。それなら蓮を信用する」
――俺はここでふと思う。俺達は双方意識を入れ替えて活動している。そして自らの人生で手に入れることができなかった色々なものを、相手が手に入れようとしているわけだ。
なんだか複雑な気持ちなんだが……けど、俺達は入れ替わったことで事態が好転したと思えば、こうなってよかったかなとも思えたりする。
「……レン」
「ん?」
「そっちは任せた……正直、レンにとっては相談できる人間もいないし、内心では大変だと思う」
「……まあ、ね」
「ほら、そっちには俺の両親とかいるから、なんだか騙しているみたいでとか、考えたりするだろ?」
「正解だ」
苦笑するレン。それに俺は続ける。
「その辺のことは、気負わなくていい……まあ、完全に割り切ることはできないかもしれないけど。ともかくもし何かあったら、俺が相談に乗るよ……だから、そっちはそっちで俺ができなかったこととかをやって欲しいな」
「わかった……いいんだね?」
「ああ。頼むよ」
それであれば、俺もこっちのことに全力で立ち向かえる……そんな気がした。
詳しく言葉に乗せることはなかったけれど、レンは理解したのか深く頷いた。
「わかった。ちなみにラブレターだけど」
「携帯とか普及しているのにラブレターとかびっくりだな……レンの思うようにすればいいんじゃないかな? ただ、後悔だけはしないようにしてくれよ」
「了解した」
敬礼するレン。それに俺達は笑い合い――
「……次会う時は、全てが終わった後にさせてもらうよ」
「ああ……どんな結末を迎えるか、しっかりとレンにも見て欲しい」
「うん」
頷き、後はとりとめもない話――やがて意識が少しずつ遠のき始める。
今生の別れというわけではないけれど、最終決戦を前にするとレンとの別れもなんだか感慨深いものがある……けれど俺は「また」と告げ、レンもそれに応じるように頷いて見せた。
そして意識が覚醒し、俺はセシルの屋敷のベッドから起き上がる。
「……今日は丸一日、休みか」
俺は呟きつつ――今日は昨日一日休んでいた事もある以上、しっかりと体を動かし明日に備えようと思った。
着替えていると外からバタバタとする声が聞こえてくる。他の面々も起床し始めたんだなと思いつつ、俺は支度を整え、部屋から出ることにした。